齋藤元彦の兵庫県知事電撃再選。その裏で、「広告全般を任せていただいた」という兵庫県西宮市の広告会社「merchu」の折田楓社長が発信した「note」の内容が「公選法違反ではないか」という声が挙がっている。最悪、同法上の買収が立件されれば齋藤知事は失職し、再出馬もできないことになる。ニュースサイト『やや日刊カルト新聞』主筆でもあるジャーナリスト・作家の鈴木エイト氏が、くわしく問題を解説するーー。
「note」投稿記事に公選法違反の痕跡
兵庫県知事選挙の余波が収まりそうにない。再選を果たした斎藤元彦知事と斎藤氏の選挙にかかわったPR会社代表者に公職選挙法違反の疑惑が浮上しているからだ。これほど目まぐるしく状況が変わるトピックも珍しい。既に様々な報道が出ているが12月1日時点での論考を記しておきたい。
事の発端は11月20日、メディアプラットフォーム「note」に、ある記事がUPされたことだった。
『兵庫県知事選挙における戦略的広報:「#さいとう元知事がんばれ」を「#さいとう元彦知事がんばれ」に』とのタイトルで記事を投稿したのは、西宮市にある株式会社merchu(メルチュ)の折田楓代表。merchuは各種PR活動、特にSNSを使った広報を主な業務としている会社だ。当該記事には、SNS戦略に特化したPR会社が仕事として斎藤氏の選挙運動にかかわったと読み取れる内容が記載されていたことから、公職選挙法違反ではないかとの指摘がネット上で相次いだ。
主な修正箇所は以下だ。
・『斎藤陣営で広報全般を任せていただいた』→『今回広報全般を任せていただいた』
・『兵庫県庁での複数の会議に広報PRの有識者として出席しているため、元々斎藤さんとは面識がありました』が削除
・『merchuオフィスで「#さいとう元知事がんばれ」大作戦を提案中』→『オフィスで「#さいとう元知事がんばれ」大作戦を説明中』
・『SNS運用フェーズ 種まき 育成 収穫』などと書かれた資料が削除
・『ご本人も気に入っていました!』が削除
・『ご本人から、「1番最初に政策発表記者会見ができて良かった」という言葉を頂き、』が削除
早期の火消しに走る斎藤氏陣営
斎藤氏とmerchuの間に「業務の依頼とサービスの提供」という継続的なやり取りがあったことが伺える箇所が軒並み削除されている。merchuの折田氏が兵庫県知事選におけるSNS戦略を斎藤氏に提案し、斎藤氏がその提案を受けいれて業務としての活動を行ったと読み取れる記述がなくなっているのだ。そのほか、折田氏が兵庫県と取引のある業者であったことを示す記述も削除された。元の投稿内容からは両者の実際の関係性が推し量られる。
公選法では買収及び利害誘導罪として当選目的で選挙運動者に対して金銭等の供与をすることや、供与の約束をすることを禁じており、運動員が交付つまり報酬を受け取ることも禁じている。総務省が出している見解でも、インターネットにおける選挙運動で業者が主体的に企画立案を行う場合の報酬支払いは公選法違反(買収)に該当するおそれがあるとしている。
一方の斎藤氏側は早期の火消しに走る。一連の疑惑に対し11月27日、神戸市内において斎藤氏本人と代理人弁護士がそれぞれ時間差で会見を開いたのだ。斎藤氏と代理人はSNSを利用した広報戦略としてのmerchuへの報酬支払いを否定、ポスター制作費などで約70万円を支払っただけであり公選法への抵触はなかったと説明。
「折田氏はボランティアである」merchuとの説明に食い違い
その上で告示後の折田氏の選挙運動へのかかわりを「個人的なボランティアだと認識している」としたことを明かし、SNSの運用についても「基本的に斎藤と陣営で主体的にやってきた」と説明した。だが、折田氏が選挙カーの上から生配信していた携帯端末がmerchuのものであることや、斎藤氏本人のSNSアカウントを折田氏が管理していたのではないかど様々な指摘がなされている。
merchuによるメインの業務はSNS戦略であり、その他のスライド作成などは副次的なサービスだったと見るのが自然だ。SNSをつかった広報戦略を主な業務とするmerchuがポスター製作などだけを有償で請け負い、SNSを使った選挙戦略のみ無償のボランティアで行ったということの方が不自然である。
SNS戦略の表は「折田氏とmerchu」、裏では「チームさいとう公式LINE」が暗躍
重要なのは折田氏が「note」に書いた締めくくりの記述である。この記述は修正されず、現在もそのまま残っている。
「特定の団体・個人やものを支援する意図もなく、株式会社merchuの社長として社会に貢献できるよう日々全力で走り続けたいと思っています」
特定の個人、つまり斎藤元彦氏を支援する意図はなかったと書いているのだ。彼女がボランティアであるとの斎藤氏側の主張は破綻している。
