「痛み」ということに関して、「痛み」を表わす私的言語というものは存在するのだろうか。もし仮に存在するとして、ならば、一方で「痛み」を表わす公的言語が存在することになるのではなかろうか。そのとき、どちらがより一層現実的だと考えられるのだろう。どちらも現実的なのか。しかし両者は本当に通訳不可能な関係にあるのか、と疑ってみることはできる。そしてもし通訳不可能だとすれば、では一体、「痛み」を表わす私的言語を用いて実際に「痛い」と言っている人は、他人に対してどのように「痛い」ということを伝えることができるのか。「身ぶり手ぶり」で、なのか。
しかし「身ぶり手ぶり」もまた、公的な共用が達成されていなければ他人に対して何も伝えることができないのではないだろうか。したがって、私的言語というものは、公的言語の共有化あるいは公共的言語が達成されていて始めて、その分岐として、あるいは「他者の言語」として、両者の接触する地点で、接触を通じて、始めて解読されていくのではないだろうか。また、接触することが可能ならば、両者は共にただ単にそれぞれ別の様式の言語を持っているだけのことであって、たまたまどこかで両者は出会うことになったために、どちらともが理解不能状態に陥ったに過ぎないと考えるべきではないだろうか。だから、ただ単に私的言語が単独で存在するわけではまったくない。あるとしてもそれは両者がまだ出会っていない場合に限り、という条件付きでしかない。
私的である以上、それは他人によって必ずしも「痛み」として解釈されるわけではまったくなく、むしろ「痒み」「辛さ」「骨折」「罠」など様々に解釈されうる。そのような表現は無限の解釈可能性へと繋がってしまい、結局のところ、何が表示されているのかはなはだ理解できない事態をもたらしてしまうほかないだろう。実際はそうではなく、両者ともに同時に一つの共同体の言語(「身ぶり手ぶり」含む)を持っており、そしてその後に両者の属する共同体の言語は、両者が実践的に接触する地点で徐々に読解されていくと考えるべきだろう。
一方の言語圏に属する人々から見れば他方の言語圏に属する人々は「他者」に見える。そして「他者」は何か別の「私的言語」を話しているかのように映るということでなければならない、ということになる。したがって、私的言語は公的言語に先行するのではなく、逆に、公的言語が形成されてから事後的にその私的流用の可能性が生ずるということでなければならない。ところがしかし、「解読される」といっても、いったい何が、なのか。
「それに、『わたくしは《自分自身の》場合についてのみーーーなることを知っている』というのは、一般にどのような種類の命題であるべきなのか。経験命題なのか。ちがう。ーーー文法命題なのか。それゆえ、わたくしは想像する。誰しも自分固有の痛みについてのみ、痛みの何たるかを知っている、と自分自身について言うのだ、と。ーーー人々が実際にそう言っているとか、そう言おうとしているだけだとかいうのではない。が、《もし》皆がそう言ったとしたらーーーそれは一種の叫び声でありえよう。そして、たとえそれが報告としては何も述べていないとしても、それはなお一つの映像なのである。では、なぜわれわれはそのような映像を心に呼び起したがってはいけないのか。ことばの代りに画にかいた寓意的な映像を考えてみよ。哲学しながら自分自身の内部をのぞきこむとき、われわれはしばしばじかにそのような映像を見るようになる。型通りに、われわれの文法の映像的な叙述を。事実ではなくて、いわば図解された言いまわしを」(ウィトゲンシュタイン「哲学探究・二九五」『ウィトゲンシュタイン全集8・P.200~201』大修館書店)
「ことば」の代りに「寓意的な映像」を置き換えることができるとウィトゲンシュタインは述べる。するとそこには何が見えるか。「事実ではなくて、いわば図解された言いまわし」が見えるに違いない、と。そしてそれはまさしくその通りなのだ。人々は知らず知らずのうちに、自分自身の内部に構造化された規則・文法によって整えられた言語的システムを覚え込んでいる。それは深く、物の見方・考え方・感じ方さえも規定する無意識的領域にまで及んでいる。事実上、身体と分けて考えることができないほど混み入っている(脳神経回路は身体全域に触手を張り巡らせ外界と接しつつ外界を感じながら諸運動を通して常に外界と新陳代謝している)。諸々の事柄に熟達していることが条件となるわけだが、それはほとんど無意識的レベルで処理され得るため、学んでいるときにはそれら諸条件について考えなくても構わない。そうして無意識にほとんど依拠しつつそれらに熟達して始めてその言語のネイティヴとなることができる。あるいは、熟練によって、ネイティヴではなくともネイティヴに準ずる語法に通達することができる。
