日本の心・さいき

日本の文化を通じて、世界平和を実現させましょう。

新人職員への話

2007-04-07 07:44:44 | Weblog
3月5日の新入職員のオリエンテ一ションで話をと、副院長から依頼があり、受けてした。20分と言われたいたのに、前日になって、30分と言われ、慌ててパワ一ポイントでスライドを作成した。何を話せばいいのかはっきり言われないままに、自分のペ一スでいいと院長の許可をもらっていたので、それなりに作成した。スライドが多過ぎて(60枚にもなってしまった)、本番では、時間がなくて、最後は駆け足でしてしまった。
 その中で、日本のどこが素晴らしいのか、外国滞在経験から、次の様に言った。
「平和である。自由に発言できる。教育が進んでいる。医療が進んでいる。飢え死にすることがまずない。日本人の多くが、真面目である。努力で、ある程度まで、可能である。気候が温暖。健康的な食事が多い。」
 又、生きる上で、趣味を持つことの大切さも言い、次の様に言った。
「人と交わる趣味の方がいい。仕事以外に、得意なものがあるといい。ボランティアにつながる趣味の方がいい。趣味は、楽しくないと続かない。仕事が2番目に好きなのが、理想的かも知れない。直ぐに出来る趣味は、飽きる。出来ない理由は、決まっている。次の3つ、つまり、「忙しい」、「頭悪いから」、「歳だから」と。それは、言わないこと。趣味も、継続は、力なりで、石の上にも3年の格言と同じ。常に、新しいことに挑戦する生き方。生きることは、学ぶことである。」
 副院長から、もっとゆっくりと聴きたかった。新入職員だけの話ではもったいない内容だったと言われた。(ご清聴どうもありがとうございました)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

為になるかも知れない本(その59)

2007-04-06 07:35:21 | Weblog
*4月になって、専門4年生と一緒に循環器の学習会のグル一プに参加した。3年生が10人前後、4年生が20人前後いたが、実際に出席している数は、20人前後であった。講師は、循環器の先生が主にしてくれた。又、聴診用のレコ一ドを買って、肺と心臓の音を毎日聴いていた。

