孫文さんの“多摩たまの隠れ部屋”ブログ編

「孫文さんの“北京の隠れ部屋”」を「孫文さんの“多摩たまの隠れ部屋”」に変更しました。

65年目の暑い夏

2010年08月16日 01時27分00秒 | 北京雑感 (北京の話題何でも)
8月15日の北京は雲ひとつ無い暑い晴天だった。蝉がミンミンと鳴いてる。
1週間前に出かけた抗日戦争記念館が8月14日まで閉館だったので、8月15日という重い日ではあるが、もう1度出かけてきた。
今日は特別な日なので、入場料は無料。 中国人たちは身分証明書を提示して入場券をもらっている。私もパスポートを提示して入場券をもらった。
美人の係員に、“日本人だけど、これパスポート”と言ってパスポートを出すと、
係員は“ゆっくり観てってね”と言って入場券をくれた。
ハルビンの731部隊の跡地を見学した際、零下10度の寒空に“あなたは日本人か?”と言われた以上の重さを彼女の笑顔から感じた。

入場券


抗日戦争記念館の建物
抗日戦争記念館は以前も訪問しているので展示内容は知っているので、中国人の見学者にまじって早足で各展示を見る


館の入り口で説明を聞く中国人


帝国陸軍将校の中国人100人切り競争を報道の東京日日新聞の新聞記事
(この新聞記事が展示から消えることは無いだろうなぁ…)
(以前、この記事を観ながら泪を流している中国人を見た。 戦後65年たっても重い記事である)
(この100人切り報道内容には異論もあるようだ。戦争という中でマスコミとはどうあるべきか、そしてプロパガンダとしてのマスコミの功罪も考えてみたい。 しかし、いずれにしても、ここで展示されている記事は当時の日本の新聞である)


地下の売店で売っている郵便切手
(この封筒に書かれている、77、815、93,918、1213の数字は中国人にとって忘れられない数字であることを意識しておくことが重要。日本人は忘れていても、中国では愛国教育で叩き込まれている。)


正視歴史 祈日中友好 永久平和
とはいえ、抗日戦争記念館は過去の展示だけではない、未来に向けた展示もある。
これは、1995年当時の村山首相訪中の際に記載した書。  


記念館を出て街角を歩くと、中国人たちが将棋を行っていた。周囲は見学の人だかり。
平和って、普段は感じないものなんだなぁ…
1937年の今頃、この場所は大変な事態が発生していた現場なのです。

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