鶴岡まちなかキネマ問題の創造的解決に向けて
高谷時彦
JUDI東北ブロック
1.はじめに
2020年5月、鶴岡まちなかキネマ(以下、まちキネ)が閉館となり、同時にまちなかキネマの設立以来の支援者であり、また債権者でもある荘内銀行から㈱まちづくり鶴岡(運営会社)を清算する方針が発表されました(Fig.1-1)。多くの市民が心配し、「まちキネの存続と再生を願う会」(代表:山形大菊池俊一准教授)には1万人を超える署名が集まりました。そのような状況の中で2020年11月、鶴岡市から「旧鶴岡まちなかキネマの今後の活用について」(以下活用案)という方針が示され、現在(2021年5月)その案に基づいて関係者が動き始めています。
私は、関係者のご尽力に対して、心から敬意を表すものですが、同時に、計画案の中身や策定プロセスには課題が多く、今後、市民や専門家とともに、少しでも良い方向に変えていきたいと願っています。その思いから、JUDIの公募型プロジェクトに応募し、「まちなかキネマの再生に向けた市民連携活動」として採択をいただきました。これまでの経緯を含めて私たちの考えと、活動について説明をします。
2.鶴岡まちなかキネマの誕生から閉館に至るまで
2006年、山形県鶴岡市(人口12万人)の中心部にあった合繊工場の郊外移転が決定し、3000坪の跡地が売りに出されました(Fig.2-1)。このまとまった敷地を購入して生活文化の場として開発し、中心部再生につなげたいと考えたのが、鶴岡商工会議所副会頭、荘内銀行頭取の國井英夫氏です。國井頭取は、地域と共に生きるのが地方銀行という信念のもと、第一弾として映画館を復活させる事業に着手しました。
國井頭取(当時は専務)から相談を受けた私たちは、古く朽ち果てていたため、工場移転に伴って壊す予定であった木造平屋建築(のちに絹織物工場であったことが判明)をリノベーションして映画館にすることを提案しました。また、その隣にある2棟の大型工場(鉄骨鉄筋コンクリート造)は当面残しておき、将来的に産業文化遺産建築群としての総合的な活用を行っていくこととなりました(Fig.2-2)。
案を実現すべく翌2007年には荘内銀行の主導で鶴岡商工会議所会員が出資して㈱まちづくり鶴岡が発足しました。「絹織物の産業文化遺産で映画が愉しめるまち鶴岡」のスタートです(Fig.2-3)。
映画館には、郊外型シネコンや大都市の名画座、あるいは単館で頑張る地方都市コミュニティ型映画館などいろいろなタイプがあります。まちキネはそのいずれでもない独自のものを目指しました(Fig.2-4)。規模やスクリーン数など手探りでしたが、映画パーソナリティの荒井幸博氏から、運営しやすいキャパシティやスクリーン数についてアドバイスをいただく中で、キネマ1(165席)、キネマ2(152席)、キネマ3(80席)キネマ4(40席)の4スクリーンと広く市民に開放された多目的ホールからなるまちキネの姿が浮かび上がってきました。
開館してからは支配人のもと、4スクリーンをフル活用して、1日当たり24上映機会、10~12作品の併行上映を実行し、すべての配給メジャーとの厚い信頼関係を築き上げました。地方都市では大都市の名画座のような固定ファン層に期待することはできません。新作、旧作、超大作、ミニシアター系、アニメなど多様な選択肢を用意しながらの工夫に満ちた運営を行いました。またデマンド上映、ODS(アザーデジタルスタッフ/ソース)や映画祭など多様な劇場運営を行うだけでなく、ステージがあることを活用した落語会、舞台挨拶、演奏会、シンポ会場など多目的な利用にも特徴があります。多目的ホールはカフェ、コンセッション、イベント、展示販売、コンサート。映画とのコラボイベントなどに活用されました。荘内銀行員の館長の下で多い年には、年間8万人、売上1億円の実績を積み上げてきました。どこにもないまちキネモデルの経営といってよいのではないでしょうか(Fig.2-5)。
また、歴史的建築である絹織物工場を個性的な映画館スペースや多目的ホールに作り変えた発想やデザインは建築やまちづくり関係の雑誌などで広く取り上げられるだけでなく、日本建築学会作品選奨、BELCA賞など国内外の賞の対象となり、実務家や建築学生の教科書でもある建築資料集成にも収録されています(Fig.2-6)。以上の経緯は、『ソーシャルビジネスで地方再生』(渋川智明著、ぎょうせい2012)などに詳しく紹介されています。
