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市立札幌病院事件10

2008年03月23日 19時10分49秒 | 法と医療
続きです。


5)共謀共同正犯に関する問題点

本件では被告が刑法60条の共同正犯であるとされ、1審で共謀共同正犯であるとの判示があった(本シリーズ8を参照)。被告が行為を行ったことは認定されていないことから、刑事責任を問われるのは、共同正犯の成立のみである。

共謀共同正犯 - Wikipedia

成立要件は次の3つ。
①共同の意思ないし正犯意思
②共謀の事実
③共謀に基づく実行行為があること

最高裁判例では、次のように判示されている。
『共謀共同正犯が成立するには、二人以上の者が、特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって互に他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなし、よつて犯罪を実行した事実が認められなければならない。』
『「共謀」については、厳格の証明によって立証されなければならない。』
(刑集12巻8号1718頁)

よって、検察はこれを厳格の証明によって立証するべきということである。判決においても、全体の整合性を欠くことは許されないことは当然である。

裁判官らが想定している内容を、具体的なストーリーを書くと次のようなことになるだろう。

《ある美容健康会社がある。社長は「血液サラサラ波動砲120%」というマシンを用いて違法な営業することを、美容主任らと共に計画。顧客に血液や病気の危険性を殊更に強調し、高血圧等持病の改善を誇張して伝えた上、顧客に対して治療を勧めた。美容主任ら指示を受けた従業員らは、右の「血液サラサラ波動砲120%」マシンを使い、顧客に対し微弱電流の通電や低周波振動を与えるなどを行った。》

さて、社長は従業員に対して毎回個別に行為の指示を行っておらず、社長自らには実行行為がない。こうした場合には、社長と美容主任らが「共謀」していたことが事実であれば、実行行為は従業員が行ったとしても共謀共同正犯が成立している、ということであろう。従業員らは実行行為を行ったものの、社長や美容主任の指示に逆らえなかったし、実行行為が違法行為であることの認識をしていなかった、ということもあるであろう。

ここで問題となるのが、
・マシンの効果の伝え方が医行為に該当するか?
・「血液サラサラ波動砲120%」マシンの使用は医行為に該当するか?
ということである。裁判所の判断として、
・診断行為や持病改善などのウソの治療効果を伝えることは、医行為にあたる
・当該マシンは「医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行なえば、生理上危険ある程度に達している」ので医行為にあたる
ということならば、美容健康会社の営業は法17条違反であり、社長と美容主任らは共謀共同正犯で刑事責任を負う、という筋なのであろう(従業員らは、実行行為が違法であり刑責の成立に差異を生じないが、従属的立場であり実質支配されていたので、起訴されないことはあるだろう)。

美容健康会社=救命センター、社長=被告人、美容主任=上級医、従業員=歯科医師、と置き換えてみれば、本件との対比が明確になるだろう。検察や裁判官の考える被告人はこの例での社長と同じであって、故に処罰されるべき人間である、という考え方に基づいているであろう。


裁判官のいう理屈に沿って考えてみる。
実行行為=歯科医師が行った医療行為
共謀の事実=カンファレンスや各種会議等、または個別に上級医への指示
ということである、と。被告人と上級医らは、共謀して実行行為を行わせたのであるから、共謀共同正犯が成立する、と。
②と③の部分については、裁判官のいう理屈でも結びつけることが可能かもしれない。では、①についてはどうであろうか。①の共同の意思ないし正犯意思が立証されたのであろうか。

歯科医師が行った医療行為についてみれば、
・歯科医療現場であれば違法行為と認定されない
・救急センターでの研修以前の麻酔科研修でほぼ同様の行為を実施していた
ということがある。
更に、1審判決でも
『医科と重なる領域の専門分野で相応の経験を積んでおり、本件各行為を実施するについて、医師の資格を持つ研修医と比較して能力的に劣るところはなかったと認められる』
と判示され、生命身体への危険や健康被害は認定されていない。

つまり、上級医や歯科医師らの意思とは、「歯科医療現場では違法と認定されず、事前に麻酔科研修でも実施していた類似行為の実行」ということであって、「医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行なえば、生理上危険ある行為の実行」ではない。
センターを実質支配していたとされる被告人が上級医らと謀議したとして、共同の意思となるのは「違法な業を歯科医師になさしむること」ではなく、あくまで「歯科医療現場では違法と認定されず、事前に麻酔科研修でも実施していた類似行為の実行」である。ここに、犯罪意思が明確に存在していたとは言い難い。

