愛知学院大学青木ゼミのブログ

愛知学院大学商学部青木ゼミの活動を報告するためのブログです。

No Study,No Life. 2

2012年02月21日 | Weblog
先日のブログにあるように,日経新聞2月20日朝刊に国立大学財務・経営センターの金子元久教授(中央教育審議会委員)のインタビュー記事によれば,現在高校生の6割ほどが家でほとんど勉強しないことが高校教育上最大の問題であると考えられます。

金子さんはつぎのように述べています。「日本の将来を考えると、多くの高校生が家でほとんど勉強しない状況は深刻だ。これでは自分で勉強する習慣も,授業を復習して自分の中で位置付けし直す習慣も身につかない。社会の多様化・流動性が進むと,常に自分で勉強し,知識を仕入れていないとチャンスを失う。単純な反復労働はどんどん海外に出ていく。創造性がないと就職も厳しいのに,自分で学ぶ習慣ができていない。恐ろしいことだ。」

金子さんは高校教育のことを論じていますが,同様の問題は中堅以下の私立大学(つまりは大半の私立大学)にも当てはまります。高校時代にほとんど勉強をした経験のない生徒を,AOやら推薦入試やらで大量に学生として受け入れているのが大半の私立大学です。そして,入学後,その学生はやはりほとんど勉強しません。

高校時代ほとんど勉強をした経験がなく,大学に入学後もほとんど勉強しない学生がうちの学部にも少なくない数存在していますが,彼らの行く末を案ずると,暗い気持ちになります。自ら学ぶことのできない人物に,判断の伴う責任ある仕事を任せる組織はないと思うからです。したがって,マック・ジョブと呼ばれるような単純な反復労働が与えられることになりますが,その手の労働の多くが海外に移されていきます。つまり,このままでは将来まともに仕事に就くことができなくなるかもしれないのです。

ただ,大学で出来うる対策は限られているように思えます。というのも,大学というのは高等教育を施すことになっていて,知的探求心を持つ大人が学生となり自学自習する前提で教育システムが組まれています。そして,教員は研究者で,その研究活動に学生を巻き込む,あるいはその研究の一端を学生に知らしめることで教育活動を展開することになっています。中堅以下の私立大学でも,大学と名のつく以上はそうなっています。勉強の習慣のような基礎の中の基礎を学生に身につけさせる余力もノウハウも大学にはありません。

個人的には,結局学生を教員の研究活動に強制的に巻き込むより他に方策がないと思います。研究というものに本気で取り組めば,知的探求心が刺激されます。何しろ確たる答えのない問題に答えを探そうというのですから。そして,簡単には答えの出ないその活動は地道な作業の積み重ねを要求します。多大な労力と時間を費やします。きちんと巻き込まれれば,毎日自ら頭を使い,情報収集を繰り返さざる得ない状況に追い込まれます。つまりは,自ら毎日勉強せざるを得なくなります。

そのためには,学生に,一見易しい,身近な問いに答えを見つける作業を与えることからはじめ,次第に高度な問題にあたらせるような教育ノウハウを我々が身につけなければなりません。しかし,これは大学教員にとっては基礎学力養成ノウハウを身につけるよりは容易なことのように思えます。そして,学生から逃げ道をなくすことです。しんどいことから簡単に逃げる学生が多すぎます。
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No Study, No Life.

2012年02月20日 | Weblog
日経新聞2月20日朝刊に国立大学財務・経営センターの金子元久教授(中央教育審議会委員)のインタビュー記事が掲載されました。それでは高校教育に関する記述がなされ,その最大の問題は学力中位層が勉強しなくなったことだと指摘されています。現在高校生の6割ほどが家でほとんど勉強しないのだそうです。きちんと勉強しているのは上位層約3割程度だということです。

中堅下位の私立大学教員である私はこの問題の深刻さを肌身で感じています。なぜならば,うちの学部には,高校時代にほとんど勉強したことがないと思われる学生が多数在籍しているからです。そしてその学生たちへの対応に苦慮しているのです。

教科で定期試験を課し,その答案を採点すると,きちんと試験勉強をしてきた形跡がない答案が続出します。年々その割合が増加している印象です。試験の直前の授業では,教科の復習として,学期における授業内容の要点を説明します。試験問題はその要点を再現すればいいように設定しています。それを覚えてくれば試験対策になります。それにもかかわらず,「何が出るのか分からない」「難しくて困る」といって,きちんと試験勉強してこない学生が多数存在しているのです。ちなみに,AAやAを取得するレベルの学生に教科と試験の印象を聞いてみると,「先生は優しすぎる。あれじゃ問題と答えを漏らしたのと同じだ」と笑いながら述べます。うちの学部においても二極化が進行しているのです。

ゼミにおいては,3年次の研究発表,4年次の卒業論文で脱落者が毎年出現します。脱落者を見ていると,その半数はコツコツと調査と思考を積み上げることができない学生です。なお,残りは流通という学問領域に関心が持てない学生です。

高校時代(おそらく中学時代も)きちんと勉強をした経験のない学生は,勉強の習慣がないばかりか,そのやり方すらも分からないまま大学に在籍しています。しかし,大学の教育システムは学生にそのような基礎中の基礎を身に着けさせるようにはなっていません。ゼミおいては,調査研究の方法や心構えはレクチャーし,それを強制的に実行させるようにしていますが,そもそも勉強の習慣や勉強のやり方が身についていない学生はケアできません。

