明鏡   

鏡のごとく

どこにでもない路地裏にて

2011-02-09 22:09:25 | 小説
駐輪場に老人が二人立っていた。

黒い眼鏡をかけ、黒い山高帽を被った老人が、青い制服を着て黄色と黒のよこしまな腕章を右腕につけた白髪の波だった老人に人さし指を天に向けながら何か叫んでいた。


 そもそもですよ。先進国では日本だけですよ。駐輪場でお金を取るのは。


ただの世間話をしている訳ではないらしかった。

老人たちは、取り締まられた人と、取り締まる方の人の対なのであった。

あの天を指差している老人は、自転車をここに置きたかったのであろうか。

それもどうでもいいように、とにかく何度も同じことを老人は繰り返し訴えているのであった。

もうこれ以上入る隙もないような、この駐輪場には、備え付けのチェーンの鍵が等間隔の金属の食肉植物のようにぱっくりと口を開いているように項垂れて、幾つも繋がれている自転車の油を啜っているようにも見えるのであるが、皆、見向きもしないで、その二人を遠巻きに、それでいて早足で通り過ぎていくのであった。

そうして、私は立ち止まっていた。

あの二人のやり取りが気になると言うよりも、私の自転車が、あの二人の真横で、自分の持ち歩いているチェーンに繋がれて、なんとか、お金も油も啜られないまま、繋がれているからだった。

このままあの二人の横に何食わぬ顏であるいて行き、


 どうも、すみません。


などと笑いながら立ち去るには、あまりに二人は固まったままの、がなり声が響き続けているのであった。


仮に今すぐ、私が自転車を取りにいくとしたら、言われるままの白髪の老人が、今度は獲物を見つけたように、私を指差しながら、がなり出すかもしれないような、ぴりぴりしたやり取りに触れたくも触れられたくもないのであった。

第三者であるようで、駐輪場でお金を取られる当事者であるはずの自分は、その先進国の先を行く個人的ピンハネ行為をしており、取り締まられるべき当事者であった訳である。

個人の公共に対してのピンハネ行為を取り締まるべきなのか、あるいは公共の個人に対してのピンハネつまり手数料を取り締まるべきなのか。

どちらかというと、公共の手数料の方のピンハネをどうにしかしてほしいと直接的に訴えている山高帽の老人にばったり出会ってしまった影のように、後ろめたくもちまちました行為のつけを払わされて立ち往生している気がしたが、たぶん、この場にいる誰しもが同じちまちまさに我慢ならないので、わめき散らしたり、立ち止まったり、どうする訳でもなく話を聞いたりしている訳であった。

ただ先を急ぎ、通り過ぎるだけの者には、関係のないことであった。


先を急ぐ訳でもない私は、とりあえず駅裏の方に足を向けることにした。

あの二人の老人のやり取りの収まるのを、とりあえずあの二人の周辺を廻り続けるしかない回遊魚のように歩きながら待つことにしたのであった。



駅の裏には路地が迷路のように右往左往しているようであった。

小さな犬や猫や子どもが辛うじて通れるような路地もあれば、車が通れるくらいの路地もあった。

人影は私のみで、駅の周辺にしては、一本入るとこんなにも途絶えてしまうものであろうか。と思われるくらいであった。
河の横をそのままずっととぼとぼと歩いていった。
川に身を投げた私の影は背泳ぎをしながら、いつまでも川面にぷかぷかと浮かび上がって、死に絶えることなく、ゆるい日の光の中を黒々といい気になってついてくるのだった。

その影の間延びした動きが我慢ならない気がして、くの字に曲がっている曲がり角を曲がることにした。

影は一瞬、こちらを見失ったように、それでも路地に戻って、ついて来た。


影を振り切ることは出来ずに、しばらくそのまま歩いていると、赤黒い煉瓦の建物を向いて何かを叫んでいる団体が一列に並んでいた。

今日は叫び声が、あちらこちらにあふれているようであった。

エジプトでの物価高に対するムバラク退陣要求デモほど大きなものではないが、一列に10人ばかりの人とその影が日時計のように、それぞれの幾つもの自分には自分の時間があるとばかりに、並んでいた。

いずれにせよ彼らはツイッターでデモに参加しよう等というような若者の風の力を吹かそうとするというような風情ではなく、まして、誰が受け止めているかも分かるか分からないかのツイッターで俳句を吐いたり、短歌を切ったり、つぶやくよりも、路地で訴えたい者に直に叫ぶ方を選んでいるようだった。

