小学校の卒業アルバムに、森少年は六年三組のみんなとはべつの丸の中に写っています。
しかも、お岩さんのように左のほっぺたにあざができています。
顔面にデッドボールを受けて、学校を休んでいる間に記念撮影があり、森少年だけが自宅で撮影されたからです。
しかし、デッドボール事件にもいいこともありました。
保健室で、貧血で隣のベッド休んでいた同じクラスの水町玲子さんと知り合うことができたのです。
もともと二人は、同じ「つくし」というあだ名がある関係でした。
二人が休んでいる保健室には、バッハの美しい旋律が流れていました。
男の子と女の子の淡い恋の想い出を、バッハの旋律、俳句、手紙といった、今の読者からすると本当に古風な小道具を使って描いています。
森の大きな特長である子どものころの記憶の恐ろしく精密なディテールが、この作品でもいきています。
「少年時代の画集」の記事で指摘したように、この短編集あたりから森作品はかなり変質してきています。
現在を生きる子どもたちを描くよりも、過去の自分の少年時代を懐かしむ大人の森の視線がチラチラと現れ始めてきました。
このノスタルジックな雰囲気は、その後の作品ではさらに顕著になっていきます。
それにつれて、森作品は、現実に今を生きる子どもたちから離れていってしまったようです。
少年時代の画集 (児童文学創作シリーズ) | |
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