なんとなく囲碁夜話

私は囲碁が好きだ。初めはなんとなく、ニアミスを繰り返し、深みに嵌ってしまった。

黄昏の時間

2008-10-31 17:49:47 | Weblog
 最近は日暮が早くやってきます・・・これもアメリカ経済の影響?・・・そんなことはないけれど、ともかく仕事から帰る時間には日はとっぷりと暮れているた。
 「秋の日はつるべ落とし」なんてうまい表現だなァと感心しますが、「つるべ」を知らない人には「鶴瓶」とどういう関係があるのかむしろ混乱するかも。
  生活・仕事は時間と言うものに縛られています・・・いや縛られるというのは表現が適切でないでしょうが、制約を受けているといったところか。
  ともかく時間を気にしながら生活しているわけで、腕時計を持たない私などは事務所の壁に掛った時計をチラチラ見ながら暮らしている・・・3箇所に掛っているのだがみな少しずつ針がずれているのだから厄介。
 尤もお昼時間に気がついたのだけれど、このズレを利用することも可能なんですね。
 例えば、3個の時計のうち1個でも12時を回ったならば、お弁当置き場に向かっても良いのだから・・・実際の時間と多少違っていても公式発表12時の時計が存在するのですから堂々と昼食行動をとれる。
 マア、私などは気が小さいですから、時計の癖を知っているし、パソコンの標準時間、電話機に表示された時刻、自分の携帯の表示する時刻などをつい見てしまいます。

 さて夕方の話
  季節が夏ならば、7時過ぎでも明るさが残っているから、こういう季節は帰りにどこかに寄ろうかなと言う気分になります。
 どこかと言っても、どこの古本屋にしようかとか園芸用品店で植物でも見ていこうか程度ですが。
 ところがほんのひと月前と夕方の景色が全く変わりました。
  暮色というか黄昏・・・いや古典で言う「誰そ彼」ですね。
   自転車も点灯しないと危険な感じです。
  そういう季節感があるので、夕刻近い仕事は何となく気持ちに集中力が書く時があるらしい・・・言い訳かもしれませんが。
 夕方は集中力を欠いていたらしく重要な情報をパソコンに入力して「登録」「終了」とすべきを隣のボタン「削除」「終了」にしてしまいました。
 しかも「本当に削除しても良いですか?」と聞かれているのに、いつもの指の癖で「OK」ボタンを押してしまい・・・押した瞬間に大変なことをしてしまったことに気がついたような情けない話です。
  通常ですと削除しても「回復機能」があるのですがどうしても回復出来なくて、しかも明日にはこのデータを使用する予定なので、再入力をしなくてはいけませんでした。
 所要時間は30分程度ですが、この間に窓の外は容赦なく暗くなっていきます。
  せっかく発番した番号を取り直したり、削ってしまった番号を欠番としたり、きれいな厚手の紙に印刷した証明書を作り直したり・・・みんな自分の責任なので誰にも文句は言えないし、付き合わせてしまった同僚には申し訳ないし。

 季節がもう少し進んで冬ともなればこの夕方の暗さは当たり前になるのでしょうから暗くて当たり前みたいな開き直り気分になるのですが、今はきっと頭に夏から秋口の夕方の暮残りが記憶に残っているのでしょう。
 寂しいような、帰りを急ぎたくなるような、せかされた気分で家に帰る。
  時計を見れば夏だって冬だって同じ時刻を指しているのですが・・・
 その日の帰宅遅れは特別。
  本来ならゴキブリみたいに狭くて薄くらいところは嫌いではないのですが、気持ちが疲れたのか、ネットでも観戦のみで、どうも実戦の意欲が湧いてきません。
 マア、誰にでもそんな日はあるでしょうね。