今日は一日晴れだと思っていましたが、夕方、雷雨になりました。
でも、ちょっとの間でしたが。
この気圧の変化のせいか、ここのところ何となく不調です。
でも、もう2日、ゆっくり眠れますのでありがたいです
今朝の果物
やっぱり果物、美味しい
今日は同い年のグループ「ラヴィアンローズ」の会でした。
ひとりの友人(夫とは死別)の結婚がほぼ決まったようですので、その報告会
彼女の希望で、カラオケ店に11時に集合。
彼女があれこれ買って来てくれました。
まずは食べながらおしゃべり。
お相手が家に来られた話や娘さん達と食事会をしたこと等。
ひとしきり話してから、カラオケ開始。
いつ振りだろうとか思い返したら、当然コロナ前です。
その直前にやはり彼女の希望でカラオケに行ったのが最後でした。
大きなお部屋を予約してくれていました。
いろいろ歌って、昔懐かしい歌に行きつきました。
「私達、心は永遠に少女~」とか言いつつ
友人達が歌った「ひなげしの花」や「木綿のハンカチーフ」。
高校からの友人が、昔よく二人で歌ったシモンズの「恋人もいないのに」を歌おうと言い出しました。
昔、よく私が高いパート、友人が低いパートを歌ってハモっていました。
「懐かしい~」と思い歌いましたが、こんなに高音だったっけ~
でも、リベンジの2回目にはお互い思い出してきて、多少上手く歌えるようになりました。
まさに「人生の春」、何も知らなかった幸せだった頃の思い出の1曲です。
5時間も居て(ホテルでも結局そのくらい居ますが)、帰ると赤い「パパ・メイアン」が咲いていました。
三番手のバラです。
オレンジの名前のわからない花ももうほぼ咲いていますね。
最近、沖縄に引っ越したセラピストの友人が、遺伝子研究やサムシンググレイトという言葉を世に送り出された村上和雄さんのTou Tubeを送って来てくれ、それを聞いていたら(先生の御著者は持っているので、多分)「量子力学的」というこの本が並んで出てきましたので買ってみました。
不調もお散歩をすれば治るかと思い、歩きに出ました。
何だか雲行きが怪しい。。。
青空と雨雲のせめぎ合い
教会のお花
今にも雨が降りそうデしたので急いで帰りました。
しばらくして雷雨。
でも、短い間でした。
今日の母はとっても気分が良さそうでした。
「今日は調子がいいんよ」と言い、ご飯も完食だったそうです。
お昼に2回ほど掛けてきたので、大丈夫かなと思っていましたが、充電が切れそうと言い電話を切りました。
お風呂にも入り、ご機嫌でした。
でも、昨夜の夜勤の男性だけは荒くてきついと言っていました。
お手洗いのことであれこれ怒られたようです。
どこにも1~2人、きつい人がいるのはもう%の問題
お腹が空きました
膝の為にももう少し痩せたいと思っていますので、お昼もあまり食べませんでした。
夕食はその残りの巻き寿司を1つとナッツを少し食べました。
今日はまだお風呂に入っていませんので、さっさと入って早く寝ます。
明日は予定を入れていませんので、ゆっくりしたいと思います
★致知一日一言 【今日の言葉】2023.0418
安易な同調は国を滅ぼす
君子は和して同ぜず、
小人は同じて和せず
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『論語』
○月刊『致知』2023年5月号
連載「巻頭の言葉」より【最新号】
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●『致知』5月号「巻頭の言葉」にて
JFEホールディングス名誉顧問の數土文夫氏は
『論語』のこの言葉を
次のように解説されています。
「君子は協力・協調はするが、安易な妥協はしない。
逆に小人は安易に妥協はするが、
真の協力・協調はしないというのが大意です」
「国も会社も、安易な同調は
無責任そのものであることを自覚し、
君子たることを追求していかなくてはいけません」
★致知出版社の「ご縁メール」
≪【母と娘の感動実話】5年後生存率0%の試練≫
遡ること2003年、僅か3才にして
「悪性小児がん」を患った堀内詩織さん。
母である志保さんは、5年後生存率0%という
厳しい現実に直面しつつも、
娘と辛い闘病生活をともにしました。
高知のお祭り「よさこい」を踊りたいという
強い意志を胸に、辛い治療にも耐え続けるなど、
20歳を越えていまなお力強く生きる
詩織さんの存在は、輝きを放っています。
本日はそんな親子の対談の中から、
お二人の強く生きられた
軌跡の一部をご紹介します。
取材の様子はこちら
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──そのような中で、
よさこいを始められたのは確か……。
【志保】
ええ、詩織が7歳になった時でした。
高知ではよさこいが最も大きなお祭りですから、
子供たちは幼稚園や小学校などで大体1回は踊るんです。
詩織も入院する前に幼稚園の「夕涼み会」で
初めてよさこいを踊りました。
入院中も「よさこいを踊りたい、踊りたい」
とずっと言っていました。
それで小学校入学後、5月5日の「こどもの日」に、
高知で有名な「ほにや」というチームが
子供たちに動きが激しくない「正調よさこい」を
踊らせてくれると聞きましてね。
正調よさこいなら大丈夫だろうと、
詩織を参加させたんです。
すると、その数日後に詩織は
「私もほにやのチームで踊りたい」と言い出しました。
ただ、「ほにや」はお祭りで毎年賞を
取り続けるようなチームで、
普段はかなり激しい振り付けをやるんですね。
主治医には激しい運動は禁止、
学校の体育の授業も見学だと言われているのに、
もし真夏の炎天下によさこいを踊ったりすれば、
体調がどうなるか分かりません。
私は思わず、
「そんなことしたら、あんたは死ぬかもしれんで」
と言ってしまいました。
ところが、詩織は私の目をまっすぐ見返して
「死んでも構(かま)ん、踊りたい」と。
──ああ、7歳でそんな言葉を。
【詩織】
その時のことははっきり覚えていませんが、
たぶんぱっと出た言葉だったのだと思います。
(中略)
【詩織】
子供の頃から母には、
「(病気の体に産んで)申し訳ない」って
いつも言われていました。
確かに「なんで自分が」と
思い詰めたことは何度もあります。
でも、特に20歳を迎えた頃から、
母のもとに生まれたから自分は病気になったんじゃない
って自然に思えるようになりました。
また、
「人生の試練は乗り越えられる人にしか与えられないんだよ」
ともよく言われていて、
その母の言葉もすごく実感できるようになりました。
(中略)
【志保】
試練は乗り越えられる人にしか与えられない。
この言葉は最初に詩織が入院した時、
一緒になった別の子のお母さんから教えていただきました。
ある日、そのお母さんがふいに、
「人間は意味なく生まれてきた人はいないよ。
人には越えられる苦労しか与えられないんだよ」
って言ったんです。
そのお母さんの言葉を聞いた時に
最初「え?」って思いましたけれども、
いまは「ああ、そういうことなんやな」って、
本当によく分かるようになりました。
詩織の病気のことで普通の人が
できない体験をたくさんしました。
もし詩織が病気になっていなければ、
私は他人に対してツンとした
人間になっていたかも分かりません。