○専門3年、5月2日(木)晴。
 ○田さんが国家試験を受けて帰って来て、国家試験のコピ一をくれたので、実際に解いてみたら、145分間で、190問中90問解けた。国家試験まで約2年間もあるので、本番の時は大丈夫だと思う。
○専門3年、5月3日(金)灰。
 クロ一ニンの「城塞」を読み上げた。マンスンが自分で、クリスチンが恵ちゃんの様な気がした。俺は、本当に医者になるのだなあ。
○専門3年、5月18日(土)曇。
 小児科の講義の時、助教授から誉められた。循環器は面白い。正に、物理と数学と思う。15時30分に図書館を出た。文集の原稿を練った。
○専門3年、5月31日(金)曇。
 鹿大は、時間数は、全国の医学部の中でベスト3に入っているという。それでいて今度の国家試験は、国立の中で下から2番目だ。学生の勉強不足の為か、それとも教育の効率が悪い為か?
 臨床講義の時、犬の鳴き声とマイクの音の大きさが同じなんて、この大学位なものだろう。アンケ一トがあって、どんな医者になりたいか、理想像を書けというのがあって、「患者の為に医者になる。博士号と拝金主義無縁」と書いてしまった。
 俺は今、順調に行っている。俺なりに生きている。俺なりに満足し、俺の道ができている。浪人、苦しかった。高校3年間、面白くなかった。受験勉強で、体力がかなり落ちてしまった。高校の時は、授業中、眠たかった。月に1回試験なんて、全く馬鹿げている。授業を批判したり、補習をするのを批判したりするのはタブ一だった。大学生、やはり大学生はいい。それは、自分のペ一スで勉強できるからだ。俺は、立派な大学生なんだなあ。浪人中ではないのだ。俺には、将来、必死で学んだ学問がある。俺には、素晴らしい医学があるのだ。苦しんでいる人を助けることが出来る。本当に助けることが出来るとしたら、素晴らしいことだ。俺は、今、幸せだ。毎日勉強で苦しいが、これが患者の為になると思えば、充分に耐えられる。最近、何となく、馬鹿に自信を持っているなあ、何もわからんくせに。
○専門3年、6月14日(金)曇。
 学習会があった。為になった。だいぶ実力が付いた感じになった。でも、まだ、駄目だ。今年の夏休み、それも、8月が勝負だなあ。
○専門3年、6月19日(水)貴重な体験記。
 午後10時、何となくゾクゾクっとする。頭が痛い。ちょっと手で頭に触れただけで電気に触れた様にピリッとくる時がある。これは大変なことになる、この忙しい時にと思い、布団をガボッとかぶって寝た。1時30分、目が覚めた。頭がフラフラ、確実に熱がある。脈拍は1分間に120。まず、熱を下げることを考えた。ミカンがなくなっている。仕方なく、まず、お湯を沸かした。カフェインとショ糖しか、ここにはない。ビタミンCが欲しいけどないのだ。熱い湯にコ一ヒ一と砂糖を入れて飲んだ。これで、ショ糖によりエネルギ一のATPが補充でき、消耗を防げるし、カフェインにより強心作用・利尿作用・興奮作用も期待できる。発汗することにより、熱を下げるのだ。暑いけど、布団を又、ガボッとかぶって寝た。カフェインの作用で眠れない。汗が出る。拭く。30分毎に体を拭いた。6時まで殆ど眠れなかった。途中、熱を測ったら、37度8分あったのが、朝方には、37度2分になった。ちょっと眠って8時に起きた。測るとちょうど37度だった。学校で熱を測った。どうも平熱に戻った感じだ。一内科に行って、自分で白血球を数えたら、5800だった。熱があった時、咽頭を自分で見たが、別に異常はなかった。炎症であれば、発赤・腫脹・疼痛があるはずだ。家に帰って、完全に回復していることに気が付いた。あの熱のあった時に、砂糖を入れて飲んだコ一ヒ一が甘くなかった。砂糖を如何に入れても、甘くないのだ。おかしいと思い、砂糖を舌の上に乗せてみた。驚くなかれ、やっぱり甘くないのだ。つまり、味覚が麻痺しているのだ。一過性の球マヒがあったのだ。以上の疾患をやぶ医者は、簡単にカゼと診断していいものだろうか?


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

為になるかも知れない本(その58)

2007-04-05 06:14:35 | Weblog
○専門3年、4月20日(土)曇。
 中川米造先生の講演があった。スェ一デンの医学生は、医学部で講義を受ける前に保健所や医療施設に行かなければいけないと言う。阪大でもその方針になりつつあると言う。日本のナ一スは、一日に1分20秒しか患者さんと話をしないとのこと。ある耳鼻咽喉科の開業医の先生は、一日に350人も診ていると言う。今の医学は量が莫大に増えて、4年間では無理であり、医学的知識を全部覚えることは不可能で、又、その必要もなく、直ぐに引き出せるような能力が必要とも言われた。更には、細分化の弊害にも触れ、アメリカでは24種類の臨床スペシャリストがいて、一人20分間診るとすると、一日8時間労働でちょうど24人の患者さんに24人の医者が必要になり、専門医24人に診てもらうとすれば、将来有病率が5割になるとした場合、国民の半分が医者にならなければならず、医者も別の医者から診てもらわないといけないから・・・・?!又、コンピュ一タ一の弊害にも触れ、医者は病気を診ているだけで人間を診ていないから、医者と患者さんとの間に人間的交流がなくなっているとも。学生の質問にも応じて、国家試験のことについても言っていた。私立の名門慶応でさえも特訓をしており、自分が今実際に解いてみて(先生は、京大出身)3~4割しかできないが、受験勉強を前もって一生懸命にやれば、6割近くは、何とか取れるかも知れないが・・・(それまでの国家試験では、易しかったので、今でも6割近くは取れるとのこと)と。一人の医学生を育てるのに、4カ年間の専門課程で、国民は1000万円も払っているとのこと。教養の時に、僻地に行って、実態を見る必要があることを強調していた。先生の素晴らしい話に、皆、聴き入っていた。
○専門3年、4月30日(火)晴。
 悪徳医・算術医・誤診医の本を読み上げた。医者は患者さんの為にある。患者さんの為に医者になる。自分の為に医者になるのではない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

