とある老紳士の「伝記」のようなものを、春の終わりの頃から書いていた。
その方は数えで96歳のおじいちゃんで、自分が亡くなるまでに、自分のことを記したいと、希望された。
でも、自分のことだし、とにかくこだわりが強かった。当然のことだろう。
思い入れも半端ない。
話されたことをそのまま書いたとしても、本当の出来事はご本人にしか分からないし、違うと言われればそれまで。おまけにとても頑固で気むずかしい方。
戦後は共産党員として活動され、党活動に命をかけておられたそうで、家族からも愛を込めて「変人」と呼ばれておられる。
もちろん、96歳でも受け答えもハッキリしておられるし、ごまかしなどきかなかいのだ。
一旦、他のライターの方がすでに書き上げたものを、気に入らないと地元の川口から渋谷まで何度も出てきて意見され、協力していた人たちが半ば呆れてあきらめそうになったとき、以前から知り合いだったわたしが担当することになった。
お話を聞くために何度も川口へ通った。
4月のリーディング公演以降は、明日放送される
ラジオドラマと、この伝記にかかりきりだった。
前置きが長くなったけど、一応最後まで書けたものを読んでもらって、その感想を尋ねたところ、
「僕はとてもホッとしています。何の文句もありません」
と、言われた。
それで、私もすっかりホッとしてしまった。
もちろんまだ書き直すのだけれど。
96歳という年齢から、失礼ながらいつ何があってもおかしくないし、関わってしまった以上、なんとしても生きておられるうちに書き上げないとって、プレッシャーだった。
そして、もしも私がダメだったら…他に書く人はもういない。「これが出来ないと死にきれない」とまで仰っていたのに。96歳の人の言葉はいちいち重い。
書き終わるまでにもしも何かあったら、一番後悔するのは、その方のご家族より誰より、私なんじゃないかと思っていた。
そんなのは、絶対に嫌だった。
いつも書くのは嘘の物語だけど、その方の物語は本当にあったことばかりだった。
戦争のこと。
愛する人との別れ。
人の裏切り。
すべてリアルだった。
たぶんその方の周りの誰より、その方の人生を考えたし、その方のご家族にも詳しくなった。
会ったことがないご家族全員に愛情を感じてしまう、不思議な現象だ。他人なのに。
伝記を残したいと思われる気持ちがわかるくらい波乱万丈の人生で、お話も全て興味深くて、戦争の話など貴重な話もたくさん伺った。
本になっても、たぶんわたしの名前は表にはでないだろうけど、戯曲ではないものを、そんなに長く書いたこともなかったので、少しは自信にもなった。
「書いてくれてありがとう」と言われ、
「書かせてくれてありがとうございます」と言い、
「諦めなくてよかった」と仰ってくださり、
「諦めずにいてくれてありがとうございます」と言い合った。
なんだかもう、それだけでじゅうぶんだ。