現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

色川武大「名なしのごんべえ」怪しい来客簿所収

2019-07-08 08:18:06 | 参考文献
 戦前の東京の話です。
 そのころは、人々の行動範囲が狭く、テレビもなかったので、それぞれの町々(筆者の場合は、牛込や神楽坂など)が小社会を形成していたようです。
 町ごとに、小さな寄席や安い映画館があり、露店もずらりと立ち並んでいました。
 夜毎に、人々はそのあたりを散策して、露店をひやかしていたそうです。
 子どもだった著者もまた、自習塾へ行くと称して、毎夜そのあたりを徘徊していました。
 そこには、その小社会だけの人気者が存在していました。
 食べ合わせのタンカ売をしている薬売り、舌の裏に小さな笛を入れて器用にいろいろなメロディを吹く音符売り、鍾馗様のような髭を生やした熊公焼(あんこ巻)、バナナの叩き売り、大学帽をかぶり毎日決まった時間に高下駄で通りを往復するカランコロン、旗が大好きで葬式、お祭り、祝日、出征兵士の見送りなどで大活躍する旗バカなどです。
 しかし、彼らが生きていくだけの余裕のあった小社会は、やがて戦争(特に空襲)で一掃されて、彼らも姿を消します。
 その中で、著者が一番シンパシーを抱いていた世捨て人のような南京豆売りの婆さんだけは、戦後も焼け跡に姿を見せて、著者を祝盃をあげたいような気分にさせるのでした。
 こうした多様な人たちが一緒に暮らしていた小社会は、現在では望むべくもありません。
 人々は、その特性や境遇によって選別されて、互いにすれ違ったままで触れ合うこともなく暮らしています。
 現在のSNSの爆発的な広がりは、そうした人々の心の隙間を埋めるように見えて、実際は選別化をさらに加速しているのかもしれません。
 

怪しい来客簿 (文春文庫)
クリエーター情報なし
文藝春秋
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