白い服をきた中年の女が、拡声器を持って腰に手を当てて仁王立ちをして何か叫んでいるのであった。


 ここは日本です。この日本にいるにも関わらず、韓国の参政権を得て、その上に日本の地方参政権を得ようと言うのは、憲法違反です。
 あなた方は、日本の国会議員にサポーターとして二千円ものお金を寄附して、政党内での選挙資金を投資して、政府の長を選ぶ時にも、影響を与えているにもかかわらず、地方参政権から始めようと言う。
 国政には口を出さないというのは見せかけに過ぎないではありませんか。
 明らかに、国政の一番重要なことを決める、つまり、任命権や軍事指令等も操作駆使できる立場のものに、個人献金と言う隠れ蓑によって、口を挟んでいるではないですか。
 欺𥈞です。
 欺𥈞です。
 この世は、欺𥈞です。
 そうして、あなた方は、韓国から金を年に7割も援助してもらっているにもかかわらず、日本の国政にも地方にも口を出そうとしている。
 これは明らかに、内政干渉です。そして、市長や知事、果ては国会議員や首相にまで圧力をかけて、国をひっくり返そうとしています。
 日本を乗っ取ろうとしています。
 この近くの飛行場を民間に売りさばき、国の負担、地方の負担を軽減するなんて、うそっぱちです。
 自分たちの息のかかった外国のものたちが株を支配していくのに加担しているのです。
 あなた方の支持している市長は元弁護士で、副市長は新聞記者ですが、彼らは中国韓国系の性接待で、あちらでパクられた企業のものとずいぶん仲が良かった。その後も、その仲が取沙汰されていますが、どこ吹く風で、テレビになんかも平気で出ていますよね。テレビも一枚も二枚も三枚も噛んでいるからなのです。電波に乗ることの優位性をひけらかして、いつまでものさばっているのではありません。そろそろ、それも終わりに近づいているのですよ。
 皆、気づきはじめているのですよ。
 この国は、乗っ取られつつあるということが。
 いや、すでに実質は乗っ取られているということに。
 あとは、自分たちの都合がいいように、法律を変えるつもりでしょうが、すでに国民は気づいているのです。
 軍事的に攻撃されたら世界が黙っていないって。
 バカ言うんじゃないですよ。
 軍事的には最終手段で取っているだけですよ。
 民間に売るという「空港」を押さえるというのはその一環でしかないのです。
 それもわからないのなら、既に洗脳されているということです。
 日本は。
 テレビや新聞報道に。
 あなた方が詐欺だということに。
 日本人のふりをした、傀儡だということに。
 そもそも、先の戦争においてもそうだったのでしょう。
 日本の戦争末期には、日本人のふりをした、傀儡ばかりが跋扈しておりました。
 そして、日本の極秘情報を傀儡の糸を引く者たちに密告し続けていたのですから、日本が大陸に置いて、先回りされて、何でも筒抜けであったことが、不思議でならないという証言もありましたが、なんて言うことはない、中枢神経にそういったものがあったということです。
 今も、そうだということです。
 今の日本は、更に輪をかけてそうだということです。

拡声器の女は、がなることが多すぎて、どうにも手が付けられないようであった。

 日本は第三の開国を迫られています。
 その傀儡政権が今押し進めようとしています。
 自分で取り返した関税自主権と治外法権の罠をまた投げ捨てようとしています。
 それも、故意に。
 しかも、外国人の弁護士だけが特権的に、取り扱える資格を持つという事が仕組まれているというではありませんか。つまり日本の法でさばけないのです。これは治外法権です。
 馬鹿なことを取り決めようとしています。
 こんなことはあってはならないのです。


女は、一生がなり続けるようであった。
都合が悪いことを言っていると聞こえないか、狂っていると断定する「世間」という名の傀儡のものたちが言いふらし、牢屋にぶち込もうとされるか、ビルから突き落とされるか、バラバラ屍体になるか、交通事故で処理されるか、狙い撃ちされるかしないうちに、やめておけばいいと思うのであるが、影の出る幕も、私の出る幕もないようであった。

女は得意げに話をまだ続けていた。


 この美しい日本を取り戻すのです。私たち日本国民に。


路地にはすでに、裏も表もないままで、補助金で押し進められている鉄筋コンクリートのビルが無表情に、露骨にむき出しにしてせせら笑うように、これから自分たちが大手を振って生きていく為の公共の補助金を湯水のようにつぎ込める城を、匣物を作っているとでもいいたげであった。

私はしばらく聞いていたが、そろそろ、帰らないといけない時間になったので、その場を離れることにした。
私の影だけは、その女の影と重なって、間延びして、ひそひそ話をするように見えたが、やがて何事もなかったように離れていった。
 


そうして、私は一巡りして、あの駐輪場に舞い戻って来ていた。

すでにあの二人の老人はいなくなっていた。

私の自転車を探した。


 あった。

 これで叫びから逃げ帰ることが出来る。


思いのほか、ぎゅうぎゅう詰めで、私の自転車のペダルが隣りのママチャリの車輪に挟まり、取れなくなっていた。

早く外そうともがけばもがくほど、ペダルはぐいぐい車輪にのめりこんでいくようであった。


 もう、いい。もう、その歯車に噛まれたくはない。


向こうから、あの制服を着た白髪の老人がやって来て、何も言わず、ママチャリを羽交い締めにした。

私はようやく自転車をその状態から解放することが出来た。


白髪の老人が、徐に話しはじめた。


 あちらのあさひビルのところは、駅の工事が終わるまで無料ですから、これからはあそこを使ってください。


この老人は、あの山高帽の老人にも同じことを言ったのであろうか。
さっきのことを思い出していたのかどうかはしらないが、どうやら、さっきまで二人の老人を見ているだけだった影と私の姿を、遠目ながらも見ていたようだった。


 どうも、すみません。


私は、徐に、そこだけなぜか優遇されてか無料になっていると言うあさひビルの方向に、路地とは反対方向に自転車で走っていった。