夫の事業の失敗で、丹精込めて手入れしていた自宅と庭を失うことになった五十代後半の主婦の話です。
今はウィークリーマンションに身を寄せている主人公は、家があきらめきれずに時々のぞきに行っています。
そこでは、新しい住人の三十代独身の女性作詞家が一人で暮らしています。
作詞家が外出した時に、主人公は我慢できずに庭に水やりをしてしまいます。
家や庭への執着が強いあまりに、精神のバランスを崩しているのかもしれません。
帰ってきた作詞家と出くわして対決する羽目になります。
最後に、庭への未練を断つためと称して、主人公は作詞家に庭へ埋められます(顔は外に出ているので、殺されたわけではありません)。
全体を通して、作詞家という有職女性を通して、川上の専業主婦に対する蔑視感が強く表れています。
特に主人公の場合、子どもがいないので専業主婦で人生をおくってきたことに正当性を主張できません。
しかし、主人公は五十代後半で、夫はそれより年上なので団塊世代なのでしょう。
その年齢の夫婦が、夫を仕事に集中させるために女性を専業主婦化させた社会的ないし政治的背景(その方が会社も国も効率が良かったのです)が無視されていて、この書き方は主人公にとってむごい気がします。
たしかに、三十代のどちらも成功した作家夫婦である川上からすると、このような女性に対する優越感はあるのでしょうが、もう少し相手の世代の立場に立った視点が必要だったのではないでしょうか。
児童文学にも多くの専業主婦が登場しますが、それを既得権のように主張したり若い世代が反動的にそれに憧れたりするのは決して肯定できませんが、前述したような歴史的な背景を理解した上で書かれるべきだと思います。
今はウィークリーマンションに身を寄せている主人公は、家があきらめきれずに時々のぞきに行っています。
そこでは、新しい住人の三十代独身の女性作詞家が一人で暮らしています。
作詞家が外出した時に、主人公は我慢できずに庭に水やりをしてしまいます。
家や庭への執着が強いあまりに、精神のバランスを崩しているのかもしれません。
帰ってきた作詞家と出くわして対決する羽目になります。
最後に、庭への未練を断つためと称して、主人公は作詞家に庭へ埋められます(顔は外に出ているので、殺されたわけではありません)。
全体を通して、作詞家という有職女性を通して、川上の専業主婦に対する蔑視感が強く表れています。
特に主人公の場合、子どもがいないので専業主婦で人生をおくってきたことに正当性を主張できません。
しかし、主人公は五十代後半で、夫はそれより年上なので団塊世代なのでしょう。
その年齢の夫婦が、夫を仕事に集中させるために女性を専業主婦化させた社会的ないし政治的背景(その方が会社も国も効率が良かったのです)が無視されていて、この書き方は主人公にとってむごい気がします。
たしかに、三十代のどちらも成功した作家夫婦である川上からすると、このような女性に対する優越感はあるのでしょうが、もう少し相手の世代の立場に立った視点が必要だったのではないでしょうか。
児童文学にも多くの専業主婦が登場しますが、それを既得権のように主張したり若い世代が反動的にそれに憧れたりするのは決して肯定できませんが、前述したような歴史的な背景を理解した上で書かれるべきだと思います。
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