根府川の海 石垣りん
根府川
東海道の小駅
赤いカンナの咲いている駅
たっぷり栄養のある
大きな花の向うに
いつもまっさおな海がひろがっていた
中尉との恋の話をきかされながら
友と二人ここを通ったことがあった
溢れるような青春を
リュックにつめこみ
動員令をポケットに
ゆられていったこともある
燃えさかる東京をあとに
ネーブルの花の白かったふるさとへ
たどりつくときも
あなたは在った
丈高いカンナの花よ
おだやかな相模の海よ
沖に光る波のひとひら
ああそんなかがやきに似た
十代の歳月
風船のように消えた
無知で純粋で徒労だった歳月
うしなわれたたった一つの海賊箱
ほっそりと
蒼く
国を抱きしめて
眉をあげていた
菜ッパ服時代の小さいあたしを
根府川の海よ
忘れはしないだろう?
女の年輪をましながら
ふたたび私は通過する
あれから八年
ひたすらに不敵なこころを育て
海よ
あなたのように
あらぬ方を眺めながら……。