だから、「読解」されているのは任意の規則・文法を通したその共同体内の共通語なのであり、さらに共通語は様々な共同体に一つづつある。あるいは一つづつの言語様式がそれぞれの共同体を一つに統一している。すると様々な言語共同体が存在することになる。そしてその中の一つの単位が自国語だと言うことができる。ただそれらを自国語と呼ぶとき、被植民地時代が重なっていれば、自国語を喪失したにもかかわらず、かえって二重化された「母国語」を持つことになる。たとえばデリダがそうだ。そしてその意味でデリダ的人間は世界中に複数いることになる。
さらに、特定の地政学的条件によって、もし被植民地時代を持たない(原住民の多くを滅ぼした後のアメリカ合衆国のような)場合、単一言語が他の共同体と接触すればするほどより多くの他者の言語=外国語と流通=交通していくことができたし実際そうだ。ゆえに英語は共通語として大変使用価値が高い。とりわけ「ジェンダー」の脱落は実に滑りがよいようにおもう。世界文学という次元で見れば、もはや「英文学」ではなく「米文学」でもない。たとえばカズオ・イシグロの作品がそう呼ばれているような「英語文学」があるというべきだろう。だからといって英語が偉いとか偉くないとかいう話では全然ないのだが。
したがって、たった一人の私的言語というものはもともとない。たった一人の人間による何らかのわけのわからない「身ぶり手ぶり」という「振る舞い」があるばかりなのだ。しかも何らかの動作が何らかの「振る舞い」であるとしても、それが確かに何かを指し示す「振る舞い」だと他者の側に受け止められて始めて「振る舞い」としての意味が生じる。それを「言語」と呼ぶかどうかは別問題ではなく「身体による言語」として認められなくてはならないだろう。そしてともかく、意味が通じるや否やそこに一つの共同体が出現する。しかし「身ぶり」は、他者から見て「身ぶり」として受け止められない以上、それは何ものでもない。だが「身ぶり」によってしか伝達しようのない事柄があるのは事実だ。その意味ではより一層身体に信用を置くほうが賢明なこともあるに違いない。
また、ニーチェのいう「身ぶり」は、それが何らかの意味を差し示す動きとして直感されて始めて「身ぶり」として受容され得る。言葉より先に「身ぶり」があるとニーチェがいうのは、たった一人の人間がいる場合には成立しない。ニーチェのいう身体の強調は、最低でも二人以上、複数の人間がその場にいるということを前提している。そしてその場で「身ぶり」が言語として機能するのはすでに「言語としての身体」が、或る一定の範囲内で承認されている場合に限ってである。
さて、次の部分は以前に触れた。プルーストから引用したときだった。プルーストの小説に出てくるものは様々に変身=分身する。だが一方、女性に対する自己固有化、男性による女性の占有化=領土化さらには再領土化、などの男性中心主義もまた多様な形で出てくる。プルーストにおいて女性は「先験的に有罪である」と叫ばれているように「も」おもう。
「ある種の女性は何でも洗いざらい話すし、語るにあたって高度の技巧をこらす。にもかかわらず、話が終わった時点で、話が始まる前よりも多くのことがわかるわけではないのだ。彼女たちは迅速さと透明性によってすべてを隠したのである。女性には秘密がない。自身が一個の秘密と化したからだ。このような女性は私たちよりも政治的だろうか?イピゲネイア。《先験的に無罪である》ーーーこれが、男性によって声高に叫ばれる『先験的に有罪である』という審判にあらがいつつ、少女が求めていることなのだ」(ドゥルーズ&ガタリ「千のプラトー・中・P.271」河出文庫)
プルーストとは逆の方向。「《先験的に無罪である》」。このことを懸命に表象しようとしたのがヘンリー・ジェイムズではなかろうかとドゥルーズ&ガタリはいう。とはいえ、ヘンリー・ジェイムズの作風はいろいろある。最も有名なものはホラー物ではないだろうか。「ねじの回転」がそうだ。スティーヴン・キングが絶賛したことで有名になった。しかしドゥルーズ&ガタリが取り上げるのは「デイジー・ミラー」だ。言うまでもなく、どちらがよいとかわるいとかの問題ではない。ドゥルーズ&ガタリの場合は、ヘンリー・ジェイムズの作風が様々に変容していったことも同時に評価しているのだから。
「見たところ、ミス・デイジー・ミラーはきわめて無邪気な娘のようだ」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.24~25」新潮文庫)
