前に「テネシーワルツ」の話をしましたが、小学生から中学生時代にポピュラーのスタンダードミュージックに慣れていたのだと思う。
いや、家にプレーヤーが無かったし、父が突然ステレオを注文したのに驚いたくらいですから・・・
父は家では歌を歌わないどころか鼻歌も歌わないし、母も似たようなものだから家の中では歌を歌うのは多少憚られた。
例外は一番上の姉で、歌といえばスタンダード音楽、仕事の帰りに必ずダンスホールに寄ってくるくらいのダンス狂い。
勘ぐって考えれば、父が姉のことも考えてステレオを買ったのだろうか?
両者は表面的には気が合う父娘とは言えないけれど、深層心理ではどうだったのだろうか?
父がタンゴやルンバなどのラテン系音楽ののLPなどを買ってきて聞いていたのはかなり怪しい。
当時は何も感じなかったのだが、今になると・・・50年も前のことが不思議に思えるのです。
父はハイカラ好きというか、外国映画が好きで母と次女、三女の姉たちを連れて見に行きます(私は、どうせわからないしつまらないだろうと、いつも留守番役)。
ですから、当時の映画音楽などのレコードは家にあったのですが、タンゴなどを父が好きだったのか、それとも長女に聞かせるためだったのか・・・
私といえば、そのステレオのスピーカーを利用してギターのアンプ代りに利用したり、ハワイアンギターを買ってきて遊んでいました。
そういう経験があったせいか、高校時代には悪友に誘われて、田舎町の場末の小さなジャズ喫茶の準常連になっていました(あまり関係がなくて、私が単なる”不良っつぽい高校生だっただけかもしれませんが)。
学校帰りに家とは反対方向のその喫茶店に行って、制服を脱いで薄暗い席でコーヒーを飲む・・・ジャズが分かっているということではなくてそういう雰囲気に浸っていたかった、マア一種の「粋がり」です。
それほど多くない小遣いでのやりくりですから・・・パチンコをやって必ず勝つことが前提ですから、暴力や窃盗などはしませんが誉められないことも日常的にやっていたわけです。
そう、ビリヤードとかもこの頃覚えて、ボーリングもまだ日本では流行が始まったばかりの頃でした。
悪いことは必ずバレルものです・・・尤も同級生たちは知っていたでしょう。
高校時代の同級生が大学を出て地元に帰って、兄の勤める会社に入社し、兄の部下になった・・・二人も。
彼らが兄に言ったという「彼には勉強でもかなわなかったけれど、他のことでも・・・」
兄は渋い顔をして私に言ったものですが、私としては「勉強でも」を強調したいのですが、兄は「他のことでも」の方に拘って「俺は恥ずかしかった・・・」。
そして高校時代のジャズ喫茶仲間が田舎で医院の後を継いで・・・私の姉の婿さんが仕事で出入りしていたのだそうです。
ひょんなことからお得意さんの級友が自分の義理の弟とわかったらしい。
だから義理の兄からは「たまに田舎に帰ったら友達のところへ顔を出せ」といわれたのだが・・・
「昔のことを知っている人と今更会いたいとも思わない」というか・・・
「碁を打ちに行くならいいけれど、昔話をしに行く年でもないでしょう」という感じです。
同窓会だって毎年のように連絡はあるけれど出席したことはない。
故郷が嫌いではないし、その場所、その時代が懐かしい気持ちが無いわけではないけれど、みんなで懐かしがるのは少し気持ちが悪い気もするし、どうせ「お前は結構悪だったよなァ」と少なくとも1回目は肴にされるだろうし。
ある時もっと大きな理由に気がつきました。
髭を剃る時、顔を洗う時に否応なく鏡を見るのですが「鏡の中にジイサマが映っている!」ことに気がついた。
仕事をしていれば若い人たちも「同僚」だし、囲碁では同好の士ですから自分の年齢をあまり意識しない。
ところが鏡の中には、ジイサマの自分が正体を現している・・・これは変えようのない事実だし、後戻りは出来ない姿で、それを見るのが嫌で嫌で。
田舎に帰ると、もしかしたらそういう種類の顔に出会うかも知れないが、同窓会ともなればそういう顔に会いに行くという事だから・・・毎朝自分の顔を見るのも好きではないのに、そういう顔の集団を見に行くなんてぞっとします。
それでも、もしも「卒業生囲碁大会」だったら参加するかもしれない
同窓会を前面に出さず「囲碁・将棋大会」なんていうものがあったら、「健康麻雀大会」「ボーリング大会」の形で会があって、その後簡単な打ち上げ会という形なら乗せられてしまいそう。
「あいつも囲碁を打つのか」なんてい事だと釣られてしまうに違いない。
いや、家にプレーヤーが無かったし、父が突然ステレオを注文したのに驚いたくらいですから・・・
父は家では歌を歌わないどころか鼻歌も歌わないし、母も似たようなものだから家の中では歌を歌うのは多少憚られた。
例外は一番上の姉で、歌といえばスタンダード音楽、仕事の帰りに必ずダンスホールに寄ってくるくらいのダンス狂い。
勘ぐって考えれば、父が姉のことも考えてステレオを買ったのだろうか?
