地域デザイン論
2010.4.12 高谷時彦
講義の概要
1.はじめに―この講義の目的
地域デザイン論とは、「地域」という広がりを対象としたデザインといえます。
ここでいう地域とは市とか村とかの行政単位ではなく、人々の暮らしのまとまりと考えたほうがよいでしょう。あるいは社会経済活動のまとまりに対応した空間的な広がりの範囲といってもよい。大きさという点では都市の全体を呼ぶこともあるし、小さな集落のこともあると思います。地域の大きさや地域をどう捕らえるかという点ではルイスマンフォードの『都市の文化』が参考になります。興味のある人はぜひ読んでください。
デザインとは辞書によると次のような意味を持っています。
「行おうとすることやつくろうとするものの形態について、機能や生産工程などを考えて構想すること。意匠。設計。図案」
ここで、ものの形態についてと限定すれば狭い意味でのデザインになります。行おうとすることと捉えれば、広い意味になります。すなわち地域に関して何か行おうとすることの全体を秩序付けて構想することですから政治や行政の行っていることに相当するくらい広い概念になってしまうかもわかりません。
しかし、この講義で目的とするのはあまり厳密な定義ではありません。漠然と「地域デザイン」とはこんなものとして仮置きしておいて後ほどもう少し厳密に考えるべき局面が着たら考えることにしておきましょう。
むしろ、「地域デザイン」なるものがなぜに必要なのかという視点から少し具体的に考えたほうがよいでしょう。地域のさまざまな課題に答えながら、地域の将来のあるべき姿(を構想することを地域デザインだと考えておきましょう。姿をモノと考えれば狭い意味でのデザイン、姿を社会全体のありようだと考え、それを目指し手行うことを構想するとすればかなり広い意味になります。いずれにしても将来の姿を描きそれに向けての筋道を整理して考えていくこと。これが私たちに必要なことであります。
2.地域を捉えるのに必要な3つの視点
地域というものを捕らえるときには次の3つの視点が必要になります。
●社会文化
●経済
●環境
の側面です。
経済的な視点というのはわかりやすいと思います。
例えば、町おこしという言葉があります。地域経済の活性化ということを中心に考えているという意味では地域のことを経済の側面から考えているということ。またコミュニティの再生ということを目標にする活動も多い。これは社会文化的な側面から地域の問題に取り組むということだと私は理解しています。
3番目の環境というのはどうでしょうか。
環境というのは、人々の経済活動や社会文化活動の入れ物容器の面から地域を捉えていこうということです。この場合環境というと空気の清浄度合いや飲み水の量や純度という性たいていな側面での環境があります。環境問題といった場合もこの意味でしょう。環境というとエコロジーなどの言葉と結びついているのでこちらのほうがなじみあるでしょう。生態としての環境といえるでしょう。
ただもうひとつ環境には人が作り上げた環境、英語で言うBuilt Environmentという面もあります。人は自然が作り上げた地形や生態系のもとに建築や道路や橋などの物的なものを自分たちの生存や活動に必要なものとして作り上げます。歴史的に人々が形成してきたものは私たちにとっての新しい環境となります。これは前者が生態的環境といってよいのに対し空間としての環境と呼ぶことにします。あるいは環境を空間的に考えるといってもよいでしょう。
私はこの空間という側面から環境をデザインするのが専門ですので、地域の将来の姿を考える際にも空間としての環境のありようが一番先に浮かびます。といっても先ほどの経済的、社会文化的、環境的な側面は不可分なものでどれかを単独で扱うということは実際には不可能なことです。
たとえば地域おこしの一環で経済的な側面から入り込んで何か地域で特産物を作ろうとすればそれを誰が継続的に取り組むのかという担い手の問題。どう助け合うのかという社会的な問題と関連。また共同の場所作りという意味では空間的環境Built Environmentの問題。まちに製品を運ぶとなれば空間的な距離や道路の整備などまさにBuilt Environment的な視点が欠かせません。
また、何かを行おうとする場合、たとえそれが空間的な環境からの改善であっても、その目的とするところは他の経済的側面や社会文化的側面からのアプローチと目的としては変わりません。このことは具体的な事例を通して後に話すことになるでしょう。
