まち・ひと・くらし-けんちくの風景-

建築設計を通してまち・ひと・くらしを考えます。また目に映るまち・人・くらしの風景から建築のあるべき姿を考えています。

まちをデザインする:10の反省、10の心がけたいこと

2024-12-29 23:11:50 | 都市・まちのデザイン urban design

 主に地方都市をイメージしながら、都市デザインの可能性や課題、自分がどうかかわっていくのかなどを考えていこうと思います。まずは、これまでの都市やまちの作り方について、反省すべきところを挙げてみました。10項目くらいの反省点が次々に浮かびました。どれも当たり前のことですが、忘れてはいけないと思いました。メモしておきます。

 その反省点を踏まえて、どういう方向に進むべきなのか、こちらも当たり前のことが多いかもしれませんが、自分の中で押さえておきたいと思い、書き出してみました。

 

<10の反省>

1.車をあまりにも優先してまちをつくってしまった

2.車の利便性に頼り、住まいの場所、お店や役所、病院などみんなの使う施設を郊外に移しすぎたを郊外に作りすぎた

3.スクラップアンドビルドで、歴史のないまち、らしさが感じられないまちを作ってしまった

4.どこででも手に入る製品で効率よくつくることで、地場の素材、地場の技術を失わせてしまった

5.不燃化、高度利用、高収益をめざしてコンクリートだらけの潤いのないまちにしてしまった

6.お年寄り、幼子、障がい者などを取り残したまちにしてしまった

7.命を維持する水や食料だけでなく建築で使う木材などの素材、また電気、ごみ、下水など生活の基本となるものとの距離のある暮らし方にしてしまった

8.まちを作り、維持することをお役所任せにしてしまった

9.地縁的なつながりを、前近代的なものとして排除し、みんなが集まったり、お祭りをする場所などをどんどんなくしていった

10.人の行為を生産、消費、娯楽というように切り分け、切り分けられた行為に対応した空間を作ろうとしてしまった

 

<10の心がけたいこと>

 反省を踏まえて、何をすればいいのか、どこを向けばいいのか。ここでも10の項目が浮かびました。こちらも、わかりきったことばかりですが、書き留めておきます。

1.歩くことを大切にしたまち、歩けるまちに近づけていきたい

2.人が暮らしたくなるようなまちの環境を作りたい

3.利便性があり、文化的な出来事にあふれるまちとしたい

4.今あるものをきちんと受け継ぎながら、必要な修繕、改修、付加を行うようなまちづくりをしたい

5.暮らしの中に美しさがあり、そのまちらしい文化伝統が見える風景を作っていきたい

6.誰も取り残さない優しい環境を作りたい

7.農・魚・山村とつながり、食物とエネルギー、自然の循環の中にまちの生活を組み込みたい

8.自分たちがまちを作る場に主体的にかかわれるようにしたい

9.消費の場、労働の場という区分だけではなく人間のトータルな存在を受け入れる包容性のある空間を作りたい

10.機能だけでない、暮らしを基盤にした人と人のつながりを育てていきたい

 

上の項目は今後の議論の進展の中で逐次ブラッシュアップしていきたいと思います。

 

 

高谷時彦

建築・都市デザイン

Tokihiko TAKATANI

architecture/ urban design

 


Topic 1  都市デザインを考える

2024-08-07 00:01:59 | 都市・まちのデザイン urban design

 私の関心は、東京や地方都市において都市デザインがどういう役割を果たしうるのか、役割を果たすためには何をどういう視点からなせばよいのか・・・というところにあります。最終的にそこまで到達できればいいのですが、ここでは日々の活動の中で都市デザインについて感じたことをトピックとして記録するところから始めようと思います。まずは、都市デザインを私がどうとらえているのか、そのあたりを整理したいと思います。

 

都市環境について

 私たちが毎日暮らしている環境は、住宅や学校、オフィスなどの建築や、道路、橋、公園などからできています。フィジカルな構成物の集合としてとらえる場合には都市空間と呼びますが、そこに人がいることで空間は環境になります。私たち建築設計や都市デザイナーが直接操作の対象とするのはフィジカルな実態である都市空間であることが多いのですが、あくまでも作り出したいのは、人にとっての環境ということになります。

 このことは住宅づくりで考えるとわかりやすいと思います。私たち建築設計に携わるものが提案できるのはフィジカルな側面、空間という側面です。住宅づくりで例えるとハウスということになります。しかし、ハウスという空間をつくることが最終目的ではありません。人が住み、くらしが積み重ねられることで、ハウスはホームとなっていきます。槇文彦氏は、建築家は空間をつくって終わりではない、ユーザーがその空間をアクティヴイトすることを通して、その人にとっての場所となることで、設計は完成する。したがってそこまで関わる、あるいはそこまで考えるのが建築家だということをおっしゃっておられます。私たちも、直接的には空間をデザインするのですが、空間は人の環境となること、またそれが使われて大切な場所や思い出の風景となっていくことを想像しながら設計を進めていくことが必要なのです。

 以上のことから、都市デザインの対象を、ここでは都市環境と呼びます。「都市」ということばから、農村部が入っていないような印象がありますが、私たちが集まって暮らしていく環境を総体として都市環境と呼びたいと思います。ビルトエンバイロンメント(Built Environmennt)という言葉もありますが、うまい訳語がありません。また地方都市では都市というと大都市のことをイメージすることが多いことから、まちの環境という言葉を使うことが多くなるかもしれません。厳密に区別しているわけではないことをお断りします。

