<朝・中・東>といわれたりもする韓国の代表紙「朝鮮日報」「中央日報」「東亜日報」がいずれも保守紙であるのに対して、進歩陣営の代表紙「ハンギョレ」の存在意義は非常に大きいものがあります。
軍政時代、民主化を主張して職を追われた新聞記者が中心になって1987年民主化宣言とともに発刊され、市民株主によって刊行されるという、創刊の経緯からして上記の<朝・中・東>とは対極の位置に立っている新聞です。ウィキペディアによると、「書きたいことを書ける新聞」がキャッチフレーズで、「役員は選挙で選ぶ」「広告主にも意見する」と民主的な姿勢をアピールしているということです。
また、創刊当時は他紙は日本の新聞と視覚的に非常によく似た縦書きで、漢字も多く用いられていましたが、「ハンギョレ新聞」(1996年から「ハンギョレ」)は韓国の全国紙では初めて横書きを採用し、また漢字は一切使わないことを売り物にしてきました。
なお、「ハンギョレ(한겨레)」とは「ひとつの(大きな)同胞」という意味です。
上述のような背景・性格を持つ「ハンギョレ」には、韓国内はもちろん日本にも共感を覚える人が多く、<朝・中・東>がそれぞれ日本語版をネット上にも公開しているのに対して、独自に有志(ファンクラブ)として「ハンギョレ」の記事を翻訳し公開する「ハンギョレ・サランバン」というサイトも2009年からスタートしました。その設立趣旨は→コチラ。
さて私ヌルボも、本来は(たぶん今も)サヨクっぽい傾向の人間なので、80年代には韓国の民主化闘争にも共感を寄せ、「ハンギョレ新聞」にも創刊当初から注目してきました。
以後、現在に至るまで、とくに政治的な問題については<朝・中・東>だけでなく「ハンギョレ」にも目を通すようにしています。ただ、納得できる記事も多い中で、時には強い民族主義臭にヘキエキすることもあります。
ここまでが例によって長い前説。
1つ前の記事で、中国による脱北者の強制送還の問題について記しました。
その中で、「ハンギョレ」の記者が俳優チャ・インピョさんに「なぜよりによって脱北者関連示威に出たのか?」と質問していることに引っかかった、と書きました。
そしてその後、「ハンギョレ」が2月23日の社説で「脱北者、南北および韓-中関係改善と連動させて」と題した社説を載せているのに気づきました。
さいわい、上記「ハンギョレ・サランバン」で日本語訳を読むことができます。→コチラ。
ところがその内容。予想の範囲内とはいえ、失望せざるをえませんでした。
「チャ・インピョ氏が言うように脱北者を助けることに左右の理念の違いがあってはならない。彼らが強制的に北に送還されて死の危機にひんしてはならない」としながらも、「中国に対するプレッシャーを強める場合、中国も反発の度合いを一層高めることは当然明らか」で、「そうなると最も大きい被害を受ける者はまさに脱北者だ」と論を進めます。
また「事の是非を別にして(!)、中国が・・・・同盟国である北の要求を黙殺して韓国政府の要求をより尊重すると期待するのは非現実的」であり、「非難と圧迫が激しくなるほど中国はかえって脱北者の取り締まりと強制送還を強化する公算が高い」から、「脱北者の問題は騒ぐほど、政治・外交問題化するほど解決はさらに難しくなる」と説きます。
そこで、中国を非難して政治・外交問題化するのはことを一層こじらせかねないので、過去の東西ドイツのように、南北関係がさらに改善されれば、非公式的な直接交渉を通じて、北へ拉致された人や国軍の捕虜などを含んだ北朝鮮内の政治・経済的難民の韓国入国を経済支援などと引き換える手段も模索できる、と結論とづけています。(そういえば、姜尚中先生の本にもそのようなことが書かれていたなー・・・。)
しかし、乱暴ないじめっ子がいて、周りの注意を受け容れないばかりか、注意をするとさらにいじめがひどくなるからといって、何も言わないのが正しいのでしょうか? それは強者へのご機嫌取りか泣き寝入りというものでしょう。
また、80年代の東ドイツと、現在の北朝鮮の違いをよく認識していないように思われます。
そして何よりも疑問に思うのは、今強制送還されている人たちがいて、彼らがその後強制収容所に送られたり、悪くすると処刑されたりすることが予測される中で、救いを求めているに違いない声が「ハンギョレ」の論説委員の心には響かないのか、とうことです。「将来の南北朝鮮の平和と幸福のために、あなた方は犠牲になってください」と言うのですか? 今危機にある1人の、あるいは何人かの命を救おうとしないで、多くの人々の命を大切にするような政治や言論はありえないでしょう。
ここはチャ・インピョさんの言葉のように、左右の理念の違いを越えて反対の声を上げ、国際世論を高めるべきです。
韓国内の言論で、「ハンギョレ」のような進歩系の立場以外に、中国による脱北者送還に否定的な見解もあるようです。
それは、「経済的に、韓国との結びつきが強くなっている中国との関係を悪化させるようなことはすべきではない」というものです。
なんとまあ臆面もなくこのようなことが言えるものです。自分は金儲けや現在の生活の安定のためなら北朝鮮の人々の命は犠牲にしてもよい、ということと同義なのに・・・。
まあ日本政府も、東アジア情勢の安定を何よりも(もちろん北朝鮮の人たちの声明や人権よりも)優先しているようだから、恥じ入らなければならないのはお互いさまなんですけどね・・・。
※前の記事では書きませんでしたが、アムネスティ・インターナショナルも2月14日「中国 : 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の脱北者を強制送還してはならない」という声明を出しています。
アムネスティの韓国支部は、これまで保守政権の言論政策やデモの規制等を批判したりして、かなり明確な<左派寄りの政治性>を帯びていただけに、今回は「ハンギョレ」のように一歩二歩引いた対応をするのかな?と私ヌルボ、考えないでもなかったのですが、2月18日の「東亜日報」の記事によると「北朝鮮への送還中止を求めるオンライン嘆願運動を始め、数千人の署名を集めた」とか。また2月21日の「朝鮮日報」は、アムネスティ韓国支部が20日在韓中国大使館を訪ねて、駐韓中国大使に強制送還をやめるよう求める公開書簡と、5521人の嘆願署名と、中国の胡錦濤国家主席に対する嘆願メール9163人を手渡したことを伝えています。
(アムネスティ韓国支部の皆さん、よけいなことを勘ぐってすみませんでした。)