「たしかにあの娘は、どちらかと言えば野蛮に近い女にちがいない」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.34」新潮文庫)
「『あの人は、全くの野育ちなんです』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.34」新潮文庫)
いったん一度に三箇所、拾ってみた。どれもヨーロッパにひょっこりやってきた「アメリカ娘」について、周囲の登場人物らが下した論評である。本当にいたのかと問われれば「いた」と答えるしかない。実をいうと、このような「アメリカ娘」の出現は一八六〇年代のヨーロッパではしばしば見かけられた現象らしい。七〇年代に入るとめっきり見かけられなくなったようだが。原因は特に断定できない。ただし、旧大陸(アジアの辺境にしてアジアの中心)と新大陸(北アメリカ)との文化の違い、という従来の定説だけでは理解できない要素がある。新旧文化の違いだけが原因なら、今なおそういう「アメリカ娘」がヨーロッパに少しは残っているか、もしくはその片鱗が系を成して集合しているに違いないからだ。なのになぜかその片鱗すら見かけることはできない。しかしそこにこそヘンリー・ジェイムズの求めたものを見ることができるのかも知れない。
デイジーはいう。
「『いったい何をそんなに真面目(まじめ)くさって考えてらっしゃるのーーーまるであたしをお葬(とむら)いに連れて行きそうな顔よ』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.55」新潮文庫)
ちなみにデイジー“daisy”は日本語で「雛菊(ひなぎく)」のこと。野草の一種。
「ミス・ミラーの話は、一向に一貫したところがなく、何か言いたいことがあると、かならず何か口実を見つけてはそれを口に出すのだった」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.57」新潮文庫)
そういう娘なのだ。
「『男の方があたしに命令なさったり、あたしのすることに一々干渉なさるの、あたし、許したことないんですのよ』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.79」新潮文庫)
というように自尊心も目一杯。ウィンターボーンはこう思う。
「大胆と無邪気とを一つにした、謎(なぞ)のような態度を持ちつづける」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.82」新潮文庫)
「謎(なぞ)のような態度」。ウィンターボーンには理解できない。理解できないのは理解しようとするからできないわけであって、それというのもデイジーはいつも高速で変身=分身しているからにほかならない。さらにウィンターボーンはヨーロッパ的知性という意味では「知への意志」を忘れたことのない人物であり、しかもまだ若い。にもかかわらず理解できないのではなく、ヨーロッパ的な知の枠組みの中にいる限り、ウィンターボーンがデイジーを理解することは永遠にできない。だからといって、アメリカ人には理解できるのかといえば決してそうとも限らない。事実、「デイジー・ミラー」発表当初、アメリカの娘を馬鹿にしているとして批判したのは他でもないアメリカ人読者だった。混み入った時代だ。
「『あたし、こんな四角ばったお話、聞いたことないわ。小母さま、いまあたしのすることがお転婆だとおっしゃるんでしたらーーーあたしは手のつけられないお転婆だというわけでしょう。ですから、あたしのことはあきらめていただくより他ありませんわ』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.86~87」新潮文庫)
「お転婆」。ここでふと樋口一葉の諸短編を想起することがあるかもしれない。しかし樋口一葉を想起したとしてもそれはあながち間違っていない、と思われる。むしろ妥当な想起かもしれないふしがある。
「この理屈にあわない笑顔は、彼女が本能的に相手の不作法を許さずにはいられない、やさしい心の持主である証拠と見られないこともないではないが、さりとて何一つ解決はしてくれない」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.89」新潮文庫)
「解決」しないのは問いのほうが間違っているからだろう。「笑顔」が「理屈にあわない」のは当時のヨーロッパ文化の枠組みの中での限界だけでなく、同時にアメリカ文化の限界をも示している。というのは、この小説の舞台はヨーロッパの中のアメリカ社会だからだ。そこにあってもなお「デイジー」を理解することはできないというわけだ。そんなことは放っておいて、デイジーは変容していく。