 私たちの都市環境は自然や風土のもとで人々の物的あるいは精神的ないとなみが長い時間をかけて作り上げたものです。文明的あるいは文化的所産です。そういった都市環境のなかで私たちは育ち、くらし、様々な経験をします。時間とともに、都市環境は、様々な意味や物語に満ち、複雑な文脈をもつ世界となります。その環境とのかかわりの中で、私たちは自分というものを形成し、自分が誰であるのかということを確かめます。「ここはどこ?」という問いは、都市環境の中で自分がどこにいるのかということですが、それは「私は誰?」という問いにほぼ等しいと思います。私たちは、歴史的、文化的、また風土的存在である都市環境との関係の中で生きており、自分を定位しているのです。

都市デザインとは

 都市環境は、住宅のスケールから、町内を超えて町や村にまでつながります。またさらに、都市群や地方、国という単位にまで広がります。私たちが、都市デザインという言葉で対象としているのは住宅から行政単位でいう市や町、村の広がりです。

 このスケールでの都市環境を、人間らしく安心して人が住み、働き、遊び、暮らすことのできる快適で、機能的、個性的、そして美しいものにしていこうという活動が都市デザインということになります。あるいは都市環境の中心に人間を据え、歴史、文化をふまえた存在として捉え、人々が誇りに思えるような環境を作っていくこと、建築や道路、広場、公園、そして自然的環境を、快適に誇りをもって暮らせるものに近づけていくことが都市デザインともいえるでしょう。

 住宅や個々の建築のスケールでは建築設計、また道路や橋などは土木設計、公園は造園、照明は照明設計など個別分野にはそれぞれ専門がありますが、そういう要素をうまく総合化していくというのも都市デザインの役割です。

 都市環境を扱う分野には都市計画があります。都市を計画するという行為は、都市というものが発生したメソポタミヤ文明や殷の時代からあるわけです。 一方で、狭い意味での都市計画というのは、19世紀半ばにイギリスで生まれた近代都市計画を指します。現代においては行政が、都市計画法などの法律に基づいて行うものです。都市の目標像、マスタープランを提示し、その目標に向けての法定の都市計画を定めます。

 都市デザインも、広義には都市の誕生以来のものということになりますが、狭義の都市デザインは、後ほど説明するように、20世紀半ばにアメリカを中心に生まれ現代に続くアーバンデザイン以降のものを意味します。広義にせよ協議にせよ、都市計画と都市デザインは不即不離の関係にあると考えたほうが良いと思います。その境界は限りなくあいまいですが、このエッセイでは問題としないようにします。

 

アーバンデザインの誕生

 19世紀半ばに生まれた近代都市計画や20世紀初頭から並走するモダニズム建築や都市思想は、19世紀末から20世紀にかけて、(産業革命以降進んだ)過密と非衛生的な環境に苦しむ大都市問題の解決の中から生まれました。衛生思想や労働者の劣悪な環境を救う理想都市的な思想の影響もあったはずですが、都市環境が歴史的、文化的また風土的存在であるということをひとまず棚上げして、インタ-ナショナルで機能優先の都市空間づくりに励んできました。その結果が均質で味わい深さに欠けるまちを生みました。その反省のもとに、都市環境に再び人間を置き、歴史的文化的また風土的存在としての都市環境を個性的魅力のあるもの、誇りをもって生きるためのよりどころにする活動が20世紀半ばからのアーバンデザインだったというのが私の理解です。

 私が考える都市デザインは上記のアーバンデザインの考え方に概ね基づくものです。ただ、正直なところアーバンデザインと私が今回まとめを試みている都市デザインの違いなど、まったく整理できていません。それも含めて順を追って考えていきたいと思います。

 都市デザインが扱うべき課題や目標、手法は地域、時代によって様々です。しかし、人間を中心に据えるということと、歴史、文化、風土的存在として都市環境をとらえるという態度は根底にあり、変わらないものだと思います。

 したがって都市デザインは、その場所における時間の流れや、文化の繋がり、そして風土が積み重ねてきている文脈を注意深く読み取るところから出発します。もちろん既存の文脈にばかりに目を捕らわれると単なる保守主義になってしまいますが、それを十分咀嚼したうえでそっと丁寧に新しいものをつけ加えていくという態度です。

建築デザインと都市デザイン

 私は、建築の設計を専門としていますが、ひとつの敷地内で建築をつくる場合にも、常に都市環境の中の一要素をつくるという意識で取り組んでいます。都市というスケールで見ると、建築の新築は、都市環境の一部修復なのです。(古い話で恐縮ですが)「葉っぱ(を考えることは)は木(を考えること)」であり、「木は葉っぱ」というオランダの建築家アルドーファンダイクの言葉を思い出します。

 建築設計から都市デザインまで通底するのは、私たちが暮らす建築や都市空間を、少しでもより良いものー利便性・安全性はもちろんのこと、快適で美しく喜びに満ちたものーにしていきたいという思いです。「作るよりもマネジメントが大切になった時代」になり、空間を扱ういわゆるフィジカルデザインの役割は相対的に小さくなっているようにも思えます。ただ、空間をデザインすることの大切さは変わらないものだと考えます。

 冒頭に述べたように、私たちは、空間を作ることを通して人々に環境を用意し、それが大切な場所になっていくことを願っているのだと思います。ただ自分のデザインした建築や都市空間が時間の経過とともに「大切な場所」に育っていくのかどうか、言い換えれば時の積み重ねの中で評価に耐えるものを作っていっているのかどうか・・・私たちの専門的な能力が問われているのです。 

 

高谷時彦

建築・都市デザイン

Tokihiko TAKATANI

architecture/urban design