明鏡   

鏡のごとく

「あと5年は」

2016-12-03 23:26:23 | 詩小説


 あと5年は生きられると、先生が言いよったもんね。


 父は、「遊歩」という体の不自由な人が乗るカートの背もたれに左手で摑まって、右半身が麻痺した体をゆっくりと引きづりながら、ニヤニヤしながらそう言った。
 

 まだまだ、さきまで行けるって。


 私は、時速1キロ前後に設定してある「遊歩」を操作しながら、答えた。
歩き始めたのは、人通りが少ない道の上であったが、父が歩くことをやめない限り、時速1キロであろうと、遠くまで行けるのは確かなことであった。

 母は、老々介護の疲れもたまっていたのか、風邪をこじらせ、寝たり起きたりを繰り返していたものだから、時間の融通がきく、私が少しでも加勢になるようにと、通い続けていたのであった。

 遠くまで行くことは、私にとっては、どちらかというと、喜びであったが、父にとっても、そうであるようで、昔から、何はともあれどこかに動いていないと落ち着かない人であった。

 
 お前は、俺と一緒で、でべそやからなあ。


 母は、どちらかというと、出不精であったが、家庭内遊牧を繰り返していた。
 落ち着ける場所であるはずの家の中を、遊牧民のように、移動していたからだ。父と同じ部屋で簡易ベットを置き、眠っていたと思えば、今度はルーフバルコニーのような陽当たりの良いところに、ベットを持って行き暑い暑いといいながら眠っていたり、そうかと思うと、居間にある座椅子のようなものをリクライニングして、毛布をかぶって寝ていたりした。風邪を引くはずである。彼女は、父の環境はなるべく整えようという意思を持ってあたっていたが、自分の環境には、てんで無頓着なのであった。


 せめて、布団で寝ないと、疲れは取れんって。


 母にそう言いながら、内面的ヤドカリ生活を続けるような、母の内面的移動祝祭的生活も、父の外面的移動祝祭的生活も、私の中にはあり続けている気がしていた。それは交互にやってくるようでもあり、同時進行しているようでもあった。

 
 しかし、お前が一番、俺たちと一緒にどこにでもいっとったなあ。革命前と戦争の始まったイランにもおったし、ヨーロッパを安旅行で回った時もおったし、エジプトやら、ドバイやら、タイやらも、みんな一緒に回っとったやろうが。


 そうやねえ。行くだけは行ったねえ。そこに何があるかは、見たまましかわからんかったけど。面白かったし。


 遊歩のペースは、そのままで、速度表示が0.8キロと0.9キロを行ったり来たりしていた。


 イランでも、よう旅行にいったなあ。バンダルアッバスまで、車で1000キロ運転したばい。海があったろうが。あそこで魚ば買ったの覚えとるか。

 
 右手を三角巾に吊るしていて、魚か鳥のくちばしのように曲がったままなので、傍に魚を抱えて生け捕りにしたばかりのように見える父が言った。


 ああ、そうやったねえ、覚えとるよ。おっきな魚もおったけど、エビとかもあったような。


 そうたい、あそこに住んどる女の人たちが、烏天狗みたいな、マスクばしとったろうが。


 あんまり覚えとらんけど、そうやったかねえ。女の人が黒いチャドールを着とったのは、よう覚えとるけど。


 目だけがよう見えて、鼻から下は隠されとったけんね、母ちゃんと、烏天狗みたいやねえといいよったと。


 烏天狗というものが、どういうものかよく分からない私は、カラスと天狗が合体した忍者のようなものを想像した。
 私は、イラン映画で、イランのとある島の砂浜に佇むドアのでてくる映画のあの浜辺を思い出していた。確か、今は、タックスフリーになっている島。その浜辺を歩いている、そのドアを見かけたものの、ドアとのやり取りを、延々と撮り続けている映画。

