ウクライナの情勢は、いよいよ切羽詰まった状況のようです。米国防総省の予想でも「5日以内にキエフは陥落の可能性大」とのこと。ゼレンスキー大統領およびキエフ市民の必死の抵抗戦も、そろそろ限界に近づいているようです。また凍った土が溶けてしまい、戦車などの軍事車両が走れない状況になる前に、ロシア軍は一気に片を付けに強硬策に転じるつもりなのでしょう。
NATO側の経済制裁の効果も相応にあったと思います。ロシア最大のマネーセンターバンクの欧州拠点が、次々と破綻処理に入ったことがその証左。しかし、ロシアにある銀行本体は、ロシア中央銀行からの特別融資で生き永らえているようですし、それより何より、国際金融決済の抜け穴として、暗号通貨による決済ネットワークを、あらかじめ用意していた可能性も指摘されています。
やはり、経済制裁などでは、プーチンに決定的な打撃を与えることはできなかったということ。
このまま、自由を求めたウクライナを西側諸国は見捨てるのか?
古代ギリシャ・ローマの時代から、ルネサンスを経て、17世紀に欧州で復活した民主主義。その終わりの始まりが、今回の『ウクライナ侵攻』だったとならないために、我々は何をしなければならないのか?
答えはシンプルだと思いますが、近代民主主義のリーダーであるアメリカですら、自由を守る闘いに大軍の派遣が実現できない。国民の総意として決断できなくなっている意思決定力の欠如が露呈しています。ウクライナの目と鼻の先で立ちすくむNATO諸国や、もとより対外戦争を放棄している日本は尚更であります。
古代ローマが、民主制から共和制へ、そして共和制から皇帝支配の帝政へ移行していった国家ガバナンスの歴史を、現代社会がまた繰り返すのでしょうか?
「自由と民主主義の時代」は、古代ギリシャ・ローマの昔と同様に『愚民主義の時代』と蔑まれて捨て去られることがないように、ここが踏ん張りどころだと思います。