しかし荘内銀行の体制も國井頭取から同じく地元出身のU頭取(よくまちキネでお見掛けしました)を経て2020年4月には、メガバンク出身の頭取による体制へと変わりました。その直後の5月に閉館が決定、同時に土地建物を売却し、㈱まちづくり鶴岡を清算する方針が発表されました。コロナ禍ということもあり、土地取得代や、建築費などの初期投資費用が回収できる見込みがない以上、㈱まちづくり鶴岡が所有する土地建物を買ってもらったうえで、不良となった債権を処理しようということです。銀行としてはやむを得ない選択だったのだと思います。
3.市の活用案
上の状況を受けて発表された市活用案の骨子は次の通りです(Fig.3-1)。
①まちづくり鶴岡の所有地と建物は鶴岡市社会福祉協議会(以下、社協)が㈱まちづくり鶴岡(荘内銀行)から取得。大きいキネマ1,2及び多目的ホールの建築、諸設備はクリアランスし、事務室、会議室、介護ケアルームに改修する。
②小さなキネマ3,4は「映像機能付交流スペース」(以下、交流スペース)として無償貸与する。映画館をクリアランスし、交流スペースとして使うための大掛かりな改修に必要な工事費の一部充填のため2500万円を公費(市と国費)で賄う。
➂交流スペース運営は地元の山王商店街(山王まちづくり㈱)が担う。市は3年間にわたり800万円を支援する。
また、活用案で直接は触れられていませんが、当初のまちキネ計画で、産業文化遺産としての総合的活用が予定されていた、空き工場2棟(この敷地はもともとは一体の工場敷地ですが数年前に㈱まちづくり鶴岡から荘内銀行に売却されました)は、荘内銀行が除却し更地とすることとされました。その後、本原稿執筆時点(2021年6月)ではすでに壊されています。
4.市活用案の課題、代替案を検討する必要性
市活用案によると、常設映画館はなくなっても映像機能付きの交流スペースは残ります。また中心部に介護ケアを担う福祉施設が設置されることも、歓迎すべきものです。映画館はクリアランスされ、建物外観も変わるにせよ、全体が更地になるわけではありません。
また、交流スペースを運営する地元商店街リーダー、市のOBである社協理事長や鶴岡市長など関係者は、映画復活を願う多くの人に答えたい、また何とか更地になることを避けたいという思いで、関係者合意と市活用案をまとめ上げました。
以上の点は私も高く評価するものですが、市の活用案にある様々な課題を指摘し、より良い案を提示することは、私たち専門家の役割だと考えます。以下に説明します(Fig.4-1)。
①常設映画館の存続可能性を検討しないこと
市活用案の「映画上映機能を持つ交流スペース」は、常設映画館ではありません(常設となる可能性を否定するものではありません)。市活用案は、映画館の存続を検討することもなく、また、まちキネを運営してきた関係者や映画館興行者の声を聴くことなしに、地方映画館で最も使いやすい大きさとして設定した150席キャパの2つのキネマと多目的ホールのクリアランスを案の出発点としました。ここに第一の問題があります。
まちキネの閉館後、(少なくとも2つの)映画興行会社から、4館そのまま借りることができないかという問い合わせがきたそうです。まちキネは、初期投資分の債務を背負っていましたが、その債務がなくなれば、ランニングベースでは映画館の経営は可能ということです。もちろん荘内銀行にとっては映画館の存続ではなく、㈱まちづくり鶴岡の会社清算が第一目標ですので「土地建物を買わずに映画館を運営したい」という話は受け入れられないものでした。
しかし、公的な存在である鶴岡市社会福祉協議会が土地建物を購入してくれた時点で、事情はかわります。この広い敷地の中で、公的な社協の機能と文化的な映画館の機能が両立、共存する姿が描けないものか、少なくともその検討をすべきだというのが私の考えです。もちろん社協の投資金額と市の補助金の総額は当初の市活用案を超えないようにするというのが前提です。
②今ある建築の特性を生かす工夫をしていないこと
私たちは、地球環境の危機を人口減少の中で迎えています。不必要なものを壊して新しく作ればいいという発想は、もうやめた方がよいと思います。望ましいリノベーションというのは、今ある建物や設備を十分に尊重し、できるだけうまく活用するということです。不要になったからと、既存の空間特性や魅力を考慮せず、使えないものは壊し、もととはまったく脈絡のない空間を新たに作るというのは、20世紀的なスクラップアンドビルドの思想です。
2006年に私たちがまちキネの工場を再生しようと考えたときにも、工場建築のもつがらんどう性を活かし、多目的ホールはそのがらんどうに光を取り込んでいく、またキネマにおいてはがらんどうの床を掘り下げて、がらんどうの中に独立した内箱(それが映画鑑賞空間:客席)をそっと挿入するという手法を取りました。工場建築の特性をそのまま生かしているから、新しい使われ方との対比が新鮮であり国内外の評価を得たのです(Fig.4-2)。