「その話しぶりには、例の大胆とあどけなさとがいつも妙な工合に入り交じっていた」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.101」新潮文庫)
「その無邪気とも見える無頓着(むとんちゃく)な様子とつきることがないらしい上機嫌(じょうきげん)のゆえに、この娘がなおのこと好ましいものに思えた。なぜと言われるとこまるが、彼女は嫉妬(しっと)を知らない女であるように、彼には考えられたのだ」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.102」新潮文庫)
「嫉妬を知らない女であるように」、とは女性にとっても男性にとっても大変な侮辱ではある。だがそうとしか見えない娘とは何なのか。
「そのふるまいは本当に『目にあまる』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.106」新潮文庫)
遂に出た「『目にあまる』」という形容詞。ローマにあるアメリカ人社会が発した言葉だ。しかし「目にあまる」とはどういうことを言うのか。キャッチできない。自己固有化不可能。領土化できないか領土化してもすぐに脱領土化してしまう、ということではないだろうか。少なくともドゥルーズ&ガタリはそう考えている。デイジーこそ脱領土化の線をぐんぐん引いていくばかりか、とうとう線そのものへ変身してもはや同じところへ回帰することのない少女なのだと。
「と言っても、何も彼女が理性を完全に失っていると信じたからではなく、これほど美しく、か弱い無邪気なものが、無秩序の種類に数え入れられ、卑しい地位を与えられるのを聞くのが辛(つら)かったからだ」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.106~107」新潮文庫)
小説ではデイジーのことを評して「美しい」という形容詞がさかんに出てくる。どう考えても描写に乏しい中で「美しい」という言葉ばかりが妙に目につく。おそらく姿形のことを言っているのではないのだ。ヘンリー・ミラーの言いたかったことがだんだんわかってくる。
「デイジーの反抗は、自分の潔白を意識するところから来るのか、それとも、彼女が本来向う見ずな娘であるためであろうかと、彼は自分に問うてみた。ウィンターボーンには、どこまでもデイジーの『潔白』を信じつづけることが、次第に現実離れした忠義立てであるように思えてきた」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.109~110」新潮文庫)
「反抗」という語彙はあまり気にする必要性を感じない。それより問題は「潔白」という意味だ。何が「潔白」なのか。デイジーが生まれついての「自然児」であることが、なのだろうか。もしそうであるなら、なるほど「潔白」であり、誰の所有物にも成り得ない。「先験的に無罪である」ということになる。宗教は女性に対していつも苛酷な言明を下してきた。先験的に有罪であると。だがヘンリー・ジェイムズはデイジーを、当時の宗教観に逆らって先験的無罪の場へ移動させたのだ。しかしデイジーは死ななければならない。このラストはあまりにも短絡的な気がする。けれども死をもって女性の先験的無罪を推しつらぬくことは、デイジーの運動が一つの線として変容していくためには必要な処理だったといえるかもしれない。この死は、個体としての身体の死としてはただ単に死体になることだが、それだけでなく線として逃走していく、デイジーは、すでに不定形の分身と化しつつーーー。
ところで「デイジー」は当時のヨーロッパのアメリカ人地区には「いた」と述べた。では今度出現するとすれば、いつどこでどのように、なのか。実は、いつもどこかで出現してはいる。ただ、それがそうだとは気が付かないーーーおそらく本人とその周辺にもーーーという状況なのだ。なにせ<此性>において、なのだから。
さて、いつまでもネット並びにマスコミと繋がれたままではかなわない。再び切断しよう。
「Connecticut<Connect(接続せよ)ーI(私は)ーcut(切る)>と、幼いジョーイは叫ぶ」(ドゥルーズ&ガタリ「アンチ・オイディプス・P.52」河出書房新社)