為になるかも知れない本(その57)

2007-04-04 06:58:59 | Weblog
○専門2年、3月15日(金)曇。
 ここでは知識以外に人間と人間の関係のことも勉強になった。先生方も大変だなあと思う(日本の医者は、当直明けも全く普通に仕事をしなければいけないことを初めて知って、ビックリした。産婦人科は、お産が夜に多いので大変だなあと思った。)。医者の生活は、世間が思っているみたいには、甘くない。一歩間違えてもいけない。命を扱っている以上、医者には、失敗は許されないのだ。外西先生は、「手術をする医者になる人は、医者になりたての初めの1~2カ年間に上手な指導者のもとで基礎をミッチリと叩き込まれておくことが大切で、上に立つ人は、下の人に言うべき時にはちゃんと言い、いつまでもガミガミ言ってはいけない。」と言われた。蔵屋ドクタ一に、「先生はすごいですね。」と言ったら、「まだ全然駄目、病理が出来るまでにはだいぶかかる。」と言われた。医者は自分に対して常に厳しくあることが大切だし、医学に対して謙虚な心でいつもいるべきだと思う。
○専門2年、3月16日(土)晴。
 研修が終わった。嬉しかった。仕事上、まず、看護師さんと上手くやって行くことが大切だと思った。この一週間の市立病院産婦人科での研修は、とても有意義だった。予想以上だった。オペも、10回以上見たし、虫垂炎のオペも見たし、アナムネ一ゼも沢山とったし、少し自信がついた。しかし、謙虚に反省しなければいけない。医者をするということは、そんなに甘いことではないのだ。学校での講義内容が本当に役に立った。外西先生は、教育に非常に熱心な先生で、医者の態度や能力に非常に厳しい先生であったが、予想通りの立派な先生であった。
○専門3年、4月10日(水)晴。
 実習のお礼に三人で鹿児島市立病院に行き、キリストを抱いたマリアの絵を外西先生に持って行った。喜んでもらえたので、嬉しかった。食べ物だと後に残らないので、残る方がいいということで絵にしたのだ。校長室(看護学校)に飾ってくれることになった。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

子どもの免疫力をつけさせる為には・・・

2007-04-03 09:00:16 | Weblog
日本の子ども達は、現在、世界一いい医療を受けているかも知れない。例えば、自分が今住んでいる県の乳幼児医療にしても、財政難なはずなのに、小学校に上がるまでは医療費は要らない。小児救急にしても、時間を掛ければ、どこかで診てもらえる感じになっている。周産期医療の成績がどうこう言っても、県別の競争からちょっと離れて世界を見れば、今の日本の周産期死亡率や新生児死亡率や乳児死亡率は、世界一いい。新生児死亡率や乳児死亡率など、2位の国と比較しても、飛び抜けた感じで日本は世界1位なのだ(マスコミは、そんなことには、余り関心ない様だが)。
 それに引き替え、日本の子どもに川崎病やインフルエンザ脳症が多いのは何故だろうか?日本の子ども達は、明らかに、医者に掛かる回数は、諸外国よりも多い。それも、軽症で。そこでは、殆どの例で、お薬をもらう。
 薬の副作用で一番多いのは、抗生物質と解熱鎮痛剤だ。長期となると、副腎皮質ホルモンも、当然、問題になるだろう。それが理にかなって使用されている場合は、いい。しかし、不適当に使用されていないと誰がはっきりと言えるだろうか。
 それが証拠に、今までの事例を見れば、明らかだ。解熱剤の使用にしても、アスピリンが駄目になり、ボルタレンが駄目になり、ポンタールが駄目になり、アセトアミノフェンだけとなっているが、その肝障害で、イブプロフェンの方が、いいのではとも言われている。
 抗生物質にしても、耐性菌の問題の方で、日本が一番世界で困っている。
 人は、病原体が入ってきても、それから逃れ様とするのは、自然の流れである。それに対して、小さい時から、しっかりとその抗体も作られ、免疫細胞に記憶されて行く。
 ちょっと熱があっても、慌てて直ぐに熱を下げ様としたり、細菌感染でもないのに、抗生物質を常にあげていれば、免疫獲得は出来なくなるのは、当然である。
 インドネシアに1カ月いたが、きれいな肌の子が目立った。タイにも、1ヶ月半余いたが、幼児期まではそんな子がいても、それ以後はいないと現地の人が言われていた。ダッカでも、学校に行ったり村に行ったりして、沢山の子どもと2週間余接したが、そんな子に気が付かなかった。東ドイツと西ドイツが合併した時、てっきり環境の整った西ドイツの方がアレルギー少ないと多くの学者が思っていたのに、全く明らかに逆だった。きれい好きな親の子の0-157に症状がひどかったとの報告が現にある。
 小さい時から、いろんな微生物と接触しておく必要があると思う。それを避けて生きることは、良くないと思う。闘う姿が症状であり、症状が強く出れば、それなりに免疫を獲得して行き、同じものが再び入った時には、前回の様にならない様にして人間は生存してきていると思う(ニキビが何度も出来るのは、それを起こす細菌の記憶が上手く出来ない為らしい。それに対して、ウイルスの様な小さな微生物では、しっかりと記憶がされるケーズが多い)。
 
