検察側の「過失」と考えている論点について、裁判記録が出ていたので少し判りました。
医と健康のフリーマガジン「Lohas Medical ロハス・メディカル」ブログ 福島県立大野病院事件第三回公判(2)
もう1ヶ月以上前になっていたようです。
この検察側証人尋問での狙いは、たぶん次のものであると思われた。
・胎盤剥離をクーパーを用いて行ったこと
・クーパーを用いたことが大量出血の原因となったこと
(「クーパー」というのは、簡単に言うと「ハサミ」のこと)
<検察側ストーリーとしては、大量出血が予想できたのに予期していなかったこと(予見性の問題)、更に上記2つ(器具選択と手技的誤り、その結果出血を招いた)に続発して、大量出血が原因で死亡に至った、故に執刀医は業務上過失致死罪である、と。>
まず、検察官の想定しているであろうことを考えてみたい。それはまず誤解であろうな、と。
恐らく、血管からの出血というものについて考える時、血管というのは水道管に接続するようなゴムホース(庭に水をまく時に使ったりするヤツ)みたいなものを想定しているのではなかろうか?で、そのゴムホースを、「誤って切断してしまった」と。すると、ジャブジャブ漏れるよね、と。切断したのは、「クーパーだった」と。きっと、こんな感じで考えているんじゃないのかな。
血管のイメージは近いかもしれないが、それは相当デカイ血管だけだ。それと、大血管の出血は確かに断面積が大きいので大量に出血するだろうが、逆に止血しやすいはずだろう。何故なら、「デカイ」からだ。出血点を確定しやすいのと、血管を縫合すれば確実に止められる。出血点が明確である時には、かなり強力な圧迫で止血効果が得られるし。摘出臓器に繋がる血管なのであれば、完全結紮してもOKだろうから、気がねなく閉じられるだろう(血管を必ず残さねばならない時には、血管の断端を確実に繋がなければならないので、逆に大変になるだろう)。つまり、ちぎれたゴムホースの口を糸で完全に閉じてしまうことができる、ということで、これなら出血は止められるのである。検察官のイメージする血管というのが、「デカイ血管を切ったのだから、出血が多くなるはずだろう」というものだと思うが、それは多分違うだろう。
次に、そんなゴムホースみたいなデカイ血管が完全切断されるか、というと、それはほぼ有り得ないだろう。ホースの一部分だけ亀裂みたいに損傷することは有り得ても、離断というのは有り得ないと思う。それと、血管の太さだが、大腿動静脈みたいに本当に太いのはあるが、子宮にはそんな太さの血管はあるのでしょうか?よく知らないけれども、もっと細いんじゃなかろうか。
逆に、血管が細くて、多数の出血点からジワジワ出る方が出血は多くなるだろうし、止血しづらいのではなかろうか。同時にいくつもの止血操作ができないからだ。医師の数は限られているし、手の数は決まっているので物理的に限界があるからだ。出血点が多数に及べば、「どこから出血しているか」というのが確定しにくくなり、細動脈とかの結紮が困難になるだろう。検察官のイメージでは、風呂に水を張るみたいに「太いゴムホース」からジャーっと出てるから「大量出血」、実際にはそうではなくて、1つひとつは「細くて小さい」が同時にあちこちから出血するので止血困難=結果的に「出血量が多くなる」なんだろうと思う。
もう1つの論点、クーパーの使用のことだが、これが過失に該当する、というのは立証はかなり難しいと言えよう。その理由は、
①クーパーを用いたのは「切る」ためではなく、「剥離する」ためである
②器具選択は医師の好みや得意なものなどがある
③教科書的な使用方法しかできない方が技術的に未熟である
なのではないかと思うからだ。
実際にググッてみると、出てきました。
コレ>基本的な外科手術器械
ここで、そもそもクーパーというのは、その形状が「鈍」で、さきっちょで突き刺したり切ったりというのはできない器具なのである。他の器具(写真ではメッツェンやメーヨー)ではもっと尖がっていたりするから、さきっちょで切ったりできるかもしれんが。
更に言うと、剥離用の剪刀があるのだが、こちらの方がよっぽど鋭いぞ。
コレ>剪刀 耳鼻科用ハサミ
耳鼻科用のものだから、というのもあるかもしれないが、元々「剥離剪刀」というのはクーパーよりも細くて鋭くできており、検察官が勘違いをしているような「クーパーで血管を傷つけた、切った」ということは、「剥離専用」の剪刀の方がはるかに起こりやすそうではないですか(笑)。クーパーが「切れる」というのはあくまで「剪断力」で(ハサミの基本原理とはそういうものですよね?)、ちょっと根本の方で切れるのであって、さきっちょで鋭く切れたりはしないのである。血管みたいな丈夫なものを切るには、完璧に刃と刃の間に挟み込み、根本側でしっかり切らねば切断なんかできない。血管と周囲組織は想像以上に丈夫なもので、たとえていうと、髪の毛をひと束掴んで引っ張っても中々千切れないのと似ている。糖尿病の老人とかの「ボロボロの血管」とかでもない限り、そう簡単に切れたりはしない。でも、一定以下の細い血管ならば手で引っ張れば離断するだろう。