なお、「デイジー・ミラー」は一八七八年発表。日本でいう明治十一年。板垣退助ら「愛国者再興趣意書」発表。駒場農学校開校。サン・ステファノ条約締結。東京商法会議所設立。大久保利通暗殺。東京株式取引所設立。京都盲唖院開校。東京市ヶ谷陸軍士官学校開校。大阪株式取引所設立。ベルリン条約締結。竹橋騒動(近衛兵叛乱)。地方三新法公布。山県有朋陸軍卿「軍人訓誡」配布。川島忠之助訳「八十日間世界一周」発表。
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しかし「身ぶり手ぶり」もまた、公的な共用が達成されていなければ他人に対して何も伝えることができないのではないだろうか。したがって、私的言語というものは、公的言語の共有化あるいは公共的言語が達成されていて始めて、その分岐として、あるいは「他者の言語」として、両者の接触する地点で、接触を通じて、始めて解読されていくのではないだろうか。また、接触することが可能ならば、両者は共にただ単にそれぞれ別の様式の言語を持っているだけのことであって、たまたまどこかで両者は出会うことになったために、どちらともが理解不能状態に陥ったに過ぎないと考えるべきではないだろうか。だから、ただ単に私的言語が単独で存在するわけではまったくない。あるとしてもそれは両者がまだ出会っていない場合に限り、という条件付きでしかない。
私的である以上、それは他人によって必ずしも「痛み」として解釈されるわけではまったくなく、むしろ「痒み」「辛さ」「骨折」「罠」など様々に解釈されうる。そのような表現は無限の解釈可能性へと繋がってしまい、結局のところ、何が表示されているのかはなはだ理解できない事態をもたらしてしまうほかないだろう。実際はそうではなく、両者ともに同時に一つの共同体の言語(「身ぶり手ぶり」含む)を持っており、そしてその後に両者の属する共同体の言語は、両者が実践的に接触する地点で徐々に読解されていくと考えるべきだろう。
一方の言語圏に属する人々から見れば他方の言語圏に属する人々は「他者」に見える。そして「他者」は何か別の「私的言語」を話しているかのように映るということでなければならない、ということになる。したがって、私的言語は公的言語に先行するのではなく、逆に、公的言語が形成されてから事後的にその私的流用の可能性が生ずるということでなければならない。ところがしかし、「解読される」といっても、いったい何が、なのか。
「それに、『わたくしは《自分自身の》場合についてのみーーーなることを知っている』というのは、一般にどのような種類の命題であるべきなのか。経験命題なのか。ちがう。ーーー文法命題なのか。それゆえ、わたくしは想像する。誰しも自分固有の痛みについてのみ、痛みの何たるかを知っている、と自分自身について言うのだ、と。ーーー人々が実際にそう言っているとか、そう言おうとしているだけだとかいうのではない。が、《もし》皆がそう言ったとしたらーーーそれは一種の叫び声でありえよう。そして、たとえそれが報告としては何も述べていないとしても、それはなお一つの映像なのである。では、なぜわれわれはそのような映像を心に呼び起したがってはいけないのか。ことばの代りに画にかいた寓意的な映像を考えてみよ。哲学しながら自分自身の内部をのぞきこむとき、われわれはしばしばじかにそのような映像を見るようになる。型通りに、われわれの文法の映像的な叙述を。事実ではなくて、いわば図解された言いまわしを」(ウィトゲンシュタイン「哲学探究・二九五」『ウィトゲンシュタイン全集8・P.200~201』大修館書店)
「ことば」の代りに「寓意的な映像」を置き換えることができるとウィトゲンシュタインは述べる。するとそこには何が見えるか。「事実ではなくて、いわば図解された言いまわし」が見えるに違いない、と。そしてそれはまさしくその通りなのだ。人々は知らず知らずのうちに、自分自身の内部に構造化された規則・文法によって整えられた言語的システムを覚え込んでいる。それは深く、物の見方・考え方・感じ方さえも規定する無意識的領域にまで及んでいる。事実上、身体と分けて考えることができないほど混み入っている(脳神経回路は身体全域に触手を張り巡らせ外界と接しつつ外界を感じながら諸運動を通して常に外界と新陳代謝している)。諸々の事柄に熟達していることが条件となるわけだが、それはほとんど無意識的レベルで処理され得るため、学んでいるときにはそれら諸条件について考えなくても構わない。そうして無意識にほとんど依拠しつつそれらに熟達して始めてその言語のネイティヴとなることができる。あるいは、熟練によって、ネイティヴではなくともネイティヴに準ずる語法に通達することができる。