本件の共同正犯適用について、正犯意思が立証されたのは、どこまでなのであろうか?被告人と上級医が共同正犯でなければならない。更に、上級医らの指示を受けていた、実行行為者である歯科医師も、上級医とともに共同正犯でなければならない。判例によれば、
『右共謀が成立したというには、単なる意思の連絡又は共同犯行の認識があるだけでは足りず、特定の犯罪を志向する共同者の意思が指示、命令、提案等によって他の共同者の意思が特定の犯罪を行なうことを目的とした1個の共同意思と認められるまでに一体化するに至っていることを要するというべきである』(東高刑時報28巻6号72頁,判時886号104頁)
となっていることから、単なる意思連絡や認識にとどまらず、「特定の犯罪を行うことを目的とした1個の共同意思」と認められるまでの一体化を立証できなければならない。

歯科医師らには特定の犯罪意思が認められなかった、故に起訴されていないことには十分な理由がある、ということで実行行為者には処罰を求められていないのであろうが、上級医についても同様に特定の犯罪目的があったことは窺われず、単に研修歯科医師に指導を行っていたに過ぎない。上級医に特定の犯罪目的の意思がなく正犯意思がないとなれば、被告人と上級医との間でどのような或いはどうやって特定の犯罪を目的とした一体化した共同意思を持ちえたのか。謀議するには、被告人だけでは足りないのである。


6)本判決は論理としての整合性を欠く

本判決文はとても長く書かれており、弁護側の出した意見に応えようとした結果であるのかもしれないが、重要部分が理解しにくい印象を受けた。基本的な組み立てを私の理解の範囲で書けば次のようになる。

・研修歯科医師の実行行為は違法行為
・直接的には上級医が歯科医師と共謀して行わせた
・被告人と上級医とが共謀していたのであるから共同正犯
よって、被告人は有罪。

判決の多くの部分で、実行行為が違法であるか否かに割かれており、研修のあり方ということについても意見が述べられている。しかし、論理的矛盾が多く見られるものなので、裁判官の判断に疑問を抱かざるを得ない。共謀共同正犯の疑問は書いたので、元に戻るが実行行為の違法認定についてもう一度考える。

裁判官の理屈をみると、次のようになっている。
ア)医師は医行為を行える
イ)歯科医師が医行為を行うのは違法
ウ)ガイドラインの策定は判決に影響しない
エ)ガイドラインは行政指導のようなもの
オ)実行行為は全て医行為
カ)医業とは医行為を業として行うこと
なので、17条違反、という結論である。

ここで、矛盾点を挙げてみよう。

◇矛盾点1:

判決中では、一定の制限範囲内(例えば、ガイドラインに合致するような条件下)であれば、刑法35条の正当行為に該当する場合があるといえる、としているが、その理由とは何か?
現行法体系下では「歯科医師が医行為を行うことは違法」の論理であれば、刑法35条の法令で合法と判断される理由はないのは明白で、残りの正当業務であるなら、歯科医師が行っても合法となる医行為が存在しない限り当該業務(つまり業)を正当業務ということはできない。

◇矛盾点2:

1審判決では、具体的行為の危険性の有無や侵襲度(危険の程度)に関わらず違法、指導する医師の監督下で行っても違法、と判示されていたが、高裁判決では例えばガイドラインに沿うような要件を満たせば可能な場合もある、と違いが見られる。上記ウ)及びエ)から、ガイドラインの存在によって判断に違いを生ずる理由はなく法体系に変化もないはずである。イ)とカ)が成立するのであれば1審判決のごとく行為の危険性などには無関係に違法、という結論となるであろう。矛盾点1とほぼ同じであるが、「現行法体系」で裁判官の示した結論を得ることなどできない。

