誰だって煙(けむり)が目に染(し)みると涙が出る。涙を出さないためには、煙が出るような状況に関わらなければいい訳だが、本人の意に反し、そういう場合に出くわす場合もあるのが人の世なのである。^^
深夜、とある温泉のとある有名旅館で火災が発生した。観光客達は、美味(おい)しい料理に舌鼓を打ち、美酒に酔い、さらに気持ちのいいお湯に浸(つ)かって満足げにグッスリ寝込んでいた矢先のことだった。
「…んっ!? …なんか焦げ臭(くさ)くないですかっ!?」
煙が辺りに充満し始めた矢先だった。旅館のひと部屋で熟睡していた団体客の男が、隣で寝ている男に声をかけた。
「そういえば…」
人の鼻は敏感に臭(にお)いを感じるものである。気づいた男二人は部屋の襖(ふすま)を少し開けた。すると、たちまち煙が二人を襲った。二人は煙に咽(む)せ、涙を流しながらウロたえた。そのとき、旅館の警報ベルが賑やかになり、館内放送が大音声で流れた。
「か、火事ですっ!! 慌てずに非常口から非難をお願い致しますっ!!」
団体客達は大混乱しながら、幾つもの部屋から騒ぎながら避難を始めた。どの客も命の危機にうろたえ、必死の形相である。妙なもので、こんな場合は煙の煙たさもあまり気にならないようだ。とはいえ、目は敏感で、団体客達から涙を出させた。
火事はボヤ騒ぎくらいで鎮火(ちんか)し、事態は呆気(あっけ)なく終息した。団体客達の旅気分は失せ、どの客も気分が沈んで涙した。
煙の涙は心にも染み、涙を出させるようです。^^
完