同じように折田氏の投稿において修正されていない箇所に不可解な部分がある。折田氏は4つのSNSのアカウント「X本人アカウント、X公式応援アカウント、Instagram本人アカウント、YouTube」について、「私のキャパシティとしても期間中全神経を研ぎ澄ましながら管理・監修できるアカウント数はこの4つが限界でした」と「note」に記している。LINEについては「管理・監修できるアカウント」として記述していない。
だが、斎藤陣営が最大限活用していたのが「チームさいとう公式LINE」だった。この公式LINEには斎藤氏の選挙運動を実際に行う人物の他、県外の人物が複数関わっていたという。LINE内にはオープンチャットが複数設置され、動画作成に熟練した上級者が初心者に動画作成を指導、作成された動画がTikTok、Instagram、YouTubeなどを通じて拡散された。斎藤氏の演説場所への動員のほか、百条委員会の奥谷委員長の自宅事務所前での立花氏による演説の情報も投稿されていた。
単に斎藤氏を応援しようという投稿の他、多くのデマ情報が「チームさいとう公式LINE」がハブとなりYouTubeやInstagram、X(旧Twitter)、TikTokなどへ拡散されていったという流れだ。
「チームさいとう公式LINE」を経由し、Xには一人で数万件のデマ情報を拡散するアカウントが存在していたが、投票日前日にアカウントごと消されている。このようなアカウントが複数あった。LINEのオープンチャットも投開票日前日の23時半以降、順次閉鎖されており、「チームさいとう公式LINE」から途中で「公式」の文言が外れ「チームさいとうLINE」に変化した。
選挙の実務者不在と「公選法への無知」が呼んだ騒動か
斎藤氏、折田氏、どちらも選挙実務の素人である。斎藤氏は前回の3年前の県知事選の選挙運動は維新や自民党の後ろ盾で展開しており、実質的には斎藤元彦個人としては初の選挙戦ということになった。そのため何が公選法違反になるかということを把握できておらず、陣営にも選挙実務者がいなかったと思われる。
9月29日にmerchuで「提案」を受けた後、翌9月30日に斎藤氏は須磨駅前において「たった一人」で駅頭活動を始めたというストーリーが始まる。
これは現在、報じられているような「両者の認識の食い違い」などではなく斎藤氏、折田氏、両者ともに公選法における違法行為への認識の誤りが共通していた、両者の認識は一致していたというのが実際のところだろう。
そうなると今後、折田氏側がどのような動きに出てくるかがポイントとなる。当初は「note」の修正箇所から見て、クライアントである斎藤氏を守り自身の公選法への抵触の痕跡を消すことが目的だったと思われる。会見における斎藤氏側の後付けと思われる「説明」に沿って斎藤氏とmerchuの契約内容が公選法で認められた範囲内であり、自身の選挙運動期間中の行動をボランティアとして「処理」してしまうのか。然るべき場へ出てきて会見を開くなどして、事実がどうだったのか、正直に話すことでしかmerchuのダメージを最小限に抑えることはできないのではないか。
まずは無知ゆえの法律違反だったことを素直に陳謝すべきである。選挙運動期間中、折田氏が選挙カーの上から斎藤氏の演説を配信している様子が捉えられているが、折田氏は腕章をしていない。腕章なしで選挙カーへ乗ること自体が公選法に抵触する行為である。公選法への基礎的な知識もなく選挙運動を有償で請け負ってしまったことが折田氏側の責であり、そのような選挙においては素人が経営する会社へSNSを含む戦略を依頼した斎藤氏側の落ち度である。
大衆扇動の社会実験だった可能性
merchu問題の陰に隠れているが、さらにもうひとつ最も重要な視点を提示したい。今回の兵庫県知事選が一種の社会実験だったのではないかという側面だ。今回の混乱は、様々な意図を持った人がかかわり、そこに収益目的のアカウントが多数入ってきたことにより異常な拡散状態となった。適切なタイミングで「養分」を効果的に与えることにより、大衆をひとつの方向へ容易に向けてしまうことができる。そんなことを見ていた第三者がいた可能性を考えると空恐ろしくなる。
また、そういった第三者の存在の有無を別にしても、これほど簡単に誘導される、意図的なデマに扇動されてしまう国民が一定数存在し、民主主義の根幹である選挙結果にも影響を与えてしまうということが諸外国に向けて発信されたことになる。そういう意味では国防上の問題も露呈したことになる。
ではどうすればそうした勢力の影響を軽減できるのか。SNS上のデマ規制は現実には困難である。まずできることとして、公選法を厳密に適用し悪質なデマが拡散しないよう収益アカウントへ網を掛けることが最低限必要なことだと思っている。そのほかにも選挙における公正性を保ち、民意が正確に反映されるという民主主義の実現のために何が必要なのか、今回の騒動をきっかけに議論が進むことを期待したい。
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(了)