「巻き寿司」みたいなものを考えるといい。包丁とかで切るのは簡単だが、手で引きちぎろうとすると結構難しいでしょう。しかも、ちぎれた断面はギザギザになる。手で胎盤剥離すれば、その断面は鈍的になるので、巻き寿司の断面がギザギザになるのと一緒であろう。もしも剥離操作の時に、ハサミの刃で切り離すという操作を行っていたのであれば、手で剥がすよりも簡単に引き剥がされる。髪の毛のひと束を手で引き抜くよりも、ハサミで切る方が時間もかからず容易に決まっているのだ(笑)。クーパーで「切って」離そうとした、ということは、極めて考え難いのである。それなら、いっそ電メスで切る方が何倍も簡単で早いのだし。
ハサミ=剪刀という名称なので、検察官の「先入観」があるのではないかと思う。これは切るためだけの道具なのではない。剥離する時、剥離剪刀をどのように用いるのかと言えば、殆ど切らないで「開いて使う」のである。普通の工作のハサミならば、親指と薬指を穴に入れているとすれば、その両方の指を閉める(近づける)ことで「切る」という動作を行うだろう。ところが剥離動作では逆に動かす。開くのである。簡単に言えば、完全に閉まっているハサミで刃の部分が開いていく動きをする、ということである。これは親指と薬指を開いていくということであり、通常のハサミで切る動作とは全く逆の動作なのである。これが「剥離」の殆どの操作である。切って離すのではない。まるで暖簾を両手で左右に開くかのように、剪刀の先を目標部分に挿入し刃の部分が開く動作で剥離が行われるのである(勿論、結合組織等を切ることもできるので、時には本来のハサミとして使うこともあるだろうが、その機会はかなり少ない)。
どのような術場であっても、全ての用具・器具が揃っているかといえば、そんな理想的な術場ばかりとは限らないのである。通常のセットに入っていない「剥離専用の剪刀」を出してくれ、とか看護師に常時頼めるだろうか?急いでいる時に、求める器具が滅菌されていないかもしれないし、剥離専用の剪刀を探し求める時間すら惜しいことはあるかもしれない。そうであれば、代用可能な器具があれば、それを用いることは何ら不思議ではない。戦場で「器具の○○がないから、君の処置はできないんだよ」などと言うことがあるだろうか?術場とは、戦場と同じなのである。「○○がないから、~ができない」などという言い訳をするのは、大体下手くそとか不器用な人間が多いに決まっており、器用で上手けりゃ最小限の道具だけで同じことができてしまうのである。道具とはそういうものだ。包丁だって、たくさん種類もあれば、専用のものも多いのだが、技術的に上手けりゃ、1本の包丁で色々なことができてしまうのと何ら変わりない。刺身包丁がないからといって、「刺身包丁がないから、刺身が切れません」とか言うヤツがいたら、是非ともお目にかかりたいものである。
より完璧性とか時間的効率を求めて行けば、当然専用の器具があった方がいい場合は多いだろう(その為に術式や分野によって専用器具が開発されてきた)。しかし、限られた環境の中で、全ての器具が揃っていなくたってやらねばならないのだし、それが「できる」というのは、より優れた技術がなければできないのだ。剥離専用の剪刀がなくたって、クーパーでそれができてしまうことは、上手を意味することはあっても、不手際とか技術的未熟さを意味することはない。基本は大事だが、その後の工夫や技術的向上で道具をカバーできるようになるのである。魚のサバキ専用包丁?がなくたって、愛用の出刃包丁1本で同じく3枚におろすことができてしまう人がいても不思議ではないのである。
そういうわけで、検察側の想定している論点は否定的であると考えている。
弁護側戦術としては、過失立証に必要な部分をつき崩すことで、クーパーを用いたこと、クーパー使用ゆえに大量出血したこと、この両方を否定することは可能であると思う。従って
・剥離剪刀の代わりにクーパーを用いても過失とは言えない
・出血原因はクーパーを用いて剥離したことではない
を反論として言うべきではないかと。
肝臓の部分切除みたいな場合だと、肝組織そのものに血管が豊富なので大量出血は予想されるのだが、それは組織的特徴なのであって、使用器具の問題なのではないのである。
