■4.「女子社員の出生率が飛躍的にあがった」
しかし、出産・育児への経済的援助だけでは、少子化対策としては不十分である。少子化の一大要因は未婚率の上昇であるから、この点もなんとかしなければならない。そのために、北野氏は建設機械日本最大手のコマツの興味深い事例を紹介している。
コマツは1950年代に本社を東京に移し、工場も輸出に有利な関東・関西に移したが、その後、本社を創業地である石川県に戻し、また工場も茨城県や福島県などへの地方分散を進めた。コマツの坂根・元CEO(現・特別顧問)は、その動機を「この国の深刻な少子化問題を解決したいとい思いにある」としている。
その結果はどうか。30歳以上の女性社員のデータで見ると、東京本社の結婚率が50%で、石川は80%。結婚した女性社員の平均子供数は東京0.9人に対し、石川1.9人。これを掛け合わせて、既婚未婚含めた女性社員全体での一人あたり子供人数は:
東京 0.5x0.9=0.45人
石川 0.8x1.9=1.52人
たとえば、30歳以上の女性社員1000人を含む本社を東京から石川に移せば、結婚する女性は500人から800人に増え、子供数は450人から1520人と3倍以上に激増する、という計算になる。
コマツでは「女性社員の出生率が飛躍的に上がった」だけでなく、「従業員の生活が豊かになった」「退職者の健康寿命が延びた」などの効果も見られている。
それはそうだろう。東京に比べれば、石川でははるかに広い家が持てるし、物価も安い。両親も近くに住んでいれば、子育ても手伝ってくれる。これは両親にとっても幸せなことだ。さらに退職者も恵まれた自然の中で、おいしい魚や新鮮な野菜を食べ、畑仕事で汗を流せば健康寿命も延びる。
■5.「人口減少県でも法人税ゼロ化」
これはまさしく地方の過疎化を防ぎ、従業員の「幸福度」を飛躍的に上げる妙案なのだが、こういう方向に他の多くの企業を誘導する方策はあるのか。
ここでも、北野氏は具体的な方策を提案している。それは「人口減少県での法人税をゼロにする」ことである。人口減少県とは、秋田、青森、高知、山形、和歌山、長崎、福島の7県で、直近の3年間でいずれも人口が2~3%減少している。
日本の法人税は23.2%だが、これをゼロにすればこの分、企業利益が一挙に増える。しかも法人税は全国一律にする必要はない。たとえばアメリカの連邦法人税は一律だが、州法人税は各州で異なる。そこで、北野氏の提案は:
・元からこれらの県にある企業の法人税はゼロ
・東京圏から引っ越してきた企業の法人税はゼロ
(東京圏から、と限るのは、たとえば近隣の過疎県から企業が移ったのでは、過疎現象が移動するだけだから)
・外国で生産していた拠点を、人口減少7県に移した場合は、法人税ゼロ
・一定数の雇用が条件(会社の登記だけ移して税金を逃れようとする手口を防ぐため)
多くの日本企業が中国に工場移転して、中国産の安い商品を輸入することで、地方の過疎化が進み、日本経済のデフレが続いた。中国の人件費が上昇し、また米中冷戦が始まった今こそ、この法人税ゼロ化によって、これら人口減少県に工場を戻すべきだろう。
これによって、企業が潤うだけでなく、多くの元県民が郷里に戻って仕事と幸せな生活を得る。県は過疎化にストップがかかり、国全体でも少子化が防げる。まさに「四方良し」が実現できる。
■6.「地方で親と同居しながら、都会の大学に通える仕組みを」
住民が都市圏に流出してしまうもう一つの原因は、学生が大学に通うために都会に出ることだ。全国の大学生数287万人のうち、東京73万人、大阪23万人、神奈川20万人と、トップ3だけで40%強を占める。
この3都府県の人口は日本の約15%であるから、単純に推計するとこれらの学生のうち、3都府県出身は15%に過ぎず、残りの25%はそれ以外の地域から親元を離れて、都会に出てきたという計算となる。学生数にして72万人にもなる。
これらの学生が親元を離れて、都会に下宿して大学に通うと、どれほどの出費となるのか、北野氏は緻密な計算をしているが、結果だけ紹介すると、子供が都会の私立大学に入ると、年間平均で約182万円、平均的家庭収入の32.5%もかかる。子供二人を送り出したら世帯収入の約65%。相当の金持ちでない限り、不可能だろう。
これだけの教育費を子供にかけながら、子供は都会に行ってしまい、就職も都会でする。親から見れば、何のリターンもない。
そこで北野氏が提案するのが、「地方で親と同居しながら、都会の大学に通える仕組みをつくれ」である。インターネットの時代となって、たとえば動画で教授の授業を聞き、レポートはメールで送りました、でも済む。時々、都会での短期集中スクーリングでもすれば、学生や同級生と直接会って話をする事もできる。
現在、都会での下宿のための平均仕送り額は月7万円に過ぎず、多くの学生は生活費稼ぎのためにアルバイト漬けになっているが、親元にいればそれからも開放される。さらに、親元で暮らしていれば地元で就職する可能性も高い。仕事は、法人税ゼロで地方に移転した企業が提供できる。
地元で一流大学に通え、一流企業に勤める事ができ、結婚して3人以上の子供を産んで、2千万円もの住宅ローンを国が肩代わりして大きな家にも住める。こうなったら、苦しい思いをして都会にしがみついている理由はない。
■7.「幸せな日本の創り方」の議論を
自分の生まれた郷里で、親の近くに住み、子育ても助けて貰い、親の面倒も見ながら、幸福な家庭生活を送る。こうした家族を中心とした幸せな家庭生活を目指すことを、北野氏は「家族大切主義」と名付けている。
これは高度成長期の、郷里を捨て家庭を犠牲にしても会社のために働く、という「会社教」を反省し、日本の伝統的な生活に回帰することでもある。そもそも江戸時代から戦前までは「家族大切主義」が主流であった。そして、戦前の道徳規範であった教育勅語においても、「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し」と、良き家庭生活を築くことから徳目を始めていた。
現代最先端の心理学は、家庭は子供が思いやりや利他心を身につける最初の場である、と説いている。家庭を大切にできる人こそが、しっかりした家庭を基盤に、郷土や会社、国家のために尽くすことができるのである。さらに次世代の立派な国民を生み育てる事は、国家百年の計でもある。
戦後復興と高度成長を終えたわが国は、その後、目標を失って、漂流しつつも、高度成長期の「会社教」に変わる新しい生き方を見つけられないできた。「郷里を捨て、家庭を犠牲にしても会社のために尽くす」という高度成長期の「会社教」から、もう卒業すべき時だという。
北野氏の新著をきっかけにして、「幸せな日本の創り方」の議論が盛り上がることを期待したい。
---owari---
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