血盟団員小沼 正の「一人一殺主義」で亡くなった元大蔵大臣井上準之助の生家の酒蔵前を通ったのは、黄金週間の終わり間近のことであった。
「井上準之助の生家」「清渓文庫」と看板が立てられていたのを見つけ、引き返したものの、誰もおらず、ひっそりとし影の濃く湿った酒蔵のようなところに、今もそこで作っているのであろう幾つかの酒が陳列されていた。
誰もいないとはぶっそうであるが、山の中にいる時にふと思うような、何かに見られているような妙な気がして、何にも触れることなく、ただ居並ぶものから、井上準之助の中の何かしらを作っていったであろうものを体中で嗅ぎ回っていたのであった。
子どもたちと夫は、入ろうとしない。
自分だけ、奥底に入り込み、いつまでも出てこないので、たまりかねて入って来て、響かないようにぼそりとこどもが言った。
「誰もおらんと?」
「誰もおらんみたいやね」
夫が言った。
「もう、行こう。小石原に行くんやろ」
「そうやね」
長年使い込んだ鍋の蓋の欠けたところを直せるかもしれないと、昨日登った九重の山を降りて、小石原の焼き物市に行く途中のことであり、たまたま出くわした場でもあったので、特別に長居をする理由もなかった。
井上準之助をそれほど知っていた訳でもなかったのだが、最近読んでいた本の中で引っ掛かっていた人であったので、その人の家というものを知るのも、殺風景な骨格に肉付けされた記憶になるようで、足を踏み入れたのであった。
もっとも、その肉は屍肉であるかもしれないが。
「井上準之助の生家」「清渓文庫」と看板が立てられていたのを見つけ、引き返したものの、誰もおらず、ひっそりとし影の濃く湿った酒蔵のようなところに、今もそこで作っているのであろう幾つかの酒が陳列されていた。
誰もいないとはぶっそうであるが、山の中にいる時にふと思うような、何かに見られているような妙な気がして、何にも触れることなく、ただ居並ぶものから、井上準之助の中の何かしらを作っていったであろうものを体中で嗅ぎ回っていたのであった。
子どもたちと夫は、入ろうとしない。
自分だけ、奥底に入り込み、いつまでも出てこないので、たまりかねて入って来て、響かないようにぼそりとこどもが言った。
「誰もおらんと?」
「誰もおらんみたいやね」
夫が言った。
「もう、行こう。小石原に行くんやろ」
「そうやね」
長年使い込んだ鍋の蓋の欠けたところを直せるかもしれないと、昨日登った九重の山を降りて、小石原の焼き物市に行く途中のことであり、たまたま出くわした場でもあったので、特別に長居をする理由もなかった。
井上準之助をそれほど知っていた訳でもなかったのだが、最近読んでいた本の中で引っ掛かっていた人であったので、その人の家というものを知るのも、殺風景な骨格に肉付けされた記憶になるようで、足を踏み入れたのであった。
もっとも、その肉は屍肉であるかもしれないが。