「風流無談」第16回 2008年10月4日付琉球新報朝刊掲載
九月九日に大阪高等裁判所で行われた大江・岩波沖縄戦裁判の控訴審を傍聴してきた。すでに報道されているとおり同日で結審したのだが、控訴人(梅澤・赤松)と被控訴人(大江・岩波)双方の弁護士による意見陳述で、私が特に関心を抱いたのは、新証言として控訴人側から出された宮平秀幸氏の証言についてだった。
この欄でも何度か触れたが、宮平証言は控訴審で最も注目されたものだった。一九四五年三月二五日の夜に梅澤裕隊長の伝令としてすぐそばにいて、座間味村の幹部に梅澤隊長が「自決するな」というのを聞いた。そこには野村村長も来ていた。そのあとに野村村長が忠魂碑前で村民を解散させるのを目にした、と宮平氏は証言している。今年に入って藤岡信勝氏や鴨野守氏らがこの宮平証言を鳴り物入りで宣伝してきた。
しかし、宮平証言については、それが話題になって以降、梅澤元隊長や宮城初枝氏の証言との食い違い、宮平氏の母・貞子氏の手記との食い違い、宮平氏が過去に雑誌やビデオで行ってきた証言との食い違いなどが次々と明らかになった。
当の梅澤元隊長が宮平氏がそばにいたことを「記憶がない」とし、母・貞子氏の手記では宮平氏は家族と一緒に行動していて忠魂碑前には行っていない。野村村長が来ていたという証言も梅澤元隊長や初枝氏の証言と食い違い、野村村長が忠魂碑前で村人を解散させたというのも、『座間味村史 下巻』や『沖縄県史 第10巻』に収められた座間味島住民の証言には出てこず、他に目撃した証言者もなかった。
宮平氏の証言は、これまで公にされてきた座間味島住民の証言や梅澤元隊長の証言と食い違いが多い特異なものであり、裁判ではその信用性が問われている。このような食い違いについて、藤岡信勝氏は裁判所に「意見書」(1)(2)を提出し、宮平証言の補強を試みている。その「意見書」(2)において藤岡氏は、宮平証言と座間味島住民の証言の食い違いが生じている理由として、以下のように主張している。
野村村長のことは座間味村の幹部から住民に箝口令がしかれていた。『座間味村史 下巻』の証言も村幹部の指示で手が加えられ、野村村長についての証言は載せられなかった。宮平氏にも村幹部から圧力が加えられ、そのために長い間、真実を証言することができなかった。藤岡氏はこのように主張し、その具体例として「意見書」(2)に次のように記している。
〈…1991年6月23日夕刻、大阪の読売テレビの取材陣が秀幸の家にやってきて、集団自決に関わる忠魂碑前の出来事についての証言を求めました。…その中で、秀幸はうっかり、しゃべってはいけないことをテレビカメラに向かって話してしまいました。それは、忠魂碑前で村長が解散命令を出したという事実です。…この取材後、何日か経ってから、秀幸は田中登村長に激しく叱責されました。「あんなことをしゃべっちゃいかん」というわけです〉
このことについて法廷では、大江・岩波側の秋山幹男弁護士から次の事実が明らかにされた。宮平秀幸氏を〈激しく叱責〉したとされる田中登氏は、一九九〇年十二月十一日に死去していたのである。すでに半年も前に亡くなっていた田中氏が、宮平氏を〈激しく叱責〉できるはずがない。
宮平氏が証言したという読売テレビの番組についても、藤岡氏は自分で確認したというが、村長の解散命令に関する部分は映ってないという。それについて藤岡氏は〈村当局がカットすることを求めたためかもしれず〉と書いている。宮平氏が実際にしゃべったかどうかも怪しいのだが、強引に村幹部の圧力があったかのように描き出そうとしているのだ。
控訴人側の出した「宮平証言」「藤岡意見書」のいい加減さを目にすると、思わず失笑してしまうかもしれない。しかし、笑ってすまされないのは、座間味村の元幹部たちがすでに亡くなっていて反論できないのをいいことに、村民に箝口令をしいた、圧力を加えたと誹謗中傷していることである。たとえ事実誤認によるものであれ、故・田中氏が宮平氏に圧力をかけたかのように虚偽の主張をすることは、個人の名誉を傷つけるものだ。藤岡氏こそ、故・田中氏の遺族の敬愛追慕の情を侵害しているのではないか。
昨年九月二九日に開かれた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」から一年が経った。この間、大会参加者は二万人だった、というデマキャンペーンを中心になって行ってきたのが、新しい歴史教科書をつくる会の会長である藤岡氏だった。控訴審では宮平証言の宣伝や意見書の提出など藤岡氏の動きが目立った。それは教科書の記述書き換えを狙ってこの裁判を起こし、政治的に利用してきた者たちの姿が露わになったということでもある。
なお、この「風流無談」に対して、10月21日付琉球新報朝刊「論壇」に藤岡氏の反論文が掲載された。そのあと私も同「論壇」に投稿したが、10月29日現在未掲載。
控訴審の判決以後も、この問題については書きついでいくつもりである。
