福井総裁の功罪について、市場関係者たちからの評価が出されていた。面白かったよ。
私の評価としては、及第点には届かなかったと言っておこう。100点満点で45点くらいかな。
多分、個人的な付き合いの上でなら、いい人なんだろう。実際に会えば好きになるかもしれない。学もあるし、経歴も立派だ。それなりに働く知恵も、政治的嗅覚も持ち合わせていたであろう。だがしかし、負うべき汚点はあったのが痛恨ではあった。「ノーパンシャブシャブ」だの(これは当時知らず、後日知った)、「村上ファンド」だの、割と「つまらない小石」につまずいて転ぶ人でちょっと可哀想だな、と思わないでもない。福井さん本人に全ての責任があったわけではないのかもしれないが、日銀総裁(或いは副総裁)という立場にあって、その権威と重みを本人自身が判っていなかったのかもしれない。その点で「日銀の水」に馴れすぎていた嫌いがある。
とはいえ、評価できる点がないわけではない。デフレ脱却に向けて量的緩和等、これまでの日銀がとってこなかった政策実行に踏み切った勇気は評価できる。それは日銀内の「政策ブレーンたち」が有していた政治力学上のバランスによっていたのかもしれないが。それにしても、「今ここでやるべきこと」という最も重要な決断や適切な政策選択・決定という部分において、ヘンに旧式の「日銀哲学」「日銀的思想」みたいなのが色濃く反映され、結果的には福井さんの任期中に「デフレ脱却」を達成できなかった。このことは、福井総裁に大きな責任があるとしても、政策委員やサポート部隊の官僚チックな日銀マンも含めて、全員が猛省するべきだろう。あなた方は一体何年かかってこの問題に取り組み、どのような結果を出したのか、という質問に対して、明快な答えを用意しておくべきだ、ということ。
普通の国の経済において、これほど長きに渡るデフレ期間が存在していたことがあったのだろうか?
仮に日本経済が重病であったにせよ、「やります、やります、やってます」とか適当に言いながら政策を実行していて、実際には一度も「デフレは脱却できました」と宣言することさえできなかったということは、一般社会では重大な債務不履行と捉えられても仕方がないであろう、ということ。殆ど詐欺的である、と言っても過言ではない。たとえば「この薬を使えば多分こうなるでしょう、病状が改善するのは間違いありません」とか、言っておきながら、実際には病気がよくなるどころか悪くなっていったのだということ。日銀は10年以上かかっても、デフレを脱却できない役立たずの無能者でした、と日銀が謝罪発表でもやってみてはどうか。
日銀に欠けていたのは、「八方手を尽くす」とか「治せるのは自分たちしかいない」という責任感と覚悟である。福井総裁は、少しトライしてみたものの、06年春からの政策運営において「功を焦った」のだ。総仕上げに向けて、デフレ脱却達成ということを、金利正常化ということを、ラスト2年でできると勘違いし、判断を誤ったのだ。好転してきた時にこそ落とし穴が待っている、というごく普通の経験則(笑)が福井総裁には思い浮かばなかったのだろう。ラスト2年で、年0.5~1%上げていけば(3~4ヶ月に1回程度で0.25刻みくらい?)、そこそこ金利は戻せるはず、と読んでいたのではないだろうか。その功績に目が眩み、判断も先行き見通しも見誤らせる結果となったのだ。人間というのは、得てしてそういうものなのだ。事故なんかと同じさ。リスクを見落としてしまう。
そういうわけで、福井さんを嫌いなわけではないが、及第点をあげることはできない。これまでの総裁同様、デフレ脱却チャンスを潰した罪は重い。
今後の総裁選びに話を戻そう。
民主党の言い分は、最低である。今の福田政権もどうしようもないが、民主党もどうしようもない。「ガソリン値下げ隊」とかいうロクでもない政策に続いて、日銀総裁選びに又してもロクでもない理由を出してきた。それも、党内で複数の議員たちが熟慮した結果だというのだから、なお恐ろしいのだ(笑)。
また喩え話で申し訳ない。
食堂にお父さんと娘が行きました。お父さんは言いました。
父 「何を食べるか、父さんがまず決めて言うから。とりあえずラーメンは?」
娘 「ラーメンはヤダ」
父 「どうして?ラーメンは早いし、いいんじゃない?」
娘 「ラーメンは熱いしノビるからヤダ」
父 「しょうがないな、じゃあカレーライスは?」
娘 「反対。とりあえず」
父 「何が気に食わないの?」
娘 「だってお父さんが決めたから。だからヤダ」
父 「なら、何が食べたいんだよ。言ってごらん」
娘 「お父さんが決めたものには反対。理由はお父さんが決めたから」
父 「反対だけじゃ分らないよ。自分で決めたものを言ってごらん」
娘 「…今は言えない。とりあえず反対」
父 「……???」
これじゃ永久に決められないだろ(笑)。
最低限、反対理由を述べて除外すべき条件を提示するとか、自分が決めたメニューを宣言するとかしないと、ただ反対されてもどうしようもない。こういう親子が実際にいるとも思わないが、民主党はこの娘とほぼ同じだ、ということ。もし反対するのであれば、総裁若しくは副総裁の条件として、例えば
・財務省(or官僚)出身者以外
・日銀出身者は1名以上
・企業(or金融)実務経験者が望ましい
