水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

涙のユーモア短編集 (62)間に合う

2023年10月15日 00時00分00秒 | #小説

 間に合えば涙を見なくても済む。その逆で、気づいたとき遅過ぎれば、間に合わないから涙を見ることになる。今日はそんなお話です。^^
 とある病院の集中治療室である。数分前、ベッドサイド・モニターの心音が停止していた。医師は患者を取り囲む遺族を前に患者の脈を確認して言った。
「…お亡くなりになりました。午前、二時八分でした…」
 遺族にそう告げ、軽く一礼すると、医師は女性看護師を伴い病室から静かに立ち去った。その直後、ドアを開け、バタバタと駆け込む一人の遺族がいた。
「ぅぅぅ…。間に合うと思っていたのにっ!」
 他の遺族達は駆け込んだ遺族を白こい目つきで垣間見(かいまみ)た。白こい目つきとは、間に合うようにくればいいだろっ! なに言ってんのよ、馬鹿みたいっ! などという目つきである。
「くそっ! 渋滞さえなけりゃ!! ぅぅぅ…」
 間に合わなかった遺族は、ふたたび涙目になった。他の遺族は、車でこなけりゃいいじゃないっ! 地下鉄があるだろっ! といった目つきで、ふたたび遅れ来た遺族を垣間見た。
「遅れた俺がそんなに悪いのかっ!」
 間に合わなかった遺族は、白こい目線に気づき、思わず叫んだ。そのとき、さきほど出て行った医師がふたたびドアを開けた。
「すみませんっ! お静かに願いますっ!」
 そうひと言告げると、医師はガチャンとドアのノブを絞めた。
「ぅぅぅ…」「ぅぅぅ…」「ぅぅぅ…」「ぅぅぅ…」「ぅぅぅ…」「ぅぅぅ…」
 その途端、病室の遺族達は一斉に涙を流し、泣き始めた。
 一人でも間に合わないと、こんな涙を流す破目になるのです。間に合うようにしましょう。^^

                   完


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