㉓今回のシリーズは、石田三成についてお伝えします。
三成は巨大な豊臣政権の実務を一手に担う、才気あふれる知的な武将です。
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勝った、とおもった。じつは物見が霧のなかを駈けもどってきて、家康が桃配山(ももくばりやま)に本陣を置いた、ということを告げたのである。
家康にとって最悪の場所であった。
三成は当初、家康がどこに本陣をおくかということをあれこれと想像してみたが、どう考えても関ケ原の北方、菩提山山麓の伊吹柑のどの丘陵かをつかう以外に適当な場所はない。
まさか、桃配山とはおもわなかった。味方が陣どる南宮山の一方の斜面ではないか。
(あれほどの戦さ上手が)
信じられぬことではあったが、事実とあればこれほど味方にとって勿怪(もっけ)のさいわいはない。
三成は大きく膝を打った。
「勝った」
三成の癖であった。これほど明敏な頭脳をもつ男が、つねに物の一面しか見えないのである。この場合も、なぜ家康ほどの千軍万馬の老練の将が、わざわざそんなところを本営に選んだかということを疑ってみようともしなかった。
疑えば、
-ひょっとすると南宮山の味方は寝返っているのではあるまいか。
という疑問は当然うまれたであろう。が、三成の性格は、その思考力をつねに阻んである。自分に有利な、自分にとって光明になる計算しかできないのである。表裏あわせ読むという能力に、この男ほど欠けている人物もすくないであろう。
「南宮山へ、狼煙(のろし)をあげよ」
三成は、明るすぎるほどの声で叫んだ。明るい、といえば、美濃にきて以来、三成はこの瞬間ほどあかるい表情をみせたことはなかった。狼煙の通信法は、すでに南宮山の諸将とうちあわせが済んでいる。狼煙があがればかれらは山をくだって家康の本陣を衝くであろう。
狼煙が、あがった。
霧はすでに半ば晴れているため、南宮山上の味方がこの黒い煙を見おとすはずがない。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
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