★今日もジョグ&ウォークに出たのである。自宅からスニーカーを履き、寒くない格好をして・・・。
ことが起きたのはそれからほどなくしてなのだ。帰れなくなったのである。いつもと違う道を採ろうと、そしていつもより頑張ろうと、うんと遠距離のコースにしたのだが、あると思った道はなく、ぐるっと歩くうちに知っている道に繋がるだろうと思ったのが繋がらなく、ぐるっと回って帰れなくなったのである。ぐるっと丸の字の半分くらいですでに10キロ以上ジョグ&ウォークの二足歩行をしていることに気付いたときにはもう辺りは暗くなりかけ、肉体は疲労の限界に達していた。自宅近場で気楽な格好の男なぜか遭難、などと新聞にでも載ると困る。自宅へ着くまで二足歩行で頑張ろうと出発したのである。丸の字完遂といきたかった。
丸の字の半分くらいのところでバスに乗った。おまけにそのバスの終点から電車にも乗って3時間ほどもかかって帰ってきたのである。チッキショ~。今度、巨大丸の字を行くときは、地図を見てよく計画を立て、地図をプリントアウトなどもし、それからにしよう・・・。
★ネイルアートというものについて。これは、驚き!というヤツである。タイという国の話になる。ところで話は逸れるが、タイの洪水はその後どうなったか・・・。やはりマスコミは話題性が無くなると直ぐに水が引くように報道しなくなる。引いてほしいのは洪水の方なのである。マスコミは経済への影響という側面だけからその後、若干扱ってはいた。
もう30年くらい前になるがタイに滞在していたことがある。旅の途中でぶらぶらとチャイナタウンなどを歩き回っていた。宿泊している安宿の近辺でいろいろな知り合いができたのだが、その中に若い女がいた。自分も若かったが、それより少し年下だったと思う。彼女とはどうやって会話したか、英語を使ったのかどうかすらも覚えていない。そして、これが既にその時ネイルアートというものの原型をやっていたのである。タイは年中暑い国なので、サンダルを履いていることが多い。若い女もサンダル履きで薄着をしている。ホットパンツから伸びた脚のその先の爪には今でいうネイルアートが施されていたのである。今の日本での流行のように綺麗に洗練された形ではない。自分で好きなように適当に彩色していた。その原色を使った手描き感あふれる模様に、oh!!と思ったものだ。何だそれはと訊いたようにも思うが良く覚えていない。何年か前に日本でそのときのことを思い出して、知り合いか誰かに話したことがある。その直後である。ガングロ、プリクラあたりから始まったあの一連の「デコレーションてんこ盛り」の流行の中でネイルアートが突如、流行り出したのは・・・。ガングロは消えてしまったが、ネイルアートの方はそれらの流行から切り離され独立した形であっという間に定着してしまった。今はその模様も精緻、精密なものも多い。自分が誰かに言ったというように流行り出した、その流行り方に全く驚いたものだ。
dancing green ,not q・・・