 こどものアトピー・ぜん息・アレルギー「免疫力」をつければ必ず治る  福田稔 伊藤康雄  三笠書房

 この本には、子どもの免疫力を高める方法として、①よく眠らせること、②口呼吸をさせないこと、③体を常に温めること、④たっぷり汗をかかせることとの、4つのポイントをあげている。又、過保護にせず、運動を積極的にさせ、戸外に出させ、姿勢を良くし、玄米食を摂り、よく噛み、糖分を摂り過ぎない、食事は皆で楽しく食べる、子どもをもっと笑わせる、離乳食を早く始めない(母乳中心で)、テレビを見過ぎないなどの今の日本の子ども達の注意点が沢山述べられている。子ども時代に作った丈夫な体(免疫力)は一生の財産と最後に書かれている。

 子育ての免疫学 姫川裕里 安保徹 河出書房新社 

 この本には、「対面抱っこ」の大切さ、「ハイハイ」の大切さ、「母乳」の大切さ、発達と自律神経との関係などが記載さている。

 今からの小児科医は、免疫学的に子どもを見ていかないとけないのかなあ・・・?!


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

為になるかも知れない本(その49の続き)

2007-04-02 09:26:52 | Weblog
○専門2年、5月14日(月)晴。
 長井さんが来た(今日で会うのは、3回目)。カギを渡した。恥ずかしながらもよく話した。彼女は聞き上手。100点を突破しそう。あの娘は僕の価値観と同じだと思う。横断歩道を渡る時、ちょっぴり手が触れた。夢で彼女とコタツに入っているのを見た(学生時代、自分は、毛布を足に巻いて勉強していた)。ただ二人一つの部屋で。彼女は僕のお嫁さんになるのだろうか。これこそ神のみぞ知るだなあ。
○専門2年、5月15日(火)雨。
 細菌学の実習で、細菌を取る時(何せ赤痢菌やチフス菌を扱うものだから)手が震える。俺って駄目なんだなあ。慣れれば何ってことなく人一倍上手に出来るのに、劣等感で悩むなあ。
○専門2年、5月16日(水)雨。
 第一内科の川明助教授が、「基礎医学が大事だ、語学が大事だ、それに自動車免許が」との三点を力説した。腎臓の絵を描く様に言われて、何とか書いた。前に座っていたAと俺が絞られた。しっかり勉強しなけらばいけないなあとつくづく思った。こんな先生が沢山いると本当にいいなあと思った。
○専門2年、5月21日(月)晴。
 医師国家試験の発表があって、九大が100人中10人、熊大が120人中8人、鹿大が90人中15人、久留米大が85人中25人、長大が100人中5人落ちていた。東大も落ちている。鹿大だった頑張ればいいのだ。
○専門2年、5月28日(月)雨。
 誕生日だったが、薬理学の実習で夕方6時半までかかった。食用ガエル3匹とウサギを使ってしたが、どうしてもうまくいかなかった。教官が全くついていないのは、問題ではないのか?大学生だから、仕方ないのかなあ。
○専門2年、5月30日(水)晴。
 彼女が来た。今日は別に楽しい話はしなかった。純情の僕は、ドキドキしながらちょっぴり触れた。彼女は、逃げなかった。嬉しかった。僕の女性遍歴を話した。もう、その話をするのはやめよう。だって、過去は過去だから。寒かった。次は、6月10日に会うことにした。その次は、7月31日かな。幸せ一杯。


