作者の代表作のひとつで、一人旅物の決定版とも言える作品です。
この文庫本版は、単行本の「深夜特急第一便」の前半部分で、以下の三章から構成されています。
第一章 朝の光 インドのデリーの安宿で、出発してから半年になるのに、まだ本来の目的であるデリーからロンドンまでのバス旅行が始まっていないことに愕然とするところから始まり、なぜこの一人旅に出たかの発端が語られます。
第二章 黄金宮殿 手に入れたチケットが途中滞在可能だったので、何気なしに寄った香港での話です。黄金宮殿という名のラブホテル(というよりは、昔ながらの連れ込み旅館といった方がしっくりきます)を根城にして、露店街やフェリーや港などのあちこちを歩き回る熱狂の日々です。
第三章 賽の踊り 黄金宮殿に荷物を残したまま、何気なく立ち寄ったマカオ(香港からは水中翼船で1時間ちょっとで行かれます)での、大小という博打にはまった別の意味(一時は大きく負けて、本来のバス旅行がスタートする前に断念しなければならない窮地に陥ります)で熱狂の日々です。
「深夜特急」は、出版当時、多くの若者の一人旅への憧れを刺激して、ベストセラーになりました。
実際に、この本の通りに、一人旅をした人たちもたくさんいたことでしょう。
私も、初めて読んだ時には、一人旅への強い憧れを抱きました。
特に、香港のどこまでも続く露店街での放浪やマカオでの博打への耽溺には、いつかはやってみたいとさえ思いました。
幸か不幸か、この本を読んだ時には、結婚して子どももいましたので、作者のように何もかも放擲して一人旅に出ることはできませんでした。
後日、リノのカジノに泊まった時や、台北の夜市に行った時には、この作品で描かれたものに近い風景に出くわしましたが、その時はすでにそれらに耽溺することはできませんでした。
その時、もう自分は一人旅をするには年を取りすぎてしまったんだなあと、寂しさにも似た気分を味わったことを覚えています。