日本児童文学学会の第51回研究大会で、発表された研究発表です。
映像化が、原作のある面に光を当てることを、分析していきます。
「ピーター・パン」(その記事を読んでください)は、ジェームズ・マシュー・バリーによって書かれて1904年に初演された戯曲で、その後、小説化もされ、何度も映画化されている児童文学の古典です。
2003年に作られたアメリカの実写版の映画は、私は未見ですが、原作に忠実に作ったと監督が公言しているそうです。
発表者は、「秘密のキスは何か?」と「フックはなぜ空を飛ぶか?」の二つのなぞに着目して、原作と映画の関係について考察しています。
まず、「秘密のキスは何か?」についてですが、「秘密のキス」はウェンディのほほに時々現れるキスマークのことです。
発表者は、「「秘密のキス」は大人の女性の証」だといいます。
そして、ネバーランドでウェンディだけが個室を持つのも、大人になる象徴であるとします。
この映画では、「全体が冒険的な少女の話として作られている」とされます。
その中で、「秘密のキスが妖精を信じるという意味を持つ」と分析します。
映画では、「冒険物から恋愛物への変化がみられる。戯曲よりも小説のほうが、女性の感情が強調されている。映画は成人女性の語り手を用いることによって、バリーの女性に対する冷ややかな視線から解放している。」と解説します。
そして、最後にウェンディがピーターに秘密のキスを与えてピンチを救うシーンは、「男性のしまいこまれた夢をピーターが象徴していて、それを大人になった女性であるウェンディが認めていることを象徴している。」と位置づけます。
「フックはなぜ空を飛ぶか?」については、「ネバーランドの夢の対象にフックも含まれている。フックもピーターと同様に大人にならないので空を飛ぶ。」と説明しています。
全体としては、「この映画では常に女性視線で見ているところが特徴だ」としています。
簡潔で要を得ていて、プロジェクターなども活用した上手なプレゼンテーションでした。
質疑の時間に、「原作から百年以上たっているが、ジェンダー観の変化はどうか?」と尋ねてみました。
「この映画では、原作に忠実ということもありますが、ジェンダーに関する考え方は、原作とあまり変わっておらず、男性を助けて家庭を守る女性が肯定されている。これは、アメリカにおける家族の見直しなどのジェンダーに対する揺り戻しがあるからだろう。1950年代のアニメ版では、女性の自立が描かれていた。しかし、この映画では、男性のジェンダー観が巧みに隠蔽されている。」と、発表者は答えていました。
このジェンダー観の揺り戻しは、新就職氷河期の日本でも起きて、過酷な就職活動を経験した若い女性の間で専業主婦志向が増加していました(現在は、就職状況が好転しているので、専業主婦志向は減っています)。
そのため、そういった女性は、結婚相手の条件として年収600万円以上をあげていますが、そんな収入のある20代、30代の男性は当時4%しかいなくて、その結果、未婚率の上昇、晩婚化、少子化などが深刻化しました。
このようなジェンダー観の揺り戻しを助長するかのような小説(例えば中脇初枝の「きみはいい子」など」も若い女性の中で人気がありましたが、そのような反動的なオールド・スキーム(古い仕組み)からパラダイム・シフトして、男女が対等に仕事も、家事や育児もこなすニュー・スキーム(新しい仕組み)になるように、政治を社会も人びとも努力しなければ、今日の経済格差、世代間格差、貧困、少子化などの問題は解決しないと思います。
私の子どもたちの周辺を見ていると、現在の若いカップルはその方向に進みつつあるようです。
女になった海賊と大人にならない子どもたち―ロビンソン変形譚のゆくえ | |
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玉川大学出版部 |