 「雑草」なる文集をクラスでしばしば作成していた。私はいつも、「合いのシリ一ズ」を書いていたが、その第3弾として、大数学者ガウスが未来の妻ヨハンナに送った恋文を載せ、それを彼女に見せた。

 愛のシリ一ズ第だ3弾

未来の妻ヨハンナに送ったガウスの恋文
・・・こんな重大な事を手紙で言うとは・・・とお叱りを受けるかも知れませんが、こうするより他に手だてがなかったのです。私の心は貴方のしとやかな天女のような清らかさに魅せられてしまい、ろうたけたお姿が眼底に焼き付けられてしまったのです。しかし、貴方はご自身の打ちがわからないのではないかと思われるほどに謙虚です。貴方は天が与えてくれたものを自覚しておられませんが、私には貴方の良さがよくわかっているのです。とても落ち着いてはいられないのです。長らく思い続けてきたのですが、この心をおくみとり下さるでしょうか。私が幸せになるのも不幸せになるのもひとえに貴方からのお返事にかかっております。私にはお金もなければ栄光もありません。しかし、貴方への愛に溢れている真心があります。この真心が本物かどうか、受け入れて頂く値打ちがあるかどうか、死ぬまで手に手をとって旅を続けてもよい男であるかどうかを試して頂きたいのです。心の願いを偽ることなく言葉も飾らないで申し上げました。言葉を飾ろうと思えば飾れたのです。貴方がどんなに魅力的であるかを描こうと思えばいともたやすくできるのですが、本当の事を申し上げてもお世辞を言っていると思われはしまいかと気遅れがするのです。真っ赤な色で私の慕情を描くこともできますが、私の願いを聞き届けて頂けるのだるか、だめなのだろうかと気をもんでいる間は何にも手がつきません。私の愛情は身勝手なものではありません。純粋なものです。これだけは信じて下さい。この問題は貴方の一生に関わりのあることです。これを愛以外のことを考慮に入れて判断するということをなさらないで下さい。それだからといって、ご身の幸福をいけにえにするようなことのないようによくお考え下さい。お幸せはご自身でおつかみ下さい。貴方を心から愛していることは言うまでもありませんが、私もまた愛されてこそ一緒になって幸せになれるのです。これで心に秘めていた思いをすっかり打ち明けました。今はご返事を首を長くして待っているだけです・・・。
コメント (1)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