・学者は含めるな
・政策委員経験者は含めるな
とか具体的に出さないとダメだろう。それが最低限の常識ってこと。
先の娘の場合なら、パスタ以外の麺類はヤダ、ご飯モノや丼モノはいい、匂いのきついのはヤダ、肉類はいいけど魚はヤダ、とか、出せってこと。
それか、ズバリ「ピザにして」とかピンポイントで言えってこと。
なので、民主党の案として、総裁は誰、副総裁は誰と誰、みたいに出すか、除外条件とか適合条件を示さない限り、決めようがない。そもそもハナなかそんな気はないのだろうけど。ただ単に反対して困らせたいだけ。こういうのを無責任という。しかも、民主党の恐ろしい所は、こうした戦術で国民支持が得られるであろう、ということを読んでいるからこそ、今の路線を選択しているのであって、その感性が国民の考えているのと大きくズレているということに自ら気付けないことである。総裁選びが紛糾して、一体誰が得をすると言うのであろうか。
国民は別に福井総裁になろうが、ムトウさんになろうが、誰だって大して変わりなどないのである。国民側から具体的に「○○さんにして欲しい」みたいな願いなんてないよ、きっと。それは日銀の政策というものが、大部分が国民にはよく分らないから、そのトップにどんな人がなろうともよく分らないもの。金融政策に精通している人かどうか、みたいなものを選ぶことなんて、多くの国民には難し過ぎるもの。まるで最高裁判事を決めるのに、誰かの名前を1人挙げてみてください、みたいなもんだ。殆どの国民には「よく分らない」としか言いようがない、ということ。多分、誰でもいいけどちゃんとやって下さいね、きちんとできる有能な人を選んで下さいね、ということしかないだろう。
これ以上に民主党の恐ろしいところは、総裁人事云々とか適任者云々とか、そういうことではなく、経済や金融政策に対する誤解というべき認識を持っていることである。それも、経済音痴な普通の人、とかではなく、重要なことを決めるべき国会議員が誤った認識を抱いたままなのである。経済運営に対する知識も理解もない、ということが、次期政権を狙うと公言している政党をしてそうなのであるから、事態は深刻なのである。
再送:〔永田町ウォッチャー〕民主党内に超低金利の副作用めぐる議論浮上、武藤氏けん制の思惑 マネーニュース 最新経済ニュース Reuters
(一部引用)
「これから日銀の金融政策を担う人は、超低金利政策や国債買い入れ(の増額)という副作用について総括・反省しなければならない」──。民主党の国会同意人事を検討する小委員会の仙谷由人小委員長は14日、国会内で記者団に対して3月19日に任期満了を迎える福井俊彦日銀総裁の後任は、これまで日銀が実施してきた量的緩和やゼロ金利などの超緩和政策が及ぼした副作用を十分に検証して金融政策を運営していく必要があるとの認識を示した。民主党内では、財政と金融の分離の原則を主張するグループが存在するが、加えて金融政策の副作用問題の議論も出てきたことで、民主党内の武藤敏郎副総裁の昇格をけん制する動きがさらに活発化する可能性も出てきた。
仙谷小委員長は具体的な副作用について「(日銀は)先進国の中央銀行ではあり得ない毎月1.2兆円の国債買い入れをやっている」とした上で、「その結果、円を必要以上に安くし、庶民の金融資産に金利がほとんど発生しない状況を続けている。これによって内需拡大のお題目が消し飛び、外需依存の経済構造が治癒(ちゆ)できなくなっている」と指摘。「今ほど日銀の政治・財政からの自立・独立が重要になっている時期はない」と強調した。
民主党筋によると、党内では小委員会を中心に、これまでの日銀の金融政策運営について、1)超低金利政策による家計から企業への所得移転、2)国債買い入れオペの増額による財政政策との緊密化、3)超緩和政策による円キャリートレードを通じた米サブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅融資)問題との関連や原油価格高騰など投機マネーの増大──などを問題視する声が出ており、小委員会ではほぼ共通認識になっている。
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この小委員会のメンバーらは、日銀以上に「デフレ親衛隊」なんだよ。「利上げ至上主義者」とでも呼ぶべきか。単なる無知なのか、誤解なのかよく判りませんが、このような方々に重要な経済財政運営を託した場合、日本は本当に転覆しかねない。日銀の誰でもいいので、きちんとレクチャーでもしてあげたらどうでしょうか(笑)。説明会とか、勉強会でもやってもらわないと、超強硬金融引締め派を今後も生み出してしまうことでしょう。
上で示された3点について、経済音痴の私が一応反論をしておきましょう。
1)超低金利政策による家計から企業への所得移転
企業貯蓄が増大し家計貯蓄減少となった原因としては、主として税制による影響が大きいのではないかと思われます。具体的には法人税減税ということです。金利が低いことが必ずしもその理由とはなりません。家計は銀行金利が低ければ、企業の株を買うなどして他に投資するのを選択すればいいだけだからです。むしろデフレの影響によるものと思います。それはキャッシュを持っているだけで利息がつく―すなわち「実質金利が高い」状態ということです。
