いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」

オール人力狙撃システム試作機

市立札幌病院事件9

2008年03月22日 19時19分56秒 | 法と医療
初期の頃に書いていたシリーズですが、判例Watchさんのところで高裁判決が出ていたので、また書いてみたいと思います。

これまでの経過:(前の記事は5の記事中にリンクがあります)

市立札幌病院事件5

市立札幌病院事件6

市立札幌病院事件7

市立札幌病院事件8


私は元々法学とか判決には何らの興味もありませんでした。何となく「そういうもんかな」としか思ってませんでした。裁判員制度についても同様です(笑)。しかし、よくよく見ていくと、実は重要な問題が隠されていました。それは、行政側の姿勢(法の解釈、運用等)とか、検察官や裁判官の実態、弁護士の能力、といった日本の法制度を支える人々のことを知るきっかけとなりました。医療裁判への興味を持つに至ったのも、この事件を知ったからでした。実は、様々な判決をよく見てみるということがとても大切なのだ、ということを学びました。これまでにも書いたことがありますが、判決をよく検討するということは専門の人たちがやっている場合もありますが、必ずしも十分ではないということを知ったのです。

前置きが長くなりましたが、本判決について検討してみたいと思います。
判決文を読んだ率直な感想としては、「これが日本の司法なのか」ということでした。大きな落胆と司法への信頼性が揺らぐ思いがしました。この前、『それでもボクはやってない』という映画が放映されていたので観たのですが、この映画と同じく司法水準の信頼性に疑念を抱かざるを得ませんでした。


1)本判決における重大な疑義

判決文はこちら>平成15(う)179医師法違反被告事件
(いつも利用させていただき有難うございます>判例Watch殿)

①ガイドラインはいわば行政指導

まず、以下の記述について。

『医師法と歯科医師法によって医師と歯科医師の資格を厳格に峻別している現行の法体系がいわば行政指導ともいうべきガイドラインによって変容されることはあり得ず、ガイドラインが歯科医師に医行為を行う資格を与えたものでないことも当然であって、このことは、ガイドライン自体に「研修といえども医療行為を伴う場合には、法令を遵守しながら適切に実施する必要がある。特に歯科及び歯科口腔外科疾患以外の患者に対する行為では、慎重な取扱いを期すべきである。」と規定されていることからも明らかである。そうすると、本件各行為は、すでに認定・説示したとおり社会的相当性が認められず、違法性が阻却されないからガイドラインの策定によってこの結論が左右されることはない。』

なるほど、ガイドラインというのは行政指導のようなものであるので、法令ではないのであるから判断(判決)を変容するものでは有り得ず、医師法及び歯科医師法という法令から刑事責任を問うべきものである、という立場なのでありましょう。これは検察側主張でも同旨であったものと思います。通知、通達やガイドラインというのは「あくまで行政指導のようなものである」ということは、同意できるものです。そうであるなら、そもそも刑事責任を問う場合には、「行政解釈を基礎として立論できるものではない」ということを自ら肯定しているものと考えられます。すなわち検察は、医師法及び歯科医師法等法令の条文から本件被告人は「医師法17条違反」であることを立論できねばなりません。判決においても、それが明確に判示されて当然です。では、それが達成されていたかといえば、到底そのようには思われません(後述します)。

②救急救命士の業務に関する誤認

更に疑問なのは次の記述です。

『しかし、救急救命士は、救急救命士法、省令等によって一定の限度で薬剤を用いた静脈路確保のための輸液や気管挿管等の救急救命処置を行うことが認められており(同法43条、44条)、また、看護師についても保健師助産師看護師法等により医師の診療の補助ができるほか、医師の指示があれば医行為(救命救急医行為を含む)をすることが認められている(同法5条、37条)。このように救急救命士も看護師も一定の限度で医科の現場における救命救急医行為を行うことが法令によって許容されており、そのための法律上の資格を与えられているのであって、この点が医科の現場において、医行為を行う資格を持たない歯科医師と大きく異なる。したがって、一定の限度で、救急救命士が気管挿管を、看護師が静脈注射等を、それぞれ自ら行えるからといって、医科救命救急部門における歯科医師の研修行為をこれと同列に論じることはできない。』

