見る聞く嗅ぐ味わう触れるといった五感は、いかにも直截で揺るぎない情報のように思える。しかし、それにしては聞いた、いや聞いていない、見た、いや見ていないといった争いごとが多い。この種の問題には複雑な情報が含まれたり、利益や面子が絡んでいたりして、五感だけの問題でないところもあるが、情報が状況や個体に依って変化することを示している。心理学や脳科学での知覚や情報処理については不勉強で十分な知識を持たないが、町医者の日常観察と経験から単純そうな五感への情報も変容すると知った。別に医者でなくとも、よく観察する習慣をお持ちの方はある年齢になると、気付いておられるであろう。簡単に言えば五感は、単離して純粋には感じ取られないのだ。色合い音色など比較的単一の知覚も、同時に存在する他の4感の知覚情報に影響を受けている。それに加えて、記憶や知識の影響も受けている。科学的な正確さには欠けるが、日常の言葉では五感は容易に変容すると言えよう。たとえば臨床経験から例を挙げれば、胆汁の排泄が悪くなると認められる黄疸だが、ごく初期には僅かなもので、気のせいかなと思うほど微かなものだ。それを血圧を測る腕の色合いや、診察室に入室した時の顔の一瞥で感知できることがある。顔色や腕の色はそれだけを取り上げれば、そんな色調の時もあるなという程度の変化なのだが、微かな臭い、皮膚つやなどといったよくわからないが全体の印象にちょっといつも違うなというものがあり、そういえば黄色いのではないかと、眼球結膜の観察に結びつく。これはあまり良い例ではないかもしれないが、言明や表情といった情報に比べれば単純そうな五感への直接的な情報も、同時に入ってくる情報により変容することは、首肯できると思う。こうした感覚の修飾が良い方向に働くこともあるが、間違いに結びつくこともあり、それこそ第6感といわれる勘は生かしたいが、臨床ではいつも数%、それでいいかなという用心が必要になってくる。
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