米側からは事前の実務協議の過程で、「大統領が広島に行くのであれば、安倍首相も真珠湾に来るべきだ」という意見もあった。これに対して日本側が、「それは過去に拘泥(こうでい)するもので、かえってオバマ大統領の広島訪問の価値を下げる」と応じると、米側はそれ以上、口にしなかったという。
これは平成27年4月の安倍首相の米上下両院合同会議での演説で、「日米間の歴史問題は“和解”の実を得た」という日本側の認識に米側が寄り添ったものである。
安倍首相は演説で「謝罪」に言及しなかったが、かつて敵同士だった日米の和解と未来志向の関係に焦点を当てた演説は、米側に好意的に受け止められ、議場は立ち上がって拍手喝采をした。
安倍首相はオバマ大統領の広島訪問は日本が懇願することではなく、あくまで米国が決めることだという姿勢に徹した。これがかえって彼らの訪問実現の意欲を高めたといえる。
日本国内には、オバマ大統領の広島訪問について「謝罪の言葉がない」という批判がある。しかし、日米両国がオバマ大統領の広島訪問を実現させたことは、今後の関係を考えるうえで大きな意義があった。さらに多くの日本人がオバマ大統領の広島訪問を歓迎し、理解を示したと思う。
演説を終えたオバマ大統領は、安倍首相と一緒に参列席の最前列にいた日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表委員坪井直さんに歩み寄った。坪井さんは91歳の被爆者である。
このときの模様を『産経新聞』は、こう報じた。
<立ちあがった坪井さんにオバマ氏は「サンキュー(ありがとう)」と笑顔を見せた。坪井さんも笑みで応じながら「原爆や核の問題は人類の不幸。米国を恨んでいるわけではない」。固く握手を交わしたまま、坪井さんは通訳を介して語り続ける。
「大統領が人類の幸せを語るのを聞き、心がずいぶん若返った」「プラハ演説は今も腹の底にあるはず。大応援している」
興奮気味にもう片方の手を上下に大きく動かしながら好意的なメッセージを伝えると、オバマ氏はときおり笑みを見せながら真剣な様子で耳を傾けた。
オバマ氏はその後、すぐ近くに座る広島市西区の森重昭さん(79)のもとへ。森さんは被爆して犠牲となった米捕虜兵12人の調査を行い、その被害の実態を明らかにした実績がある。「いままで自分が取り組んできたことが評価されて大変うれしい」。そう語る森さんとオバマ氏は抱擁し、森さんは感極まった様子で涙を見せた。(略)
オバマ氏は献花に先立って、原爆資料館を見学。続いて、慰霊碑の前に設けられた献花台に白い大輪の花輪をかけた。しばらく祈りをささげるようにうつむき加減で立ちつくし、目をつぶった。(略)(平成28年5月28日付)
私はこの坪井さんや森さんの姿勢こそ日本人らしいものだと思う。
今日の安穏(あんのん)のために決して過去の惨劇を忘れたわけではない。しかし、“どこかの国”のように、いつまでも相手を恨んで復讐心を燃やし、謝罪や賠償を求めつづけるようなことは、日本人はしない。そうした糾弾をして何か道徳的に一段高みに立ったような気分にもならない。日本人の本性はそんなものではない。
「潔い」ことが私たちの美意識であり、アメリカ人に「言わなくともわかる」という態度を示すのが「暗黙知」である。心あるアメリカ人はかえって負い目に感じる。
そして、少しずつだが日本人の「暗黙知」は世界に伝わり、世界はそんな日本人の心の在り方に共感するようになってきている。
---owari---
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