両者は表面的には気が合う父娘とは言えないけれど、深層心理ではどうだったのだろうか?
父がタンゴやルンバなどのラテン系音楽ののLPなどを買ってきて聞いていたのはかなり怪しい。
当時は何も感じなかったのだが、今になると・・・50年も前のことが不思議に思えるのです。
父はハイカラ好きというか、外国映画が好きで母と次女、三女の姉たちを連れて見に行きます(私は、どうせわからないしつまらないだろうと、いつも留守番役)。
ですから、当時の映画音楽などのレコードは家にあったのですが、タンゴなどを父が好きだったのか、それとも長女に聞かせるためだったのか・・・
私といえば、そのステレオのスピーカーを利用してギターのアンプ代りに利用したり、ハワイアンギターを買ってきて遊んでいました。
そういう経験があったせいか、高校時代には悪友に誘われて、田舎町の場末の小さなジャズ喫茶の準常連になっていました(あまり関係がなくて、私が単なる”不良っつぽい高校生だっただけかもしれませんが)。
学校帰りに家とは反対方向のその喫茶店に行って、制服を脱いで薄暗い席でコーヒーを飲む・・・ジャズが分かっているということではなくてそういう雰囲気に浸っていたかった、マア一種の「粋がり」です。
それほど多くない小遣いでのやりくりですから・・・パチンコをやって必ず勝つことが前提ですから、暴力や窃盗などはしませんが誉められないことも日常的にやっていたわけです。
そう、ビリヤードとかもこの頃覚えて、ボーリングもまだ日本では流行が始まったばかりの頃でした。
悪いことは必ずバレルものです・・・尤も同級生たちは知っていたでしょう。
高校時代の同級生が大学を出て地元に帰って、兄の勤める会社に入社し、兄の部下になった・・・二人も。
彼らが兄に言ったという「彼には勉強でもかなわなかったけれど、他のことでも・・・」
兄は渋い顔をして私に言ったものですが、私としては「勉強でも」を強調したいのですが、兄は「他のことでも」の方に拘って「俺は恥ずかしかった・・・」。
そして高校時代のジャズ喫茶仲間が田舎で医院の後を継いで・・・私の姉の婿さんが仕事で出入りしていたのだそうです。
ひょんなことからお得意さんの級友が自分の義理の弟とわかったらしい。
だから義理の兄からは「たまに田舎に帰ったら友達のところへ顔を出せ」といわれたのだが・・・
「昔のことを知っている人と今更会いたいとも思わない」というか・・・
「碁を打ちに行くならいいけれど、昔話をしに行く年でもないでしょう」という感じです。
同窓会だって毎年のように連絡はあるけれど出席したことはない。
故郷が嫌いではないし、その場所、その時代が懐かしい気持ちが無いわけではないけれど、みんなで懐かしがるのは少し気持ちが悪い気もするし、どうせ「お前は結構悪だったよなァ」と少なくとも1回目は肴にされるだろうし。
ある時もっと大きな理由に気がつきました。
髭を剃る時、顔を洗う時に否応なく鏡を見るのですが「鏡の中にジイサマが映っている!」ことに気がついた。
仕事をしていれば若い人たちも「同僚」だし、囲碁では同好の士ですから自分の年齢をあまり意識しない。
ところが鏡の中には、ジイサマの自分が正体を現している・・・これは変えようのない事実だし、後戻りは出来ない姿で、それを見るのが嫌で嫌で。
田舎に帰ると、もしかしたらそういう種類の顔に出会うかも知れないが、同窓会ともなればそういう顔に会いに行くという事だから・・・毎朝自分の顔を見るのも好きではないのに、そういう顔の集団を見に行くなんてぞっとします。
それでも、もしも「卒業生囲碁大会」だったら参加するかもしれない
同窓会を前面に出さず「囲碁・将棋大会」なんていうものがあったら、「健康麻雀大会」「ボーリング大会」の形で会があって、その後簡単な打ち上げ会という形なら乗せられてしまいそう。
「あいつも囲碁を打つのか」なんてい事だと釣られてしまうに違いない。