現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

安藤美紀夫「手品師の庭」でんでんむしの競馬所収

2017-10-11 13:52:41 | 作品論
 作者の代表作(1972年に刊行されて、翌年の児童文学関連の賞を総なめにしました)である「でんでんむしの競馬」の巻頭作です。
「露地には、ときどき表通りにはおこらない、ふしぎなことがおこります。いまも昔も、ちょっと昔も、それは、すこしもかわりません。」
 冒頭のこの文章で、京都市内の山陰線の土手の北側にある露地を舞台にして、不思議なことが起こるお話であることが告げられ、この作品だけではなく、連作短編集全体の作品世界の性格付けがなされます。
 この作品世界には、作者が「でんでんむしの競馬」を出版する前の1968年に翻訳した、イタリアの作家イタロ・カルヴィーノ「マルコヴァルドさんの四季」の影響が色濃く感じられます。
 「マルコヴァルドさんの四季」のような作品世界は、ファンタジーア・レアルタ(イタリア語で空想・現実を意味して両者が混在した世界)と呼ばれていて、この作品はまさにそうした不思議な世界を、アジア太平洋戦争中(文庫版の解説(その記事を参照してください)を書いている長谷川潮によると1938年から1940年の間頃)の京都市内の露地において描いています。 
 露地の住人の女の子チョコと男の子ハゲは、いつも閉ざされている手品師の家(その路地では群を抜いて大きな家です)の庭に、かんぬきがかかていなかったために入り込みます。
 そこでは、光の手品師となのる若い男が見せるファンタージアの世界(春の日差しの中で無数のチョウが飛び回ったり、二人のポケットからとのさまがえるや金魚が出てきたり、男のシルクハットからたまご(当時はめったにお目にかかれない貴重品でした)やチョコレートやキャラメルやドロップスなどが出てきたりします)と、レアルタの世界(知らず知らずのうちに、前にそ手品師の家の住み込みだった若い男が空き巣をするのを手伝わされたために、二人の母親たちは警察に連れていかれます。夕方になってようやく放免された母親たちによって、二人は夕食ぬきで家からほうりだされます)が交錯する世界が、詩的な表現を多用した美しい文章で語られています。
 「散文性の獲得」による長編を目指した「現代児童文学」の運動の中で中心的な役割を果たしていた作者が、このような詩的な短編(限りなく童話の世界に近いでしょう)を書いたのは、非常にロジカルな「現代児童文学」(定義などは関連する記事を参照してください)論者が、実は児童文学者の古田足日いうところの「童話的資質」(関連する記事を参照してください)に非常に恵まれていたことの証拠ではないかと思われます。

でんでんむしの競馬 (1980年) (講談社文庫)
クリエーター情報なし
講談社

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