整合性のある法学的説明をつけてくれることを期待したいと思います。


7)私の個人的見解

医師法、歯科医師法、保健師助産師看護師法、薬剤師法、といった現行法体系を考えてみる。救急救命士法は、これらと異なり関係は希薄であると思う。何故なら、国民側からの選択権はない(消防士や警察官を選べないのと同じく個々の救急救命士を選べない)、業務内容を法令で定めることが基本である、ということがあるからである。救急救命士の業務とは、それ以上でもなければ、それ以下でもない。極めて具体的に定めることができるのである。
しかし、医師、歯科医師、看護師等は、個々の具体的行為について法令で定めることができない。もし実行した場合には、膨大な量となってしまう、分類が極めて複雑になってしまう、等といった不利益がある。更に、法令内容にない行為を行えなくなる為に、新たな治療法などに結びつかなくなるだろう。
なので、医師法や歯科医師法などで定められている業の規定というのは、そもそも「類似営業の禁止」ということが目的であって、次条の紛らわしい名称を用いることを禁じているのも同様であろう。ヤミ金が大手銀行や既存金融機関とよく似た名称で債務者を釣り上げようとしていたのと同じようなものである。大正時代から医療類似行為があって裁判で問題とされてきたのであり、医師ではないにも関わらず怪しげな療法などの施術を行っていた実態が昔からあったのである。

そういうことから、基本的には医療類似行為による健康被害や正当な医療を受ける機会喪失等から一般人を守るべく、業の規定がなされているのであって、個別具体的な医療行為の禁止規定を意味するものではないであろう。業の規定からだけでは細かい規定を定めることができないので、行政側が疑義を生じた行為については、適宜「行政解釈を与える」という対応を行ってきたものである。行政の通知・通達・ガイドライン等が法令ではないことはそのとおりであって、裁判所が言うところの「所謂行政指導」みたいなものであるが、実質的にはこの行政解釈が優先されて医療業務は行われてきたのである。現行法体系では、「行政解釈」すなわち通知等がなければ、業務範囲を定めることは困難であり、行政指導でしかない通知等によって実質的に法的拘束を受けてきたのである。現に本判決中においても、ガイドラインに沿うというような制限下であれば、違法ではないと考えられる場合はある、という具合に、「行政指導でしかないガイドライン」に拘束されているではありませんか(笑)。

これが現行法体系の実態である。

既に書いたが、本判決の理屈からは看護師の「静脈注射」が合法で、「内診行為」が違法と判断できる理由はない。看護師に内診行為を行わせたという事件を、検察が起訴する理由を説明できない。また、医師が抜歯可能とする行政解釈についても、現行法体系と相容れないということになるであろう。

本件被告人が起訴されたのはガイドライン策定前であって、確かに裁判官の目から見ればガイドラインから外れている、ということがあったにせよ、それは行政側の落ち度であって、研修指導をしていた医師にあるのではない。事実、当時既に全国の数十という施設において研修は行われており、どのような指導方法を取るべきか、どういった範囲までなら許されるか、といった細かい検討はどこの部分においてもなされてきておらず、端的にいえば「現場任せ」で医師側の善意にのみ基づいて研修が行われてきたのであろう。この研修のさせ方に問題があったとして、これに刑事責任を負わせることの意味が判らない。何故救急救命士の研修では、指導に当たった医師のみならず行為者である消防官とか研修依頼をした消防関係者たちが起訴されずに済んだのか?検察のロジックでは、全員共謀共同正犯ではないか(笑)。彼らを起訴してくれ、とか言ってるのではないですよ。しかし、総務省消防庁の管轄で、それなりの政治力が発揮されるだろうが、本件はそういうのもないただの個人だ、ということ。


最後にもう一つ。
裁判官には絶対的な権限があり、誰が何と言おうと「お前の意見は採用できない」と何の正当性もなく断る権利を持っている。たとえ裁判官の言う理屈が間違っていようとも、「採用できない、何故なら…」と語る権利を持っている。素人が見ても間違っていることが判る程度の理屈であっても、だ。
権利侵害などという言葉は、裁判を受ける側にとっては無意味である。受ける側に裁判官の拒否権などないからである。恐るべし。

「医行為とは、当該行為を行うにあたり、医師の医学的判断および技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼすおそれのある一切の行為」
文脈ではなく、この文言のみに依拠する判断しかできない人々の気が知れない。
ならば、裁判官は立法できるということか?
唯一、ポイントとなるのは「医師の」という部分だけであり、この一文を金科玉条のように扱い、これをもって違法の根拠となせるのであれば、もとから条文は不要である。


屁理屈を言うだけなら、私にでもできるよ。

これは明らかに、裁判事務心得の4条違反だ。

○裁判事務心得 第四条  
一裁判官ノ裁判シタル言渡ヲ以テ将来ニ例行スル一般ノ定規トスルコトヲ得ス

反論できる?
(笑)