医と健康のフリーマガジン「Lohas Medical ロハス・メディカル」ブログ 福島県立大野病院事件第三回公判(2)
もう1ヶ月以上前になっていたようです。
この検察側証人尋問での狙いは、たぶん次のものであると思われた。
・胎盤剥離をクーパーを用いて行ったこと
・クーパーを用いたことが大量出血の原因となったこと
(「クーパー」というのは、簡単に言うと「ハサミ」のこと)
<検察側ストーリーとしては、大量出血が予想できたのに予期していなかったこと(予見性の問題)、更に上記2つ(器具選択と手技的誤り、その結果出血を招いた)に続発して、大量出血が原因で死亡に至った、故に執刀医は業務上過失致死罪である、と。>
まず、検察官の想定しているであろうことを考えてみたい。それはまず誤解であろうな、と。
恐らく、血管からの出血というものについて考える時、血管というのは水道管に接続するようなゴムホース(庭に水をまく時に使ったりするヤツ)みたいなものを想定しているのではなかろうか?で、そのゴムホースを、「誤って切断してしまった」と。すると、ジャブジャブ漏れるよね、と。切断したのは、「クーパーだった」と。きっと、こんな感じで考えているんじゃないのかな。
血管のイメージは近いかもしれないが、それは相当デカイ血管だけだ。それと、大血管の出血は確かに断面積が大きいので大量に出血するだろうが、逆に止血しやすいはずだろう。何故なら、「デカイ」からだ。出血点を確定しやすいのと、血管を縫合すれば確実に止められる。出血点が明確である時には、かなり強力な圧迫で止血効果が得られるし。摘出臓器に繋がる血管なのであれば、完全結紮してもOKだろうから、気がねなく閉じられるだろう(血管を必ず残さねばならない時には、血管の断端を確実に繋がなければならないので、逆に大変になるだろう)。つまり、ちぎれたゴムホースの口を糸で完全に閉じてしまうことができる、ということで、これなら出血は止められるのである。検察官のイメージする血管というのが、「デカイ血管を切ったのだから、出血が多くなるはずだろう」というものだと思うが、それは多分違うだろう。
次に、そんなゴムホースみたいなデカイ血管が完全切断されるか、というと、それはほぼ有り得ないだろう。ホースの一部分だけ亀裂みたいに損傷することは有り得ても、離断というのは有り得ないと思う。それと、血管の太さだが、大腿動静脈みたいに本当に太いのはあるが、子宮にはそんな太さの血管はあるのでしょうか?よく知らないけれども、もっと細いんじゃなかろうか。
逆に、血管が細くて、多数の出血点からジワジワ出る方が出血は多くなるだろうし、止血しづらいのではなかろうか。同時にいくつもの止血操作ができないからだ。医師の数は限られているし、手の数は決まっているので物理的に限界があるからだ。出血点が多数に及べば、「どこから出血しているか」というのが確定しにくくなり、細動脈とかの結紮が困難になるだろう。検察官のイメージでは、風呂に水を張るみたいに「太いゴムホース」からジャーっと出てるから「大量出血」、実際にはそうではなくて、1つひとつは「細くて小さい」が同時にあちこちから出血するので止血困難=結果的に「出血量が多くなる」なんだろうと思う。
もう1つの論点、クーパーの使用のことだが、これが過失に該当する、というのは立証はかなり難しいと言えよう。その理由は、
①クーパーを用いたのは「切る」ためではなく、「剥離する」ためである
②器具選択は医師の好みや得意なものなどがある
③教科書的な使用方法しかできない方が技術的に未熟である
なのではないかと思うからだ。
実際にググッてみると、出てきました。
コレ>基本的な外科手術器械
ここで、そもそもクーパーというのは、その形状が「鈍」で、さきっちょで突き刺したり切ったりというのはできない器具なのである。他の器具(写真ではメッツェンやメーヨー)ではもっと尖がっていたりするから、さきっちょで切ったりできるかもしれんが。
更に言うと、剥離用の剪刀があるのだが、こちらの方がよっぽど鋭いぞ。
コレ>剪刀 耳鼻科用ハサミ
耳鼻科用のものだから、というのもあるかもしれないが、元々「剥離剪刀」というのはクーパーよりも細くて鋭くできており、検察官が勘違いをしているような「クーパーで血管を傷つけた、切った」ということは、「剥離専用」の剪刀の方がはるかに起こりやすそうではないですか(笑)。クーパーが「切れる」というのはあくまで「剪断力」で(ハサミの基本原理とはそういうものですよね?)、ちょっと根本の方で切れるのであって、さきっちょで鋭く切れたりはしないのである。血管みたいな丈夫なものを切るには、完璧に刃と刃の間に挟み込み、根本側でしっかり切らねば切断なんかできない。血管と周囲組織は想像以上に丈夫なもので、たとえていうと、髪の毛をひと束掴んで引っ張っても中々千切れないのと似ている。糖尿病の老人とかの「ボロボロの血管」とかでもない限り、そう簡単に切れたりはしない。でも、一定以下の細い血管ならば手で引っ張れば離断するだろう。