これが日本の高裁レベルの判決なのだろうか。日本の裁判官というのは、複数で検討しているにも関わらず、こうした判決を書くものなのであろうか。これを重大な過失として刑事責任を負わされることなどないであろうから、こうした判決文を書くことが許されると考えているのかもしれない。

判決中で述べられている救急救命士業務を要約すると、次の通り。
一定限度で
・薬剤を用いた静脈路確保の為の輸液
・気管挿管等の救急救命処置
は認められる。根拠は救急救命士法43条、44条。

この問題については、かつて取り上げた>救急救命士の気管内挿管事件

裁判官に誤認があると思われます。救急救命士法は改正されたのであって、本件起訴時点では救急救命士は「気管挿管は違法行為」でした。輸液は可能でしたが、薬剤投与は違法でした。

気管挿管が認められたのは、本件裁判が問題となって以降です。

医政発第0323001号 救急救命士の気管内チューブによる気道確保の実施について

書かれている内容では、平成16年3月23日通知、平成16年厚生労働省告示第121号、平成16年7月1日から適用、ということになっており、本件起訴時点では違法行為であったのは明白です。厚生労働省告示においては気管内チューブは認められておらず、マスク類だけが許されていたに過ぎません。変更されたのは秋田の事件が報道されて以降のことです。

医政発第0310001号 救急救命士の薬剤(エピネフリン)投与の実施について

薬剤投与についても、平成17年3月10日厚生労働省令第26号、平成17年3月10日厚生労働省告示第65号、平成18年4月1日より施行、となっており、変更は後日なされたものです。

当初、救急救命士の許容されていた業務というのは限定的でした。起訴時点での法令を考えることなく、後日改変された条文をもって違法ではなかった、という判示を許されるのが日本の裁判所なのでしょうか。それとも本判決文を書いている時点で法改正によって合法となっていれば、過去に遡及して「合法」と判示する合理的理由を有しているのでありましょうか。
これについて法学上の説明が不可能であろうはずもなく、是非裁判所においてはその論理を提示されたい。説明なき場合には、日本の高裁判事のレベルというものがこの程度に過ぎないということの立証となりましょう。

③看護師の業務について

これについても疑義がある。
判決の如く、看護師には『医師の診療の補助ができるほか、医師の指示があれば医行為(救命救急医行為を含む)をすることが認められている』ということは肯定される。法37条は次のとおり。

○保健師助産師看護師法 第三十七条

保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をし、又は助産師がへその緒を切り、浣腸を施しその他助産師の業務に当然に付随する行為をする場合は、この限りでない。

本条文を読めば明らかなように、指示主体は「医師又は歯科医師」であって、両主体には法令上の差が存在しない。看護師が行える行為は「医師又は歯科医師」の行える行為を超えるものではなく、法的にそれが許容されていることを示す根拠は存在しない。裁判官には「看護師は行ってよいが、歯科医師は行えない」という業務が存在している、という勘違いか偏見が存在しているものと思われる。それは誤認であって、看護師は歯科医師の行える行為以上の行為を行うことが法的に許容されていると解する根拠はない。「臨時応急の手当」についても、歯科医師が法的に行えない行為について、看護師が行為を許容されていることを示すものではない。

更に、歯科医師は看護師に指示をするばかりではなく、看護師の行為についてこれを行うことは法的に許容されるものと解される。

○保健師助産師看護師法 第三十一条

看護師でない者は、第五条に規定する業をしてはならない。ただし、医師法 又は歯科医師法 (昭和二十三年法律第二百二号)の規定に基づいて行う場合は、この限りでない。

この条文にあるように、法5条には除外規定があるのであって、法5条及び37条をもって「看護師には可能な医行為であり、かつ、歯科医師には不可能な医行為」なる解釈を登場させるのは誤りと考えられる。

判決文を再掲する。
『このように救急救命士も看護師も一定の限度で医科の現場における救命救急医行為を行うことが法令によって許容されており、そのための法律上の資格を与えられているのであって、この点が医科の現場において、医行為を行う資格を持たない歯科医師と大きく異なる。』