まちキネの内箱は、地面を深く掘り下げて作られ、鉄筋コンクリート造と木造の二重壁に囲まれた高機能の「密室」です。密室は高性能の音場空間でもあり、高機能の諸設備を持っています(映画技術協会の賞もいただいています)。これを福祉施設として使用するには「密室」とは真逆の環境に作り変える必要があります。窓も必要となり外観も変わります。また、スプリンクラーや高性能の空調換気設備、照明、火災報知設備など(これだけで億単位の工事費がかかっています)も大掛かりな改造が必要です。学校の校舎をシェアオフィスとして使うといった類の改造とは質が異なります。
また、市活用案により、快適で使いやすい空間ができるのでしょうか。 工場や映画館の雰囲気や空間的魅力とは全く隔絶した普通の小部屋群が生まれます。会議参加者が交流スペースを通らないといけないというのは大丈夫でしょうか。元気老人がますます増えていく時代に、少しの余裕もない間取りでよいのでしょうか。多額のお金をかけたにもかかわらず「これなら郊外で新築したほうが良かった」ということにならないことを祈ります。また、交流スペースには客だまりもありません。またコンセッション、販売、カフェ、イベントなどで、市民の広場になっていた多目的ホールもなくなります。
今あるものの特性を無視した改修は私たちが求めるリノベーションではありません。不必要なお金をかけて、プアーな空間を手に入れることは、関係者の本意ではないはずです。私たちは、今の空間特性、建築としての魅力を活かしながら活用する代替案があると考えます。
➂税金でつくったものを税金でこわすこと、大量の廃棄物を生み出すこと
まちキネは中心市街地活性化計画の事業であり、建築にかかわる部分だけでも私の記憶では2.5億円前後の税金を使わせていただいています。市の活用案では、税金を用いて、税金でつくった建物を、減価償却も終わらないうちに壊してしまうことになります。
また、映画館機能持つ内箱を設備とともに壊すことで多くの廃棄物を出します。鶴岡市は、国連SDGsのモデル都市ではなかったでしょうか?私もかかわりましたが、鶴岡市は数年前に、今あるものを活かした創造的な都市再生を詠うユネスコ創造都市のネットワークに加盟しました。今回の市活用案がその精神と大きく離れていることを危惧します。
④ビジョンがみえないこと、計画の過程が見えないこと、急ぎすぎていること
市は計画当局(planning authority)です。広い視点,総合的な視点で市民にビジョンを示す責任があります。民間企業の破たんに手を貸せないと市は繰り返しますが、忘れてならないのはまちキネの事業は中心市街地活性化事業の一部であるということです。
これまで、中心部の再生・活性化を担い、年間8万人の人を中心部に集めてくれたのは㈱まちづくり鶴岡という民間会社です。今回社協という公的な機関が中心部に広大な土地建物を所有することになりました。ここからは、市がきちんとしたビジョンを示すべきです。
中心部にどう人を集めるのか、交流環境をどのように作り維持していくのか、産業文化遺産建築をどう生かしていくのかということを総合的に議論すべきだと思います。その点に関しては、早稲田大学佐藤滋先生の指導を受けた鶴岡市都市計画セクションには多くの蓄積があります。いろんなセクションが協働して、中心部の姿を議論する良い機会だと思います。映画館経営のプロと住民の参加は必須です。
しかし、そのような総合的、都市計画的な議論が行われた形跡はありません。初めて市から活用案の説明を聞いた時に、私は即座に「まちキネだけで解決しようとしてはダメです。視野を広げること、少なくとも隣の空き工場を含めて考えればずっと良い案になります」と申し上げました。残念ながら、「隣は関係ない、関係者合意はできている。時間がない」というのが市の回答でした。
活用案は将来ビジョンを踏まえた計画案ではなく、会社清算案です。市の中心部に広大な敷地と歴史的建造物が公的な組織の所有となるということの意味を十分に考え、市民にビジョンを示すのが計画当局(planning authority)の役割ではないでしょうか。
5.私たちの代替案:市民に選択肢を
後述する2020.11.29フォーラムに集った専門家と相談しながら、代替案をまとめました(Fig.5-1,2)。