勉強の習慣やそのやり方が身についていない学生はある程度見分けることができます(現場の俗論ですが)。私は2つポイントで見つけ出します。1つはメモをきちんと取るかどうか。勉強の習慣のない学生はたいていメモを取らないのです。教員の指示をぼうっと聞いているだけです。当然それを記憶していることはありません。人は記憶がないものについては努力を払おうとはしません。もう1つは,比較的長めの文章で自らの考えを記述することができるかどうか。勉強の習慣のない学生はたいてい長い文章が書けません。文章を書く能力は簡単には身につきません。長期にわたって,ボキャブラリーを増やす訓練が必要です。しかも,ボキャブラリーの増加は,国語にとどまらず,数学,社会,理科,英語などほとんどすべての教科に関わります。

こうしてみると,勉強の習慣やそのやり方が身についていないことは就職活動やその後の職業生活にも大いに影響を与えそうです。しかし,今のところ,どうにか対応しようとは思いません。なぜならば,あまりに大きな問題だからです。前出の金子さんはこれは小学校から大学まで一貫して考えるべき問題であると断言しています。せめて,ゼミにおいて,いつものように,メモをとれ,本を読めと諭すようにはしましょうか。
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recommendation

2012年02月06日 | Weblog
今大学では春休みに入っています。時間的余裕がある時期なので,学生の皆さんには是非読書に取り組んで欲しいと思います。

ここでお薦めの本を紹介します。今NHK大河ドラマでは平清盛が取り上げられています。そこで,平清盛に関する本を紹介します。実は歴史上の人物で私が最も尊敬するのが平清盛です。興味を持ったきっかけは,高校生の頃,日本史を習ったときに,清盛が極悪人のように扱われていることでした。へそ曲がりだったのか,極悪人だからこそ実はすごい人物なのではないかと興味を引かれたのです。その後あれこれ書物を読み進むうちに,極悪人扱いは平家物語(フィクションを織り交ぜたあくまで物語)の記述に幻惑されたものの見方であって,史実とは違うことが解りました。そして,近年の歴史研究では清盛政権の革新性が評価されていることも知りました。その結果,尊敬の念を抱くようになりました。源頼朝などよりもよほど大きな器の人物だと理解したのです。

私が薦めるのは,山田真哉『経営者・平清盛の失敗―会計士が書いた歴史と経済の教科書―』講談社です。清盛政権の経済政策について論じています。清盛政権の革新性の一つとして,平安時代末期にあって,商業を重んじ,貨幣経済を推進したことが指摘されていますが,山田さんの本では,その過程,政策的成功と失敗について,歴史研究に加えて,現在の経済政策に照らし合わせながら考察しています。多くの歴史書は権力闘争の過程を詳細に描き出していますが,その裏にある経済政策について不明瞭なままになりがちです。山田さんの本は重要です。

清盛は日宋貿易で大量の宋銭を輸入して,貨幣経済を推進しました。山田さんの仮説では,宋銭輸入はそもそも貨幣としての輸入ではなく,仏具原材料輸入としてはじまったとされています。そして,日本に大量に輸入された宋銭が,当時の朝廷(政府)非公認にもかかわらず,清盛によって通貨として使用される政策が推し進められました。なぜ宋銭を通貨としたかについては,偽造貨幣が多かった中世を鑑み,山田さんは偽造対策を込めていたといいます。外国の貨幣ならば国内で生産された貨幣よりも偽造が難しいのではないかというのです。

貨幣経済化が進むにつれ,商業活動は活発になったものの,経済はデフレ(物価安)に向かいました。外国貨幣ゆえにタイムリーな通貨供給を行うことができず,通貨の価値が上がってしまったためです。清盛政権は荘園を多く抱える貴族や寺社から反発されました。しかし,清盛政権末期,未曾有の飢饉が発生します。すると,もの不足が深刻化しますので,逆にハイパーインフレが起こってしまいました。この時も外国貨幣ゆえに,政権はその供給をコントロールすることができませんでした。インフレ(通貨の価値下落)は通貨の供給主体であった清盛政権の財力を奪います。その結果,戦乱が起きましたが,それに対処する能力を清盛政権(その後継)は失い,滅びました。以上が山田さんの清盛政権没落の仮説の一端です。

外国貨幣を用いることで一気に貨幣経済導入を実現し,政治刷新を成し遂げようとしたものの,外国貨幣を用いたがゆえに自らの没落を招いてしまったというパラドックスが描かれているのです。なかなかに示唆に富んだ面白い分析です。ユーロ危機に翻弄されるヨーロッパ諸国の現状を思い浮かべながら読み進むと,面白さは倍増します。

なお,うちのゼミ生はじめ商学を学ぶ学生に認識して欲しいのが,日本史上,商業を重んじる政策を実現しようとした政治家はたいてい悪人とされていることです。平清盛,足利義満,織田信長,田沼意次などです。商業を重んじる政策は,貿易を推進することになるので開国へと結びつきます。また取引に関する制度を整備するために政治権力の集中を生むことになります。素朴なナショナリズムによって開国が危険視され,独裁を嫌う日本人のメンタリティーによって強い政治権力も危険視され,悪評が起きてしまったのかもしれません。

開国でいうと,現在TPPが国論を二分しています。反対する声のほうが大きい印象を持っています。商業を重んじた政治家たちの悪評を思い出すと,現在の反対論はナショナリズムに基づいた感情論に支配されていないか,冷静になってみる必要があると思います。日米構造協議,GATTウルグアイラウンド,WTOなど,過去貿易自由化に関する国際政治交渉のたびに同じ言説が繰り返されてきたことを振り返るとなおさらです。

ともかく,『経営者・平清盛の失敗』は現在の経済を考察する際にもヒントを与えてくれる良書です。
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