九月九日に大阪高等裁判所で行われた大江・岩波沖縄戦裁判の控訴審を傍聴してきた。すでに報道されているとおり同日で結審したのだが、控訴人(梅澤・赤松)と被控訴人(大江・岩波)双方の弁護士による意見陳述で、私が特に関心を抱いたのは、新証言として控訴人側から出された宮平秀幸氏の証言についてだった。
この欄でも何度か触れたが、宮平証言は控訴審で最も注目されたものだった。一九四五年三月二五日の夜に梅澤裕隊長の伝令としてすぐそばにいて、座間味村の幹部に梅澤隊長が「自決するな」というのを聞いた。そこには野村村長も来ていた。そのあとに野村村長が忠魂碑前で村民を解散させるのを目にした、と宮平氏は証言している。今年に入って藤岡信勝氏や鴨野守氏らがこの宮平証言を鳴り物入りで宣伝してきた。
しかし、宮平証言については、それが話題になって以降、梅澤元隊長や宮城初枝氏の証言との食い違い、宮平氏の母・貞子氏の手記との食い違い、宮平氏が過去に雑誌やビデオで行ってきた証言との食い違いなどが次々と明らかになった。
当の梅澤元隊長が宮平氏がそばにいたことを「記憶がない」とし、母・貞子氏の手記では宮平氏は家族と一緒に行動していて忠魂碑前には行っていない。野村村長が来ていたという証言も梅澤元隊長や初枝氏の証言と食い違い、野村村長が忠魂碑前で村人を解散させたというのも、『座間味村史 下巻』や『沖縄県史 第10巻』に収められた座間味島住民の証言には出てこず、他に目撃した証言者もなかった。
宮平氏の証言は、これまで公にされてきた座間味島住民の証言や梅澤元隊長の証言と食い違いが多い特異なものであり、裁判ではその信用性が問われている。このような食い違いについて、藤岡信勝氏は裁判所に「意見書」(1)(2)を提出し、宮平証言の補強を試みている。その「意見書」(2)において藤岡氏は、宮平証言と座間味島住民の証言の食い違いが生じている理由として、以下のように主張している。
野村村長のことは座間味村の幹部から住民に箝口令がしかれていた。『座間味村史 下巻』の証言も村幹部の指示で手が加えられ、野村村長についての証言は載せられなかった。宮平氏にも村幹部から圧力が加えられ、そのために長い間、真実を証言することができなかった。藤岡氏はこのように主張し、その具体例として「意見書」(2)に次のように記している。
〈…1991年6月23日夕刻、大阪の読売テレビの取材陣が秀幸の家にやってきて、集団自決に関わる忠魂碑前の出来事についての証言を求めました。…その中で、秀幸はうっかり、しゃべってはいけないことをテレビカメラに向かって話してしまいました。それは、忠魂碑前で村長が解散命令を出したという事実です。…この取材後、何日か経ってから、秀幸は田中登村長に激しく叱責されました。「あんなことをしゃべっちゃいかん」というわけです〉
このことについて法廷では、大江・岩波側の秋山幹男弁護士から次の事実が明らかにされた。宮平秀幸氏を〈激しく叱責〉したとされる田中登氏は、一九九〇年十二月十一日に死去していたのである。すでに半年も前に亡くなっていた田中氏が、宮平氏を〈激しく叱責〉できるはずがない。
宮平氏が証言したという読売テレビの番組についても、藤岡氏は自分で確認したというが、村長の解散命令に関する部分は映ってないという。それについて藤岡氏は〈村当局がカットすることを求めたためかもしれず〉と書いている。宮平氏が実際にしゃべったかどうかも怪しいのだが、強引に村幹部の圧力があったかのように描き出そうとしているのだ。
控訴人側の出した「宮平証言」「藤岡意見書」のいい加減さを目にすると、思わず失笑してしまうかもしれない。しかし、笑ってすまされないのは、座間味村の元幹部たちがすでに亡くなっていて反論できないのをいいことに、村民に箝口令をしいた、圧力を加えたと誹謗中傷していることである。たとえ事実誤認によるものであれ、故・田中氏が宮平氏に圧力をかけたかのように虚偽の主張をすることは、個人の名誉を傷つけるものだ。藤岡氏こそ、故・田中氏の遺族の敬愛追慕の情を侵害しているのではないか。
昨年九月二九日に開かれた「教科書検定意見撤回を求める県民大会」から一年が経った。この間、大会参加者は二万人だった、というデマキャンペーンを中心になって行ってきたのが、新しい歴史教科書をつくる会の会長である藤岡氏だった。控訴審では宮平証言の宣伝や意見書の提出など藤岡氏の動きが目立った。それは教科書の記述書き換えを狙ってこの裁判を起こし、政治的に利用してきた者たちの姿が露わになったということでもある。
なお、この「風流無談」に対して、10月21日付琉球新報朝刊「論壇」に藤岡氏の反論文が掲載された。そのあと私も同「論壇」に投稿したが、10月29日現在未掲載。
控訴審の判決以後も、この問題については書きついでいくつもりである。
http://ia3.e-towncom.jp/iasga/sv/eGbook_Main?uid=42706&aid=0&s=757,351&12245726