だから、「読解」されているのは任意の規則・文法を通したその共同体内の共通語なのであり、さらに共通語は様々な共同体に一つづつある。あるいは一つづつの言語様式がそれぞれの共同体を一つに統一している。すると様々な言語共同体が存在することになる。そしてその中の一つの単位が自国語だと言うことができる。ただそれらを自国語と呼ぶとき、被植民地時代が重なっていれば、自国語を喪失したにもかかわらず、かえって二重化された「母国語」を持つことになる。たとえばデリダがそうだ。そしてその意味でデリダ的人間は世界中に複数いることになる。
さらに、特定の地政学的条件によって、もし被植民地時代を持たない(原住民の多くを滅ぼした後のアメリカ合衆国のような)場合、単一言語が他の共同体と接触すればするほどより多くの他者の言語=外国語と流通=交通していくことができたし実際そうだ。ゆえに英語は共通語として大変使用価値が高い。とりわけ「ジェンダー」の脱落は実に滑りがよいようにおもう。世界文学という次元で見れば、もはや「英文学」ではなく「米文学」でもない。たとえばカズオ・イシグロの作品がそう呼ばれているような「英語文学」があるというべきだろう。だからといって英語が偉いとか偉くないとかいう話では全然ないのだが。
したがって、たった一人の私的言語というものはもともとない。たった一人の人間による何らかのわけのわからない「身ぶり手ぶり」という「振る舞い」があるばかりなのだ。しかも何らかの動作が何らかの「振る舞い」であるとしても、それが確かに何かを指し示す「振る舞い」だと他者の側に受け止められて始めて「振る舞い」としての意味が生じる。それを「言語」と呼ぶかどうかは別問題ではなく「身体による言語」として認められなくてはならないだろう。そしてともかく、意味が通じるや否やそこに一つの共同体が出現する。しかし「身ぶり」は、他者から見て「身ぶり」として受け止められない以上、それは何ものでもない。だが「身ぶり」によってしか伝達しようのない事柄があるのは事実だ。その意味ではより一層身体に信用を置くほうが賢明なこともあるに違いない。
また、ニーチェのいう「身ぶり」は、それが何らかの意味を差し示す動きとして直感されて始めて「身ぶり」として受容され得る。言葉より先に「身ぶり」があるとニーチェがいうのは、たった一人の人間がいる場合には成立しない。ニーチェのいう身体の強調は、最低でも二人以上、複数の人間がその場にいるということを前提している。そしてその場で「身ぶり」が言語として機能するのはすでに「言語としての身体」が、或る一定の範囲内で承認されている場合に限ってである。
さて、次の部分は以前に触れた。プルーストから引用したときだった。プルーストの小説に出てくるものは様々に変身=分身する。だが一方、女性に対する自己固有化、男性による女性の占有化=領土化さらには再領土化、などの男性中心主義もまた多様な形で出てくる。プルーストにおいて女性は「先験的に有罪である」と叫ばれているように「も」おもう。
「ある種の女性は何でも洗いざらい話すし、語るにあたって高度の技巧をこらす。にもかかわらず、話が終わった時点で、話が始まる前よりも多くのことがわかるわけではないのだ。彼女たちは迅速さと透明性によってすべてを隠したのである。女性には秘密がない。自身が一個の秘密と化したからだ。このような女性は私たちよりも政治的だろうか?イピゲネイア。《先験的に無罪である》ーーーこれが、男性によって声高に叫ばれる『先験的に有罪である』という審判にあらがいつつ、少女が求めていることなのだ」(ドゥルーズ&ガタリ「千のプラトー・中・P.271」河出文庫)
プルーストとは逆の方向。「《先験的に無罪である》」。このことを懸命に表象しようとしたのがヘンリー・ジェイムズではなかろうかとドゥルーズ&ガタリはいう。とはいえ、ヘンリー・ジェイムズの作風はいろいろある。最も有名なものはホラー物ではないだろうか。「ねじの回転」がそうだ。スティーヴン・キングが絶賛したことで有名になった。しかしドゥルーズ&ガタリが取り上げるのは「デイジー・ミラー」だ。言うまでもなく、どちらがよいとかわるいとかの問題ではない。ドゥルーズ&ガタリの場合は、ヘンリー・ジェイムズの作風が様々に変容していったことも同時に評価しているのだから。
「見たところ、ミス・デイジー・ミラーはきわめて無邪気な娘のようだ」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.24~25」新潮文庫)
「たしかにあの娘は、どちらかと言えば野蛮に近い女にちがいない」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.34」新潮文庫)
