友人の村上泉さんからのメールを転載します。
「八紘一宇の塔を考える会」機関誌から「古関裕而と『軍歌』―時代が育てた作曲家」
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長谷川様古関裕而は福島商業を卒業後、福島県川俣町の川俣銀行に昭和3年就職し、翌4年に東京に行き、山田耕作に師事し、作曲家として羽ばたきました。川俣町は私の母の実家で、10歳年下の母は古関裕而と交流がありました。母の小学生 . . . 本文を読む
自分史・新宿区役所通り
八十歳を超え結婚50年記念を迎え自分史をBlogで作成することにした。