水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

涙のユーモア短編集 (67)見えない涙

2023年10月20日 00時00分00秒 | #小説

 涙は目から出るだけのものではない。見えない涙もある訳だ。
 とある家庭の台所風景である。日曜で腕を振るっているのか、パパさんが台所中を散らかしながら、とある料理を作っている。事も無げにタマネギを刻みだしたものだから、さあ、大変! 出るわ出るわ、パパさんの目からは大粒の涙が雨のように降り出した。最初は小雨だったものが、10分もするうちに本降りへと変化した。
「ぅぅぅ…!」
 パパさんは料理する手を止め、包丁を握ったまま片袖(かたそで)で止めどなく流れる涙を拭(ぬぐ)う。そこへ、様子を見に、居間からママさんが現れた。
「どうしたのっ!!」
 まるで戦場の爆撃を受けた現場に出くわしたかのようにママさんは叫んだ。
 それからしばらく、勉強部屋にいた子供達も借り出され、台所の整理と後片づけが行われた。料理はどうなった? かと問われれば、むろん店屋物に取って代わった、と申し上げる他はない。パパさんは店屋物を頬張りながら、自分の不甲斐なさに心で涙したそうである。見えない涙は、このような場合に出るのです。^^

                   完


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