言い換えると地域の問題は経済、社会文化、環境を総合的に包括的に考えるしかないのだということです。同時に包括的な問題に対しても専門性が集約されないといけないともいえるでしょう。
ということで、この講義では地域の将来の姿を構想するための方法や関連知識を学ぶわけですが、基本的には空間的環境をどうデザインしていくのかということが入り口となります。しかし、皆さんは同じ対象に対してたとえば経済的な視点、社会文化的な視点と自分の得意な分野から自由に発想してほしいと思います。
3.講義の内容
前半で地域(都市、集落)ののぞましい姿を考えるうえでの新しい考え方概念を紹介します。続いてその考え方の背後にあるものを考えるようにしたいと思います。また皆さんの関心のありようにも配慮して考えていきます。
私たちは、日ごろは目の前にある具体の課題に取り組んでいます。大学と地域という問題を考えて見ます。最近よく議論に出ますが、大学生がマンパワーとしてだけ期待されているという問題です。わたしたちはプラクティショナーとして参加することもあります。やはり一方では今個々で起きている問題課題を広い視野から捉えておくことも必要です。プラクティスの目的を客観的に評価できるようにもする必要があるということです。そういう視野があれば、時にはイベントの加勢として動員されたとしても、私は問題ないと考えます。またそういう汗を流すプロセスがないと地域との信頼関係が得られず、単なる評論家になってしまいます。
第1講:サステイナブルシティ
これまでもさまざまな都市像あるいは都市のタイポロジーとして都市の姿は語られてきました。理想都市のイメージ、空想的社会主義者たちのイメージ、ユートピア等々を思い出してみてください。20世紀後半にあってもメタボリズムの思想などもあります。興味のある人はそれぞれ勉強してください。
この講義で扱うのは現代の都市や地域のさまざまな問題を解決する視点として提出された都市像が中心です。20世紀後半から現代に至るものです。サステイナブルシティという概念もそのひとつです。
1.サステイナブルシティとはなにか
まずサステイナブルあるいはサステイナビリティとは何かということについては皆さんすでによくご存知だと思います。海道氏の解説(海道清信、2009)や北川正恭他の共同研究(北川正恭他、2005)を参考に少しトレースしてみましょう。もともとは世界的なの人口増大と発展途上国を中心とする経済成長が、有限の地球資源を枯渇させる、また人類・生物の生息環境である地球環境にもキャパシティの限界があるという認識、問題意識から生まれた概念のようです。おそらく20世紀後半に各方面でこの問題意識が共有される状況にあったと思いますが、中でももっとも有名な定義というか考え方はブルントラント委員会のものでしょう。
1987年の国連ブルントラント委員会のサステイナビリティの報告書ではつぎのように定義されています。
将来世代の必要性を損なうことなく現世代の必要を満たすような開発(Development which meets the needs of the current generation without jeopardizing the needs of future generations)
この定義は世代間公平を意識していますがこれに世代内の多様な人々が等しく人間らしい生活ができるような開発のあり方(世代内公平、南北間の公平)や人間中心ではなくほかの生物間の公平の観点を付け加えるべきだという視点もあるようです。いずれにしても有限の資源を将来も含めた人類・生命体が享受し続けるためには、今までの資源を使って生産、消費し、廃棄するという流れをかけていかないといけないし、そのためには調整、計画的な視点と今までの経済発展の考え方、思考法を大きく転換しないといけないという問題意識が感じられます。
また注意したほうがよいのはサステイナブルデベロップメントであってサステイナブルグロウスではないということです。持続可能な発展というとまだ量的な拡大を目指しているのかと思いますが、デベロップメントにはむしろ質的な発展に力点が置かれているのではないでしょうか。
この言葉は1992年の有名なリオデジャネイロ会議のアジェンダ21に引き継がれています。
高谷時彦記 Tokihiko Takatani