基本的論点として、
◎歯科医師は、医科の現場において、医行為を行う資格を持たない
という事実を裁判官が法令から論証しているとは思われない。
このことを単なる既成事実として取り扱っているだけであり、どの条文からこの事実が導き出されているのかは不明なままである。

仮に、裁判官の説示を採用するとなれば、37条規定から看護師は医師の指示があれば「医行為」を行えるのであって、すると、過去に幾度も問題とされた内診行為は指示があれば合法であるとする結論となろう。裁判官の説示や条文だけからは、看護師の可能な医行為として「静脈注射」はよいが、「内診行為」や「気管内挿管」は不可とする、などという峻別を行うことは不可能である、ということだ。
あたかも37条から可能な医行為を規定できるかのように述べているだけで、「静脈注射」が可能である、などという解釈はどこからも導き出すことなどできない。これも同じく、仮説を単なる既成事実として扱っているだけに過ぎないのである。


2)医行為とは何か

裁判官は「医行為」という言葉に惑わされており、これは検察官においても同様であるが、「医行為」についての重大な誤認があるといわざるを得ない。
医行為は、「医療」行為全般に係るものであるが、医師法と歯科医師法における「医業」と「歯科医業」との峻別を行う為に生み出された定義ではない。意図的に解釈を拡大しているに過ぎない。

そもそもは、医療類似の行為について営業がなされており、それを医師の行う医療との峻別する為に生み出された概念である。現代風に言えば広義には「代替医療」ということになるであろう。最高裁判決(昭和30年5月24日)によれば、『患者に対し聴診、触診、指圧等を行ない、その方法がマッサージあん摩の類に似てこれと異なり、交感神経等を刺激してその興奮状態を調整するもので、医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行なえば、生理上危険ある程度に達しているとき』となっている。医師と歯科医師の行為についての峻別を意図してはおらず、営利目的の営業であってなおかつ「医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行なえば、生理上危険ある程度に達している」行為を禁止するべきという趣旨である。

本判決でも採用されている医行為の定義については参考記事でも幾度か取り上げた。
医業と歯科医業


3)医師が抜歯するのは合法か

もしも医師法によって医行為が定義されるとするなら、歯科医師法によって「歯科医行為」が定義されることになるだろう。すると、歯科医師法17条の「歯科医師以外は歯科医業をなしてはならない」ということから、医師であってもその行為を行うことは違法と解される。医師は歯科医師ではないからである。つまり抜歯は不可能ということになるだろう。
ところが、昭和24年厚生省医務局長通知(医発第61号)においては、
「医師法第17条の「医業」と歯科医師法第十七条の「歯科医業」との関係に関し若干疑義があるようであるが、抜歯、齲蝕の治療(充填の技術に属する行為を除く)歯肉疾患の治療、歯髄炎の治療等、所謂口腔外科に属する行為は、歯科医行為であると同時に医行為でもあり、従ってこれを業とすることは、医師法第17条に掲げる「医業」に該当するので、医師であれば、右の行為を当然なし得るものと解される」
とされていた。
この解釈は現在でも生きているだろう。これが許容される理由は次のようなものである。

医業の定義に倣えば、歯科医業とは「歯科医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼすおそれのある一切の行為」に該当するものと考えられ、歯科医師法17条から、一般にこれら行為は歯科医師以外には行うことができない、ということになろう。しかしながら、医師は歯科医業に関する医学的知識や技術を習得しているものと考えられるので行為の違法性はないということである。「人体に対する医療行為の一部」であることと、医師がそうした歯科に関する医学知識や技術等を習得している、という前提に立っていると考えられるのである。それら習得機会は医学教育の中にあるものであり、それ故「抜歯に必要な医学的判断及び技術」を有しているであろうことが推認されるので、医師が行う抜歯は禁止行為ではない、と考えられうるのだろう。

医師法及び歯科医師法の17条規定からは、医師が行う抜歯が医行為或いは医業と解する法的理由は窺われない。本来的な立法主旨を想像するに、17条規定とは「(営利目的のような)類似営業を禁止」する条文なのであって、医療全般の行為について医行為と歯科医行為を峻別する為に設けられたものではないと考えるのが相当である。たとえば、歯科医師であるにも関わらず、「治療法Xを実施すれば、肝臓がよくなります」といった類似行為による業(営業)を禁じるものである。
過去の「医行為」が判示された判例でも、歯科医師による行為が問われたのではなく、医師や歯科医師以外が行った営利目的の営業行為について、それが医行為に該当するか否かが問われたのみである。