 私は、その青っぽかった記憶のあるドアの向こうにいたかもしれない烏天狗を思い浮かべていた。いや、浜辺の空が青かったのか。海が青かったのか。記憶とは、どこかが重なって、いつの間にか、ドアの色まで青く塗り替えていくものなのかもしれないが。あのドアの向こうには、記憶が眠っている。私の幼い頃の、見ていたようで、見ていなかったあらゆる記憶が空とも海ともつかないドアの向こうに野ざらしになって、そこにあるのだ。

 
 あと5年はいきてる間にさあ、またどこかに行きたかねえ。


 烏天狗を見たその目で、魚を探すようなぎょろりとした目で、父が言った。

 ギャンブル依存の増加や治安悪化など「副作用」が懸念されるカジノ法案

2016-12-03 13:21:52 | 日記


 ギャンブル依存の増加や治安悪化など「副作用」が懸念されるカジノ法案が、国会で急発進した。「統合型リゾート(IR)整備推進法案」を2日の衆院委員会で可決へ導いた自民党に、野党は「議論もなく採決は論外」「どさくさ紛れの強行」と猛反発。消費者問題に詳しい弁護士たちも「多重債務問題が再燃しかねない」と警戒する。【遠藤拓、金森崇之、野田武】

 午前9時すぎに始まった衆院の内閣委員会は荒れ模様となった。

 「誰がこんな強引な委員会運営を主導しているのか。安倍(晋三)総理か。菅(義偉)官房長官か……」。民進党の緒方林太郎氏は質問で、内閣委員長の秋元司氏(自民党)に迫った。安倍首相はかねて成長戦略の一環としてカジノに前向きとされ、菅氏の地元の横浜市はカジノ誘致に動く。「私に聞かれても答えようがない」と秋元氏はかわした。

 共産党の清水忠史氏は、首相の著書「美しい国へ」を引き合いに「国民生活に害悪をもたらすカジノ解禁はゆがんだ発想。『美しい国』ではなく『恥ずかしい国』だ」と批判。同党の池内沙織氏も「カジノ収益から出る納付金でギャンブル依存症の対策を講じる。まさに本末転倒のお手本だ。新たな発生元を作らないことこそ必要だ」と指摘した。

 民進党の安住淳代表代行は採決後、会見で「今のギャンブルですら依存問題が出ている。家庭を豊かにするのではなく、壊す法案だ」と批判。「提案議員が(委員会で)関係団体からの献金をもらっているか(聞かれて)も答えないで遮二無二強行採決するなど、(戦前の)帝国議会でもなかった」と怒りをあらわにした。

 パチンコや競馬などに病的にのめり込み、自分で衝動を抑えられないギャンブル依存は、かつて個人の道徳観や意志の弱さが原因とされてきたが、今は精神疾患の一種と考えられている。治療に取り組む国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)によると、「不快な気分を解消する手段として行う」「興奮を得るため、賭け金の額を増やしたい欲求が生じる」などのチェック項目に該当する数で依存度を調べるという。

 日本では患者が多く、厚生労働省研究班は2年前、成人人口の約20人に1人(536万人)に上るとの推計を発表。男性の8.7%、女性の1.8%が国際的な指標で「病的ギャンブラー」とされる。世界でも際だって高い率だが、国の対応は追いついていない。

 カジノ問題に詳しい弁護士たちからは対策の遅れなどを批判する声が上がっている。

 クレジット被害などの消費者問題に詳しい千葉マリン法律事務所(千葉市)の拝師徳彦(はいしのりひこ)弁護士は「6年前の改正貸金業法完全施行で消費者金融などへの規制が強まり、自殺者を生む多重債務問題は年々改善されてきた。しかし、カジノで問題が再燃しかねない」と指摘。「反社会的勢力のマネーロンダリング(資金洗浄)に使われたり、治安悪化を招いたりする恐れもある。こうした課題に対策を立てないまま法律を成立させるのは、無責任で強引な印象だ」と与党を批判した。【遠藤拓、金森崇之、野田武】