思わずチケットが手に入り、都響の定期に出掛けた。
アラン・ギルバートの指揮に接するのはこれで2回目。
はじめて聴いたのは、昨年、聖トーマス教会での「マタイ受難曲」公演のために出掛けたライプツィヒに於けるゲヴァントハウス管の定期演奏会である。
ところが、あの夜のことは、あまり記憶に残っていない。
お目当てのシベリウス「7番」が外されていたということばかりを憶えていて、ほかの演目すら憶えていないのだ。
そこで、拙ブログの古い記事を辿ってみたところ、ようやく蘇ってきた。
デュティユー「メタボール」にはじまり、シューマンのピアノ協奏曲(独奏:アンスネス)と交響曲第1番のつづくプログラムであったことが。
http://blog.goo.ne.jp/akicicci/e/752f09a8609673608c3f0c905ee1a1bd
ここで書いたように、ギルバートの印象はとりわけ悪いものではないが、際だって良いわけでもないというものであった。
今宵、都響定期に出掛けたわけは、その後の評判を耳にして、もう一度確かめたいと思っていたことと、さらには、会場が東京オペラシティ コンサートホール"タケミツ・メモリアル"であるということ。
11月16日(木)のモーツァルト「レクイエム」公演を前に、ホールへのご挨拶をしておきたかったのだ。
プログラムの前半は、ラヴェル「マ・メール・ロワ」。
今回、1階席前方で仰ぎ見るギルバートは巨軀であり、大きな存在感がある。
棒はハッキリしているが、ものすごく繊細というわけでもない。
無骨さを全面に押し出すでもなく、不器用なのに器用な指揮を試みているように、我が目には映った。
アンサンブルはきっちりしているし、形としては立派なのだけれど、何か物足りない。
それは、ズバリ色彩と香りであろう。
さりげないピツィカートひとつが匂い立つような、そんな魅惑の場面は一度もなく、墨絵のようなモノトーンのサウンドがつづく。
どこまでが、指揮者の責任なのか、オーケストラの資質のせいなのかは判然としないけれど、そんなわけで、心から愉しむには至らなかった。
後半は、ジョン・アダムズ:「シェヘラザード.2」 ─ヴァイオリンと管弦楽のための劇的交響曲(2014)(日本初演)【ジョン・アダムズ70歳記念】である。
プログラムによれば、『千一夜物語』のシェヘラザードに触発され、現代において過酷な環境を生き抜く女性の姿を描き出そうとする、社会派のアダムズらしい、全4楽章約50分の野心作」とのこと。
ただ、残念なことに、この作品は(或いは演奏は)、少なくとも今宵、わが心の琴線をいっさい震わせることはなかった。
超絶技巧のヴァイオリン独奏ともども凄絶な音響のはずなのに、悉くがわが魂を素通りしていった。
この感覚は、ある種のハリウッド映画を観たときの虚しさにもにているかも知れない。
もちろん、世の中にはわたしに理解できない類の名曲も存在するわけで、だから悪いとは言えない。
聴衆の反応も良かったし、良い批評を書いている方もいらっしゃる。
たまたま我が魂のコンディションが悪かったのかも知れないし、別の座席で聴けばもっと感じるものがあったのかも知れぬ。
ただ、もう一度聴きたいか? と問われれば、否というのが今の正直な気持ちだ。
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第829回 定期演奏会Bシリーズ
(東京オペラシティ コンサートホール)
日時:2017年4月18日(火)19:00開演(18:20開場)
- 場所:東京オペラシティ コンサートホール
ヴァイオリン/リーラ・ジョセフォウィッツ
プログラム
ラヴェル:バレエ音楽《マ・メール・ロワ》
ジョン・アダムズ:シェヘラザード.2 ─ヴァイオリンと管弦楽のための
劇的交響曲(2014)(日本初演)【ジョン・アダムズ70歳記念】