「『あの人は、全くの野育ちなんです』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.34」新潮文庫)
いったん一度に三箇所、拾ってみた。どれもヨーロッパにひょっこりやってきた「アメリカ娘」について、周囲の登場人物らが下した論評である。本当にいたのかと問われれば「いた」と答えるしかない。実をいうと、このような「アメリカ娘」の出現は一八六〇年代のヨーロッパではしばしば見かけられた現象らしい。七〇年代に入るとめっきり見かけられなくなったようだが。原因は特に断定できない。ただし、旧大陸(アジアの辺境にしてアジアの中心)と新大陸(北アメリカ)との文化の違い、という従来の定説だけでは理解できない要素がある。新旧文化の違いだけが原因なら、今なおそういう「アメリカ娘」がヨーロッパに少しは残っているか、もしくはその片鱗が系を成して集合しているに違いないからだ。なのになぜかその片鱗すら見かけることはできない。しかしそこにこそヘンリー・ジェイムズの求めたものを見ることができるのかも知れない。
デイジーはいう。
「『いったい何をそんなに真面目(まじめ)くさって考えてらっしゃるのーーーまるであたしをお葬(とむら)いに連れて行きそうな顔よ』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.55」新潮文庫)
ちなみにデイジー“daisy”は日本語で「雛菊(ひなぎく)」のこと。野草の一種。
「ミス・ミラーの話は、一向に一貫したところがなく、何か言いたいことがあると、かならず何か口実を見つけてはそれを口に出すのだった」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.57」新潮文庫)
そういう娘なのだ。
「『男の方があたしに命令なさったり、あたしのすることに一々干渉なさるの、あたし、許したことないんですのよ』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.79」新潮文庫)
というように自尊心も目一杯。ウィンターボーンはこう思う。
「大胆と無邪気とを一つにした、謎(なぞ)のような態度を持ちつづける」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.82」新潮文庫)
「謎(なぞ)のような態度」。ウィンターボーンには理解できない。理解できないのは理解しようとするからできないわけであって、それというのもデイジーはいつも高速で変身=分身しているからにほかならない。さらにウィンターボーンはヨーロッパ的知性という意味では「知への意志」を忘れたことのない人物であり、しかもまだ若い。にもかかわらず理解できないのではなく、ヨーロッパ的な知の枠組みの中にいる限り、ウィンターボーンがデイジーを理解することは永遠にできない。だからといって、アメリカ人には理解できるのかといえば決してそうとも限らない。事実、「デイジー・ミラー」発表当初、アメリカの娘を馬鹿にしているとして批判したのは他でもないアメリカ人読者だった。混み入った時代だ。
「『あたし、こんな四角ばったお話、聞いたことないわ。小母さま、いまあたしのすることがお転婆だとおっしゃるんでしたらーーーあたしは手のつけられないお転婆だというわけでしょう。ですから、あたしのことはあきらめていただくより他ありませんわ』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.86~87」新潮文庫)
「お転婆」。ここでふと樋口一葉の諸短編を想起することがあるかもしれない。しかし樋口一葉を想起したとしてもそれはあながち間違っていない、と思われる。むしろ妥当な想起かもしれないふしがある。
「この理屈にあわない笑顔は、彼女が本能的に相手の不作法を許さずにはいられない、やさしい心の持主である証拠と見られないこともないではないが、さりとて何一つ解決はしてくれない」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.89」新潮文庫)
「解決」しないのは問いのほうが間違っているからだろう。「笑顔」が「理屈にあわない」のは当時のヨーロッパ文化の枠組みの中での限界だけでなく、同時にアメリカ文化の限界をも示している。というのは、この小説の舞台はヨーロッパの中のアメリカ社会だからだ。そこにあってもなお「デイジー」を理解することはできないというわけだ。そんなことは放っておいて、デイジーは変容していく。