また、景気回復局面では企業業績が改善しても賃金上昇には反映されず、企業はキャッシュとして保有しておくことを選択することが多かった為に、企業貯蓄は増大しましたが家計所得は増えなかった為に家計の余剰分(貯蓄に回されるであろう余ったお金)が増えなかったということだと思われます。これは低金利ということに関係なく、企業が「稼いだ金を溜め込んでほかに回さない」という、これもデフレ下の行動としては妥当な結果となってしまうのです。
従って、企業貯蓄が増加し家計貯蓄の減少に至った理由としては、デフレだから、法人税減税があったから、といった要因が主で、低金利だからというのは殆ど関係がなさそうかな、と思います。
2)国債買い入れオペの増額による財政政策との緊密化
これは国の財政を助ける為というのが第一義ではありません。日銀が紙幣発行残高を保有国債残高以下としているのであり、そもそも紙幣発行残高が多ければそれだけ多くの国債保有が必要になってしまいます。買入は国債を持っている限り、順繰りと入れ替わっていかねばならないことは明らかです。それが一気に入れ替えとかになったら、国債市場に多大なインパクトを与えてしまうことになるでありましょう。
初期の頃にそうしたことを書いたりしていましたが(
経済学は難しい3、
経済学は難しい4)、日銀資産の国債比率は米国より低いだろう。別に政府の借金を助ける為に国債を買っているわけではない、ということ。
国債買い入れは、金利を上げない為でもなければ、借金肩代わりをする為ではありません。
3)超緩和政策による円キャリートレードを通じた米サブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅融資)問題との関連や原油価格高騰など投機マネーの増大
民主党議員か秘書さんたちか知りませんが、私の陰謀論ブログ記事を読みすぎなんでは?(笑)
しかも、誤読だし。
これは冗談として、超緩和政策が原因なんて一度も書いたことなんてないと思うのですけど。私の陰謀論によれば、ヘッジファンドの巨額マネーは一種の政治的脅しとして用いることが可能ですね、と言っているだけです。ある要求を相手国側に呑ませる為に、実際に仕掛けることは可能である、と述べたまでです。それは日本の低金利があるから、というのは関係がありません。
日本の金利が低いのは事実です。で、これが他の国との金利差によって儲けられる、としますか。となると、無条件に儲けることができる取引には、みんな殺到するでしょう。世の中のどこにそんなオイシイ話がありますか。ないですよね?であると、日本円を借りて調達し、ドルでもユーロでも投資して儲かるなら、みんな有り金の殆どをつぎ込みますって。
しかし、その取引は永続できない。日本円を借りてドルやユーロで運用となれば外貨を買うことになるので、円は安くなり他の外貨は高くなっていきます。金利差で儲けられる分が残されている限り、円を売って外貨を買うので、円安ドルorユーロ高、ということが起こってしまう。すると次第に高い通貨を買うことになるので、どこかの水準では金利差による利益がゼロとなってしまう点がやってくることになるでしょう。為替が変動するので、裁定取引が成立しなくなるパリティ状態が必ずやってくる、ということです。日本の金利が低いことが円キャリートレードを招くのではなく、「日本の未来」時点の不確実性の部分に「円を売って外貨を買おう」と考えられる要因が多いのではなかろうか、ということです。
原油価格高騰も、日本の低金利には関係ありません。
主にファンドマネーが株式市場から資金を引き上げ、コモディティ市場に流れていったものだろうと思われます。ファンドマネー原資は産油国などの売上増による余剰資金増加とか、世界経済の拡大が新興国資金の増加をもたらしたのであって、日本がゼロ金利になっていなくても起こります。ほぼ関係ないでしょうね。日銀の政策云々には関係なく起こるということです。あくまで海外要因ですから。日銀の役割は日本の金融政策であって、他の国の景気動向などが一番重要な決定要因なのではありません。強引なこじつけもいいとこです。民主党の議員たちの理解レベルというのは、所詮この程度だということでしょう。
何でもかんでも日銀のせいにすればいいというものではありません。日銀には、デフレ脱却という絶対的使命がありながら、それを達成できなかったという責任はありますが、原油先物市場高騰を防げる、とか、中国・台湾・香港・ベトナム・マレーシアなどの経済成長を低くして資金余剰を小さくできた、とか、そういうことはありません。日銀の政策ではどうにもできないし、第一そんな役割は持っていません(笑)。
こんなことを言い出す始末ですので、日銀総裁を選ぶ以前の問題なのです。まず、経済学のレクチャーを受けましょう、正しい知識や考え方を身に付けましょう、みたいなところから始めないと話になりません。
民主党には、日銀総裁の適・不適を判断する能力すらありません、ということです。金融政策の考え方そのものが間違っているのに、その誤った理屈を日銀に適用されたら、日銀だってたまったものではありません。
思わず同情してしまいますぜ(笑)>日銀どの