「巻き寿司」みたいなものを考えるといい。包丁とかで切るのは簡単だが、手で引きちぎろうとすると結構難しいでしょう。しかも、ちぎれた断面はギザギザになる。手で胎盤剥離すれば、その断面は鈍的になるので、巻き寿司の断面がギザギザになるのと一緒であろう。もしも剥離操作の時に、ハサミの刃で切り離すという操作を行っていたのであれば、手で剥がすよりも簡単に引き剥がされる。髪の毛のひと束を手で引き抜くよりも、ハサミで切る方が時間もかからず容易に決まっているのだ(笑)。クーパーで「切って」離そうとした、ということは、極めて考え難いのである。それなら、いっそ電メスで切る方が何倍も簡単で早いのだし。
ハサミ=剪刀という名称なので、検察官の「先入観」があるのではないかと思う。これは切るためだけの道具なのではない。剥離する時、剥離剪刀をどのように用いるのかと言えば、殆ど切らないで「開いて使う」のである。普通の工作のハサミならば、親指と薬指を穴に入れているとすれば、その両方の指を閉める(近づける)ことで「切る」という動作を行うだろう。ところが剥離動作では逆に動かす。開くのである。簡単に言えば、完全に閉まっているハサミで刃の部分が開いていく動きをする、ということである。これは親指と薬指を開いていくということであり、通常のハサミで切る動作とは全く逆の動作なのである。これが「剥離」の殆どの操作である。切って離すのではない。まるで暖簾を両手で左右に開くかのように、剪刀の先を目標部分に挿入し刃の部分が開く動作で剥離が行われるのである(勿論、結合組織等を切ることもできるので、時には本来のハサミとして使うこともあるだろうが、その機会はかなり少ない)。
どのような術場であっても、全ての用具・器具が揃っているかといえば、そんな理想的な術場ばかりとは限らないのである。通常のセットに入っていない「剥離専用の剪刀」を出してくれ、とか看護師に常時頼めるだろうか?急いでいる時に、求める器具が滅菌されていないかもしれないし、剥離専用の剪刀を探し求める時間すら惜しいことはあるかもしれない。そうであれば、代用可能な器具があれば、それを用いることは何ら不思議ではない。戦場で「器具の○○がないから、君の処置はできないんだよ」などと言うことがあるだろうか?術場とは、戦場と同じなのである。「○○がないから、~ができない」などという言い訳をするのは、大体下手くそとか不器用な人間が多いに決まっており、器用で上手けりゃ最小限の道具だけで同じことができてしまうのである。道具とはそういうものだ。包丁だって、たくさん種類もあれば、専用のものも多いのだが、技術的に上手けりゃ、1本の包丁で色々なことができてしまうのと何ら変わりない。刺身包丁がないからといって、「刺身包丁がないから、刺身が切れません」とか言うヤツがいたら、是非ともお目にかかりたいものである。
より完璧性とか時間的効率を求めて行けば、当然専用の器具があった方がいい場合は多いだろう(その為に術式や分野によって専用器具が開発されてきた)。しかし、限られた環境の中で、全ての器具が揃っていなくたってやらねばならないのだし、それが「できる」というのは、より優れた技術がなければできないのだ。剥離専用の剪刀がなくたって、クーパーでそれができてしまうことは、上手を意味することはあっても、不手際とか技術的未熟さを意味することはない。基本は大事だが、その後の工夫や技術的向上で道具をカバーできるようになるのである。魚のサバキ専用包丁?がなくたって、愛用の出刃包丁1本で同じく3枚におろすことができてしまう人がいても不思議ではないのである。
そういうわけで、検察側の想定している論点は否定的であると考えている。
弁護側戦術としては、過失立証に必要な部分をつき崩すことで、クーパーを用いたこと、クーパー使用ゆえに大量出血したこと、この両方を否定することは可能であると思う。従って
・剥離剪刀の代わりにクーパーを用いても過失とは言えない
・出血原因はクーパーを用いて剥離したことではない
を反論として言うべきではないかと。
肝臓の部分切除みたいな場合だと、肝組織そのものに血管が豊富なので大量出血は予想されるのだが、それは組織的特徴なのであって、使用器具の問題なのではないのである。