明鏡   

鏡のごとく

『子豚とサイクリング』2

2015-11-10 23:12:13 | 小説

子豚を前籠に乗せてサイクリングしているうちに、男Hはふと我に返ったように独り言ちた。


もしかして、背乗りか。

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子豚の背にはこってりとした脂がのっている。

確かに、この子豚。背乗りに近い存在では在る。 

豚のようで豚ではない。豚を隠れ蓑にした、別のもののような、気がしてならないのだ。

狂った男Hには、どうでもいいことではあったが、そもそも、子豚が現れてから、男Hは狂ったのだともいえる。

昨日も、公園で、ただ噴水のまわりをぐるぐる自転車で走り回っていた中学生くらいの男子が子豚を追いかけていたのが我慢がならず、息の根を止めるくらいの勢いで、首を絞めたのだった。

知人Hが死んだと知って、自転車で公園をなんとはなしに、ふらふらしている時だった。

子豚が目の前を、走っていたのだ。

あの小僧達の前のめりの輪の中から逃れられずに。

だから、小僧の首を絞め、止めたのだ。

子豚は、いつの間にか、前籠に乗り、天を仰いで、背中を籠に乗せて、足さえ組んでいた。

呆然としていると、人が集まってきたものだから、その場から、逃げるように、自転車で走りだしたのだ。

子豚と一緒に。東京までの道のりをともに走りだしたのだった。

子豚は、背乗りというより、ただ乗りだったが。


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もしかして、背乗りの、ただ乗りだったのか。

この子豚のように、知人Kも。

男Hは独り言ちを繰り返した。


誰も居ないので、狂った思考も独り言も雨にかき消され、誰に聴かせるわけでも、聞かれるわけでもなく、男Hはただ繰り返し、ペダルを漕くことと支離滅裂な背乗りについての相乗効果的飛躍を試みていた。


捏造の果て、あっさりと死んだあの男も、背乗りと囁かれていた。
片目をつぶっているように、語っている映像を見た時は、お世辞にも、脂が乗っているようには見えず痩せていて、息もあがっていたように見えた。

今の男Hのように。

あの男とは。

あの吉田清治を名乗った男のこと。

本物の吉田清治(本名:雄兎)は、1913年10月15日生まれ、1931年文字市立商業学校卒(卒業名簿には死亡とある)とされていたが、吉田清治を名乗るこの人物は、朝鮮から九州に密かに渡り、死亡扱いの日本人の戸籍を乗っ取った、いわゆる背乗りというものをした人物なのであろうかと。

事実であるといいながら、小説であった彼の慰安婦強制連行ファンタジーは、彼自身の存在をも含めたファンタジーであったのだから、なんでもありだったのである。


男Hの思考のように。

この男Hの思考が個人的狂気に縁取られているとするならば、吉田清治を名乗るこの人物は、まぎれもなく国家的狂気に乗っ取られているといえようが。


慰安婦と名乗りでた金学順自身が親にキーセンに売られたと報道番組に出て語っていたにも関わらず、その後に強制連行とすり替え捏造した罪は重い。

許されざることである。



人身売買は今も戦争中と変わらず平然と行われており、今いきている売春婦には、なにも同情もわかないものが、必死になって、政府は賠償しろという。

火種をつけている、もと弁護士の国会議員や大學教授の某が、正義を振りかざし、その国会議員や大学教授の地位からもらう給料と講演会報酬と印税を、すべての娼婦に還元するなら、本当に性を売ることを気の毒に思っているのだとわかるが、己はなにも失わず、「日本」を担保にして、あることないことを肘繰り回し、やりたい放題するのが我慢ならない。

あの首を絞めるまで、この狂ったサイクルが止まらないのならば、誰かが止めなければならないのだろうか。

男Hが小僧にやったように。

息の根が止まったかどうかもわからないまま、走り続けなければならないのだろうか。

この子豚を乗せて。

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