4月雑感

2007-04-02 08:27:19 | Weblog
 30日、事務長さんと課長さんの送別会(定年退職)が、約80人で行われた。事務長さんは、31年間、課長さんは25年間も勤められていた。機能評価のこともあり(3月28日~3月30日までサーベイヤーが来て病院をチェック)、忙しくされていて、送別会が、何か、機能評価終了の打ち上げを兼ねての催しみたいな感じにも思え、多くの人がアルコ一ル漬けって感じになっていた。
 この数日間、交感神経ばかりが刺激されていて、皆の顔も引きつっていて、緊張の連続であったが、宴会場では、全く反対で、皆終始ニコニコしていて、副交感神経ばかりが刺激されている感じになっていた。
 篠笛で、(テ一プに入ったピアノと篠笛の演奏に合わせて篠笛の二重奏って感じで)「荒城の月」と「さくら」を打ち、和太鼓を10分足らず打った。まあまあだったかな。
 19時前から始まって22時過ぎまでもあり、自分は参加しなかったが、二次会で1時30分までも騒いでいたとか(その日は、私はその後、23時から二人患者さんを診察して、結構忙しかった)。
 昨年は、看護部長さんと医療秘書の人の送別会が同じ感じであった。共通するのは、皆に惜しまれて、定年で辞めていることだ。セーブする感じで、もう少し仕事をして欲しいのになあと言うのが、参加者の大半の意見であった。
 体の仕組みから、60歳(還暦)になれば、もう、あまり無理して働かない方がいいのかなあ。しかし、多くの人は、まだ社会に貢献できるはずなので、出来る範囲で無理をしない程度に細々と続け、それも、ボランティアの感じで楽しく仕事が出来ればいいなあと思う。
 自分の場合、60歳から具体的にしたいこと、沢山ある。その為の準備を今着実にしているつもりである。
 NHKの語学の新しいテキストが来た。ドイツ語、スペイン語、中国語、ロシア語、イタリア語、フランス語、ハングル語、英語(コロンビア大学での中級講座)、何故か、皆、同じ表紙の色。それに、アジア語楽紀行のマレ一シア語のテキスト(アラビア語は、昨年と同じ内容)。
 多国語好きの性格は、もう、重症だ。太鼓と同じで、まる10年間も続いている。語学の上達の方法は、どんないい教材、どんないい番組を見ても、現地での勉強には、劣る。周りに日本人がいなくて、そこの現地の言葉しか通じない状況に自分を強いておいてしまえば、誰でも、それなりに上手になれるし、それが一番確実にものになる方法と思っている。困らないと上達しない。恥をかくことをそれなりに楽しめれば、確実に自分のものになる。ちょとずつでも上達している自分を発見しながら現地で毎日過ごす楽しさは、それを経験した人しか理解できないことだろう。プライドの高い人は、無理かも知れないかな?短期間で上手になる為には、やはり、日本で、それなりに基礎的なことを勉強して行く必要がある。日本での方法で、お金があまり要らなくて確実に勉強できる方法、それは、NHK教育テレビの語学番組を利用することだろう。一番大切なこと、それは、やはり願望の持続、意欲の持続、つまり、継続力だと思う。
 昔、ヨ一ガを一生懸命にしていましたが、今は、していませんね・・・。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

くだらない話

2007-04-01 08:45:55 | Weblog
 3月31日に、民放で、芸能人12人を1年間特訓して、東大受験を試みての結果の発表の番組があった。結果は、全員不合格。それも、まだ一次の段階で。しかし、模試では、700点を超えていた人もいた。
 これを見て、ホッとした受験関係の人も多かったに違いない。受験と無関係の生活をしていた人が、わずか1年間で、大学に、それも最難関の東大に一次だけでも合格出来たとしたら、日本の多くの受験生がこんなに苦労するはずがない。1年間では、900点満点の700点近くまでになるのが精一杯なのであろう。見方を変えれば、全国一斉の共通試験が、1年間ぐらいでは、そんなに簡単に点が取れない様に作成されていることの証だと思う。国立を受ける場合は、すごい得意科目があっても、すごく苦手な科目があれば、いい成績は、望めない。それよりも、平均的にいいことが望まれるし、それなりに、受験の準備をしておかなくては、難しいのである。
 しかし、問題は、何故東大にこだわるのかと言うこと。それに、大学で具体的に何を学び、社会にそれどの様に還元しようとしているのかと言うことであろう。視聴率アップの為に、又、東大と言うステイタスを得んが為に、それをさせられているだけの話ではないのか。そうだとしたら、芸能人があまりにもかわいそうである。まあ、そのパフォ一マンスが目的であれば別だが。
 東大と言うプランドで、実質が伴わなくて生きること、これは本人にとっても社会にとっても、非常に悲しいことだと思う。東大生の学力が落ちていることが声高に言われれている。自分の頭で独創的に考え、自分なりに答えを出すのが、受験ではない。全く逆に、決まった答えを如何に早く正確に出すかで選ばれているだけに過ぎないのだ。しかし、世の中に出れば、答えのはっきりしないものの方が多い。問題も与えてくれないし、答えも、あるかどうかも分からない場合だってある(むしろ、いい仕事をしようと思えば、そちらの方が多いかも知れない)。
 人生は、長い。20歳前後でトップに立った後、その後落ちていくつらさ、学歴が思った程価値がないことを知って行くつらさ、受験で失ったものの大きさを知って行くつらさ、世間の多くの人は、そこまで分かろうとしないが・・・。
 万事塞翁が馬なのが、人生の醍醐味ではないのか。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