本判決で示された理屈を用いて簡単に書けば、次のようになる。
要件1:医科の現場において
要件2:歯科医師が行う気管内挿管は違法
歯科医師は気管内挿管という行為を行えるが、あくまで歯科医業の中においてであって、要件1があれば違法という解釈なのであろう。

これは同様に
要件1´:歯科の現場において
要件2´:医師が行う抜歯は違法
ということが成立するだろう。
医師は本来「歯科医行為」を行う資格を有さないからである。また、「抜歯は医行為である」とする根拠規定は医師法及び歯科医師法には存在していない。
口腔外科の教授とかが医師免許のみ有する場合、こうした事例に該当することになるだろう。行政解釈で合法というのはあくまで行政指導の一部でしかないのであるから、本判決の解釈が優先される、と裁判官は主張することだろう。すなわち「歯科の現場において、医師が抜歯を行うことは違法」という解釈を成立させるだろう、ということ。


4)歯科医師には一定の医療行為を行うことが許容されている

少なくとも、歯科医師が行う歯科医業にある医療行為は違法ではない。例えば、歯科医師が行う静脈注射、採血、輸液、気管内挿管等、一般には医行為と認識されうる行為であっても、行為自体は歯科医業の一部に過ぎない。単に「歯科医師が行う医療行為」というだけである。また、看護師が「臨時応急の手当」の業務を法的に認められているからといって、歯科医師が行える行為の全て若しくは範囲を超える行為についてまで看護師が許容されているものではない。具体的には、看護師は気管内挿管はできないし、単独でエピネフリン投与も不可能である。歯科医師はこれら行為を行うことができる。

薬剤投与や調剤についても、歯科医師には薬剤師が医科で行う行為と同等の行為を許容されており、禁止行為を規定する条文は存在していない。指示主体としての歯科医師は、法令上では医師と同等である。

これらが法的に許容されている背景には、歯科医師が業務を遂行するに必要な「医学的知識や技術」を習得していることが前提としてあり、その根拠とは、歯科医学教育の中で「基礎的な医学」を習得している、ということである。医師が抜歯を法的に許容されるのと同じく、歯科医師には例えば看護師が行う「臨時応急の手当」と同等か若しくはそれ以上の行為ができるものとして考えられている。基礎医学や一般臨床医学の教授を受けるのはその為であると考えられる(たとえば内科学、外科学、脳外科学、産婦人科学、等々の臨床科目について習得する)。

歯科医師が禁止されるべきは、医師が行うべき医療行為を業としてなすことであって、歯科医師が実質的にそれと同じ医療行為を行ってはならない、とする法的根拠はない。どの程度までの医療行為を歯科医師が行うのか、ということは歯科医療と歯科医師に委ねられているのであって、たとえば歯科医師が帝王切開を実施するということは有り得ないが、異常高血圧症状が見られた患者に対して降圧剤を静注することが法的に禁止されることを意味するものではない。
後者の行為は、たとえ法37条規定があろうとも、看護師が単独で行うことを許されているとは解されない。

医師及び歯科医師については、これら薬剤師や看護師の業務を遂行することが法的に許容されており、その前提としては、当該「医学的知識や技術の習得」を課せられているからであり、ここでいう医学とは「歯科医学」と一般医科でいう「医学」を区分するものではなく、「広義の医学」(一般医学、歯学、薬理学等を含む)ということに他ならない。医師や歯科医師は「広義の医学」について体系的教育を受け知識や技術の習得を経たものである、ということから、薬剤師や看護師が行う行為については禁止行為とされていないと解するべきである。

こうした広義の医学全般について体系的教育を受けていない者が行う医療類似の行為について、これを峻別するべく定義された「医行為」という概念から、歯科医師の禁止行為について判断する根拠となす事自体に誤りがあるというべきである。


長くなったので、続きは次の記事で。