残念なことに、フォーラムで活用提案された産業文化遺産の倉庫2棟は壊されてしまいましたが、それでも敷地は十分に広いものです。社協会議室や事務室は駐車場部分に別棟を建てれば、自由な平面計画(間取り)と光にあふれる職場環境ができます。介護ケアはキネマ1の空間特性をそのまま生かして活用します。多目的ホールとの間にあるテラスを活用すれば、心地よい元気老人の居場所が実現できるでしょう。映画館を壊して小部屋にするという無駄なお金をかけずに、同等の工事費で、あるいは補助金を上乗せすればさらに安く歴史的雰囲気を継承した市民の居場所が中心部に確保されるでしょう(Fig.5-3~5)。
この代替案によりまちキネは、山王商店街や地元有志が進めている「旧長山邸芭蕉ギャラリー計画(仮称)」ともつながります。山王商店街から芭蕉キャラリーを経て、映画と福祉機能の融合するまちキネ文化ゾーンに至る、新しい中心部の姿が見えてきます。
提案では3つのキネマがそのまま残ります。この運営については、関心を示してくれた映画館運営会社などへのヒアリングを行ったうえで、山王まちづくり㈱も加わり経営方法や運営の仕組みを検討していくことになると思います。代替案がベストかどうかは、わかりませんが、会社清算案の色彩が濃い市活用案のほかに市民に選択肢を示すことが専門家の使命だと考えます。
6.市民連携活動
①2020.11.29第1回鶴岡フォーラム:「まちキネの存続と再生を願う会」主催、会場鶴岡Dada
建築学における保存再生の第一人者、後藤治工学院大学理事長、ホールや映画館などの劇場建築のエキスパート上西明先生、若手建築家で鶴岡を愛する花沢淳先生などが専門的な見地からの意見、提案をしてくれました(Fig.6-1)。先生方の提案の骨子は、(フォーラム当時はまだ残っていた)南側の大きな空き工場を社協の事務室などにすることで、無駄なクリアランス費用と改装費を抑える、またまちキネを存続させて、福祉と映画文化の相乗効果のあるまちづくりを行うというものでした。また各地の建築の保存再生を支援している作家の森まゆみさんと保存再生の実践家中村出さんも駆けつけてくれ、映画館の存続、劇場建築をクリアランスしないで使っていくことの大切さを訴えました。
講演のあと、参加者30人(コロナ禍での限度人数)で議論を行い、提言「まちキネの創造的再生と中心市街地活性化のために」(2020.12.15菊池俊一)がまとめられました。市活用案ではなくなる予定の多目的ホールを壊さないで市民に開放してもらい、自主運営するという大変魅力的な提案です。
余談ですが、フォーラム終了後後藤先生からは多額の寄付をいただきました。私は2006年に木造絹織物工場の再生としてまちキネに取り組み始めて以来、後藤先生の指導の下で、既存の空間を謙虚に読み解いて、地域の記憶をつなぎ、建築の魅力をつなぐ再生工事とは何かということを考えてきました。まちキネはその成果物です。その意味からも、市活用案の(大変申し訳ありませんが)安易なクリアランスと改築には再考を求めていくしかありません。
②2021.02.21 JUDIフォーラム(ZOOM):東北ブロック、北陸ブロック主催 (代表世話人:斎藤浩治、上坂達朗)
ZOOM会議となりましたが、多くの方々の参加で活発な意見交換がなされました。先の鶴岡フォーラムでの建築関係者の意見とは異なり、「建物を壊すわけではない。映画館はなくなるが時代に応じた次の活用が始まると考えたほうが良い」という、市活用案に近い意見も多くきかれました。一方では、ランニングベースで映画館が維持できるのに壊すのはもったいないという認識を前提に、関係機関の組織力学を踏まえての戦略的な提言も寄せられました。JUDIが多様で優秀な人材の宝庫であることを再認識しました。
➂2021.03.20第2回鶴岡フォーラム:「まちキネの存続と再生を願う会」主催 会場鶴岡Dada
JUDI会員の皆さんはZOOM参加となりました。ここでは、後藤先生たちと相談したうえで、私のほうから、映画館の存続と再生を前提とする具体的な提案を行い、意見交換をしました。地元出身の映画弁士佐々木亜希子さんもZOOM参加してくれるなどコロナ禍の中では最大限多様な議論ができたと思います。
7.おわりに
北陸ブロック上坂氏が、議論の中で発せられた次の言葉を紹介して私の報告を終わります。
「こんな美しい建物をただの事務所にするなんてありえない。物の価値を理解できない人がすることだ」。
ガツンと頭をうたれました。長々と文章を書き連ねましたが、根底で私を動かしてきたのはこの思いだったのです。将来多くの人々にまちキネを残そうと思ってもらうためには、心の深い部分でこの思いが共有されることが必要です。言葉を変えると、まちキネが人々の共感を生む建築、場所であったのかが問われているのだと思います(Fig.7-1)。
支援いただいたJUDIの皆様、とりわけ斎藤氏、上坂氏をはじめとする東北ブロックと北陸ブロックの皆様、どうもありがとうございました。