為になるかも知れない本(その56)

2007-04-01 07:20:03 | Weblog
○専門2年、3月9日(土)晴。
 近頃何となく嬉しい。余裕がある。そうだこの余裕があってこそ人生を満喫することが出来るし、本当の前進があるのだ。午後鹿児島市立病院に行った。1週間の内容を聞きに行くつもりが、直ぐに手術場に案内された。で、帝王切開を見た。外西先生(元鹿児島大学助教授)は、「今のドイツ流の講義中心の医学教育は、時代遅れ、臨床は、アメリカ式にベッドサイドティ一チングが中心にならないといけない・・・。」と今の教育のあり方の問題点を言いながら手術をしていた。あんな無駄話をしながら手術をしていて大丈夫かなあと心配していたら、「この手術、よく見ていてご覧」と言われた(後で考えると、先生の手術の腕は、ピカ一であった)。赤ちゃんが生まれると、「赤ちゃんは、かわいい坊ちゃんですよ。」と付き添いの人に言っていた。いい人が多い。
○専門2年、3月11日(月)晴。
 初めて患者さんに接して問診した。体で覚える、これが臨床では大切だと思った。とてもいい勉強になった。一日で大部分を吸収した感じになった。予習のお陰だ。午後からの蔵屋ドクタ一による新生児・未熟児との接触は、本当に楽しかった。子どもと接したい、俺の進む道は、やはり小児科かな。将来小児科一般をしっかりと勉強した上で、周産期医学を勉強したいなあ。どうかしてくれ(抹殺してくれの意味)と言う親や、遠くから毎日見に来ている食道閉鎖の子の親、そこには、人生の裏のいろんな姿がある。蔵屋ドクタ一(女性・研修2年目の終わり)は、手術がとても上手で、外西先生から絶賛されていた。外西先生が初めからみっちりと鍛えられた結果だろう。外西先生から手術してもらった子宮癌の患者さんが、退院して初めて外来に来て、外西先生に会えて涙を流して喜んでいる。患者さんにとっては、外西先生は、神様的存在だ。外西先生は、「ここで研修後の採用は、その人のキャラクタ一と能力を見て決める。医師は最低限の生活は保障されているので、それ以上は、望まなくていい。」と言われた。同感、僕は立派な医者になってみせる。人間の心を大切にする医者にならなければいけないと思った。
○専門2年、3月12日(火)晴。
 すっかり慣れた感じで、問診も上手になった感じだ(他の二人は英語で書いていたが、そこでのカルテがドイツ語で書かれていたので、自分はドイツ語で書いた)。医者の話す言葉はドイツ語で、臨床でのドイツ語の根強さを知った。俺には、人の心がよくわかる。恥ずかしい心、みじめな心、心細い心など。手術を3つも見た。やはり、手術は迫力がある。医師という仕事は素晴らしい、実に。人間と人間との心の触れ合いは、実に素晴らしい。
○専門2年、3月13日(水)晴。
 一日が過ぎた。充実している。まだ3日しか経っていないのに、1カ月も経った感じだ。今日の外西先生の話は、「いい医療をする為には、スタッフとそれなりのお金が必要」であった。難しい手術は、大きな病院でするべきだと思った。
○専門2年、3月14日(木)晴。
 お産を見た。自分が既に落ち着いていることが異常に思えた。慣れとは恐ろしいものだ。慣れれば何でもなくなるのだろなあ。初産の人で、あまり痛くなかったと言っていた。女の人って、本当にご苦労様。しかも、恥ずかしい思いをして。ここで学ぶべき事は多い。ドイツ語も上手になった。やはり基礎が大事だと思う。何事においても基礎が。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする