皐ちゃんの次回出演作はギリシャ悲劇。
ギリシャ悲劇は「オイディプス王」を大学の時に先輩がやっていたのを見たことがある。見たのか、演じたのか、記憶が定かではないけれど。コロスの存在とか、それまで知らなかった。
この日は稽古の最後のお休みだったそうだ。
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PRAY▶
グリークス 第1部『戦争』
翻訳・演出:桂 佑輔
●日程:2019年11月6日(水)~11日(月)
6日(水)13:00/18:00
7日(木)13:00/18:00
8日(金)18:00
9日(土)13:00※キャンセル待ち/18:00
10日(日)13:00/18:00
11日(月)11:30/16:00
受付開始は開演の40分前、開場は30分前
●会場:浅草九劇 〒111-0032 東京都台東区浅草2-16-2
●料金:4,500円(税込・全席自由)
ご予約フォーム
https://www.quartet-online.net/ticket/pray1?m=0lfeidg
HP
https://article.yahoo.co.jp/detail/c364ce479622895fb1f9909bb3a919c40099f225
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皐ちゃんと会って、話してからいろいろ次回作のことを考えていて。
割といつもそうで、プロットなどを考えだすと、頭ぼんやりして、気分が落ちる。落ちるというが、ぼーっとしてしまう。
皐ちゃんは、この日は私が誘ったにもかかわらず、お店を探して、待ち合わせ場所を決め、私を連れて行ってくれた。
彼女は美味しいものを食べるのが好きで、走るのが好きで、明るいくて、頼もしい。
私の方か年上だし、リーダーシップを発揮したい。
でも一緒にいると自然と頼りそうになってしまう。
でも頼りたい。
彼女は弱音を吐かないし、本番前に緊張もされない。
旅公演では、打ち上げで私が悪酔をした時も、ずっとひざまくらをしてくれた。
受付でパニクっている時、すぐに受付を手伝ってくれた。
会計でパニクっている時は、いつの間にかお金を合わせてくれた。
…もうすでに、べったりと頼っている。
明るく、あっけらかんとしていて、憧れてしまう。
本番間近の最後のお休みも、私にくれた。
ソファーを買った。
約一年前に引っ越してきてからずっとソファーが欲しくて、なにかきっかけがあったら買おうと思っていた。
最近、臨時収入があったので、満を持して欲しいソファーをネットで見返す。
買うものもずっと前から決めてあった。それほど高価なものではない。形に残るものが欲しかったし、それにはずっと欲しかったソファーはちょうどよかった。
だけど。いざ買うとなると買えない。とても緊張して、嫌な気持ちになる。そのまま数日過ごした。
そりゃ普段より大きな買い物かもしれないけど、値段は少し高い洋服を買うのと変わらないくらいだし、大きさだって知れている。
そういえば。子供の頃から欲しいものを欲しいと思いきれないところが私にはあった。ただのケチとか、決断力がないとか、そういうこともあると思うけど、あんなに欲しかったのに、なぜ買えないんだろうと悩んだ。
迷うことは苦しい。そのたびに自己嫌悪になり、ほんとに面倒くさい。
考えてみると、たぶん子供の頃に、姉と一緒に買い物に行ってたからだろう。姉のご機嫌を伺ってばかりいた私は、姉が賛成する物しか欲しいと思えなかった。今も無意識で姉に許可を得ているのか…。
と大げさに考えて、いやいや、やっぱりケチで決断力がないからだろうと思い直す。いい大人なのだ。
最後の決定ボタンを押すと、何だこれだけのことだったのかとスッキリした。ネットで買ったからあっという間だ。
たったこれだけのことに、いったい何時間、何日かけてるんだろうといやになるけど、時間がかかった分とても嬉しいとも言える。
私の考えだと、この部屋にソファーがあると、生活がとてもしやすくなるはず、一年近く前からそう思ってきたんだから。
ソファーはもうすぐ届く予定。
先日、下北沢でやっているカレーフェスへ行ってきた。
正確には、下北沢へご飯を食べに行ったら、カレーフェスをやっていたのだけれど。
行ったお店は、四月に朗読劇を上演させてもらった「ARENA下北沢」さんで、その時もお料理はカレーがメインだったけど、このカレーフェスの為に新作カレーが用意されてあった。
新作カレーはとっても美味しかった。
お忙しそうだったので、さっと食べて出て行こうと思ったら、私のことを覚えていてくださり、私がうっかり名前を忘れていた店員さんまで、「あの時、劇良かったです、真夏の雪」と言ってくださり、嬉しかった。
作品を覚えていてくださったことが何より嬉しかった。
こういうことはほんの時々あって、全然知らない人が、作品を見てくださっていて、それだけで十分なのに、「良かった」とか、「面白かった」とか言ってくださることがある。
最近は上演から遠のいているけれど、続けてきたご褒美だと思って密かに喜ぶ。
イヤ、密かにではなくとっても喜ぶときもある。本当はめちゃくちゃ嬉しい。自分が褒められることより作品が褒められることが何よりうれしい。
だけど。
と、考えてみるとそれさえもほんのつかの間で。
それはやはりささいなことで、じゃあいったい私が一番嬉しい時はいつだろうって考えてみると、やはり、新しい作品が書けたとき。
私も、フェスのために新作を作ろう。
「下北沢ARENA」へ一緒に行った友人は本番を見に来れなかったので、あそこにピアノを置いて、ここまでお客さんを入れたんだよと、説明をした。
お店は相変わらずファンタジックな雰囲気で、また、ここで上演させてもらいたいと思った。「真夏の雪」も、また上演したい。
新しい作品を書こう。
SNSで情報を集めて、どうやらその方の住居周辺は大丈夫なようだった。
それでも状況は不明で、大変な時にお見舞いメールなどしたらご迷惑かもと逡巡していた。
すると、知り合いの老紳士から電話が入った。このブログにも、何度か書いたおじいちゃん。
その方は現在、70代前半で、長くお付き合いする彼氏がおられる。
その彼氏から最近連絡がないと、安否を心配されていた。
彼の年齢が80代前半だと知っていた私も、話を聞いて心配になった。
彼のおうちには奥さんがいらっしゃるので、連絡したいけどできない。もしも彼が病気などで動けない状況にいたりしたら。メールを送っても奥さんが見るだろう。それは不本意だった。彼のおうちを一緒に守ってきたとも言えるのに。
「最後に連絡があったのはいつなんですか?」
「半年くらい前」
半年間の音信不通。
死別。
「安否を確認する方法は、ひとつだけあるの」
彼の先祖代々のお墓がある場所を知っている。そこに名前が刻まれているかどうか。名前が無ければ、彼はまだ生きているということ。
ご婦人は、勇気を出して見に行ってくるという。
墓地で、友達と一緒に緊張しながらそっと墓石の名前を確認している彼女を想像する。まるで片思いの先輩の不在を確かめようと、靴箱を覗く女子高生のようだと思った。
でも、墓碑銘と靴では、結果の衝撃が違いすぎる。
不安を紛らわそうとそのままシャワーを浴びた。
嬉しくて、そのまま返事を入力していると、96歳の紳士から「明後日、退院します」と電話が入った。
どうやら老紳士の検査の結果も良かったみたい。
また雨は降るし、月日は流れる。
まだまだ下手くそで、練習途中の音色。
私は、うまくないピアノの音になんとなく情緒を感じる。
映画やお芝居でも、生活音として聞こえることがあるから、多くのひとが同じように感じているのかもしれない。
私も子供の頃、ピアノを習っていた。
幼稚園の頃はエレクトーン、小学校に上がってからピアノに変わった。
土曜日の夕方6時か、6時半から、30分間。
先生は男性で、有名な音大の先生だと聞いていた。
小学生の頃は「可愛がられているのかな」と、渋々受け入れていたけれど、思春期になるとさすがにイヤで、思い切って親に言った。
なぜだか分からない。
またあきらめて受け入れて、イヤなまま10 年以上ピアノ教室へ通い、結果ピアノと、中年のおじさんが嫌いになった。
そうか。
ちっとも上手くならないピアノを、なぜ親は高校生まで続けさせたのだろう。
何で私は、何度でも「イヤ」だと言わなかったのだろう。
たぶん今でも「イヤ」と言うのが苦手だ。
でも先日、そんな私が「イヤだ」と言い張ったことがあった。
家族を置いてレストランから帰る途中、6歳の姪に「イヤだということも大事なんだよ」と話して聞かせた。
小学校の時、ピアノを終えて帰って来ると、だいたい夕飯が用意されていて。
向かいのマンションから聞こえるピアノは「カントリーロード」で、昨日はお父さんらしき男の人が、演奏に合わせて歌っていた。上手くはないけど、気持ちよさそうだった。
今年の春に初めての旅公演で、上田の町へはじめて行った。
SNSやメールでも、このブログでも感想をいただいて、とてもとても嬉しかったです。
いろんな場所で、無料で、自分のセリフを聞いていただけることに、改めて喜びを感じました。