「その話しぶりには、例の大胆とあどけなさとがいつも妙な工合に入り交じっていた」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.101」新潮文庫)
「その無邪気とも見える無頓着(むとんちゃく)な様子とつきることがないらしい上機嫌(じょうきげん)のゆえに、この娘がなおのこと好ましいものに思えた。なぜと言われるとこまるが、彼女は嫉妬(しっと)を知らない女であるように、彼には考えられたのだ」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.102」新潮文庫)
「嫉妬を知らない女であるように」、とは女性にとっても男性にとっても大変な侮辱ではある。だがそうとしか見えない娘とは何なのか。
「そのふるまいは本当に『目にあまる』」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.106」新潮文庫)
遂に出た「『目にあまる』」という形容詞。ローマにあるアメリカ人社会が発した言葉だ。しかし「目にあまる」とはどういうことを言うのか。キャッチできない。自己固有化不可能。領土化できないか領土化してもすぐに脱領土化してしまう、ということではないだろうか。少なくともドゥルーズ&ガタリはそう考えている。デイジーこそ脱領土化の線をぐんぐん引いていくばかりか、とうとう線そのものへ変身してもはや同じところへ回帰することのない少女なのだと。
「と言っても、何も彼女が理性を完全に失っていると信じたからではなく、これほど美しく、か弱い無邪気なものが、無秩序の種類に数え入れられ、卑しい地位を与えられるのを聞くのが辛(つら)かったからだ」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.106~107」新潮文庫)
小説ではデイジーのことを評して「美しい」という形容詞がさかんに出てくる。どう考えても描写に乏しい中で「美しい」という言葉ばかりが妙に目につく。おそらく姿形のことを言っているのではないのだ。ヘンリー・ミラーの言いたかったことがだんだんわかってくる。
「デイジーの反抗は、自分の潔白を意識するところから来るのか、それとも、彼女が本来向う見ずな娘であるためであろうかと、彼は自分に問うてみた。ウィンターボーンには、どこまでもデイジーの『潔白』を信じつづけることが、次第に現実離れした忠義立てであるように思えてきた」(ヘンリー・ジェイムズ「デイジー・ミラー・P.109~110」新潮文庫)
「反抗」という語彙はあまり気にする必要性を感じない。それより問題は「潔白」という意味だ。何が「潔白」なのか。デイジーが生まれついての「自然児」であることが、なのだろうか。もしそうであるなら、なるほど「潔白」であり、誰の所有物にも成り得ない。「先験的に無罪である」ということになる。宗教は女性に対していつも苛酷な言明を下してきた。先験的に有罪であると。だがヘンリー・ジェイムズはデイジーを、当時の宗教観に逆らって先験的無罪の場へ移動させたのだ。しかしデイジーは死ななければならない。このラストはあまりにも短絡的な気がする。けれども死をもって女性の先験的無罪を推しつらぬくことは、デイジーの運動が一つの線として変容していくためには必要な処理だったといえるかもしれない。この死は、個体としての身体の死としてはただ単に死体になることだが、それだけでなく線として逃走していく、デイジーは、すでに不定形の分身と化しつつーーー。
ところで「デイジー」は当時のヨーロッパのアメリカ人地区には「いた」と述べた。では今度出現するとすれば、いつどこでどのように、なのか。実は、いつもどこかで出現してはいる。ただ、それがそうだとは気が付かないーーーおそらく本人とその周辺にもーーーという状況なのだ。なにせ<此性>において、なのだから。
さて、いつまでもネット並びにマスコミと繋がれたままではかなわない。再び切断しよう。
「Connecticut<Connect(接続せよ)ーI(私は)ーcut(切る)>と、幼いジョーイは叫ぶ」(ドゥルーズ&ガタリ「アンチ・オイディプス・P.52」河出書房新社)
なお、「デイジー・ミラー」は一八七八年発表。日本でいう明治十一年。板垣退助ら「愛国者再興趣意書」発表。駒場農学校開校。サン・ステファノ条約締結。東京商法会議所設立。大久保利通暗殺。東京株式取引所設立。京都盲唖院開校。東京市ヶ谷陸軍士官学校開校。大阪株式取引所設立。ベルリン条約締結。竹橋騒動(近衛兵叛乱)。地方三新法公布。山県有朋陸軍卿「軍人訓誡」配布。川島忠之助訳「八十日間世界一周」発表。
BGM