昨日・一昨日と続けて韓国文化院へ。<コリアン・シネマ・ウィーク2014>もさることながら、私ヌルボ今回初めて24日夜開かれた<韓国現代小説読書会>という催しに行ってきたのです。その課題図書というのか、以前→コチラの過去記事で長々と感想を書いたキム・オンス「設計者」だったもので・・・。
参加者20人中男性は5人。ま、予想通り。
皆さんの感想はいろいろ興味深かったですね。殺人と編み物の関連性とか(え、ミルクも?)、犬の種類まではヌルボ知りませんでしたね。「鯨とり」の含意については想定内、だったかな?
私ヌルボが言ったのは、端的にいえばこれは「bibigoのビビンバのようなフュージン小説」ということ。純文学ともいえエンタメともいえるし、韓国小説でありながらも「キムチやニンニクの臭いがしない」ということ。まあ読んでおもしろければそれでいいんですけどね。(実際おもしろい。)
また、概して女性の皆さんが「この場面で○○(登場人物)はどう考えたのでしょうか?」といったように作品に即した読み方をするのに対して、男性は作品に描かれた世界の、あるいは作品自体の時代背景・社会状況といった現実との関わりにこだわる傾向があるのでは、と思いました。
ヌルボ自身がまさにそうで、先の感想文中にも書いた質問をその場で投げかけてみましたよ。それは「権力と裏でつながっていて、その配下で「邪魔者を消す」汚れ仕事をこととしているような殺人請負会社といったものが実在するのかどうか?」ということ。はたして、韓国の読者たちはこういう設定を現実性があるものというアタマで読んでいるのか、それともあくまでも小説の基本設定としての虚構と考えているのか?
同様の疑問を、隣席の男性も抱いていたようでした。で、その場の反応はというと、即座の反応はなく、ややあって韓国人女性の方が口を開いて「あります」。
・・・というわけで、ヌルボがわかったのは、このような殺人請負会社が実際にある、ということではなくて、「実際にある」と思う韓国人がたしかにいるということでした。
この件で思い出した映画が、先の記事でも書いた「ある会社員」です。(参考→輝国山人のホームページ。)
主人公の会社員(ソ・ジソプ)が勤める会社というのが表面は平凡な金属製造会社だが、実は殺人請負会社、というのが基本設定です。
昨日観た「チラシ:危険な噂」も、殺人請負会社の話というわけではありませんが、権力にとって都合の悪い人物を陥れるという点で共通する内容の映画でした。参考→輝国山人のホームページ、→かなりネタバレのブログ記事。)
この映画については、今年2月韓国での公開時のブログ記事で次のように書きました。
主人公は熱血芸能マネジャーのウゴン(キム・ガンウ)。担当する女優の成功のために汚れ仕事も厭わずやってきたが、証券街のチラシによる大型スキャンダルに巻き込まれて女優は命まで失うことに。全てを失ったウゴンはそのチラシを流布した犯人を探し始める。その過程でチラシを作って売る業者のパク社長、情報を掘り出して確認する不法盗聴の専門家ペンムン(コ・チャンソク)の他、チラシを利用して「操作」を実行し、それによって生じた問題を武力で解決する解決専門家のチャ・ソンジュ(パク・ソンウン)まで登場。彼の脅しを受けながらウゴンはチラシの根源とその中に隠された真実を追い始める・・・。うーむ、これってどこまで事実を反映しているのかな? 原題は「찌라시: 위험한 소문」ですが、「찌라시(チラシ)」は日本語がそのまま韓国語になった言葉。証券街のチラシというのが実際はどんなものなんだろう?
実際この映画を観てわかったのはチラシの形態。「チラシ」といっても広告とは関係なく、日本でいうところの「怪文書」で、紙のものもあるが近年はネットで流される情報が多数出回っています。
※→ある韓国ブログで芸能界ゴシップを内容としたチラシの実例が・・・。ちょっとヤバい内容だし、実名部分は消しました。
この映画「チラシ:危険な噂」の中の大型スキャンダルというのは、女優と野党議員との間のセックスがらみのネタ。根も葉もないウワサばらまきに激怒した熱血マネジャーのウゴンが最初に乗り込んで行った先は、賃貸事務室でひっそりと編集発行作業をやっていて、月50万ウォンの購読料で収入を得ているチラシ業者。必死に迫るウゴンは、それが「上から」で提供されたネタであることを聞かされます。
その後だんだんと明らかにされていくのは、青瓦台(チョンワデ.大統領府)政策室と財閥が結託して行う、財閥のプロジェクトの阻止を図る野党議員のチラシを用いた追い落とし。そればかりではなく、配下に実際に邪魔者を物理的に「痛めつける」(殴る蹴る指を折る等々。果ては殺す!)実動組織があるのです。その組織というのが表向きは保安会社(警備会社)。その実動部隊のボス(パク・ソンウン)というのが元国家情報院要員。昔のKCIAですね。(小説「設計者」中の新興殺人会社も表向きは警備会社。)
こうした警備会社の人間が、近年の都市再開発で立ち退きに反対する住民を「強制排除」する「用役(ヨンヨク)」として用いられていることについては、→コチラの過去記事でも書きました。またこれも昨日観た映画「ストーン」でも描かれていました。したがって、こうした暴力組織と企業(や、もしかしたら行政)との結びつきは歴然とある・・・と見た方がよさそうですね。
しかし、殺人請負会社まであるかどうか? 彼らによる、事故や自殺とみせかけた殺人が実際に行われているかどうか? 誰の目にも明らかに存在するとなると大問題となるし、かといって全否定もできないし・・・という謎めいたところがあるからこうした映画や小説が作られる、ということなんでしょう。
なお、映画という媒体自体も政財界がメディア戦略として重視して宣伝に使うことも多い一方、批判的内容の作品には抑えにかかるというのもときおり聞く話です。
この点について、2日続けて韓国文化院で偶然(じゃなくて当然だな)顔を合わせたSARUさんはツイッターで次のように呟いていました。
「チラシ:危険な噂」、これも福岡アジア以来の再見。ラストの展開は、いかに政権や権力が隠然たる力を行使しようと、ネットで市民に共有されると倒されるという、最近の韓国映画の定番的展開。(中略) 権力や抑圧と戦ってきた韓国映画界において、この作品は真剣にそういうものと戦っているわけではなく、単なる娯楽作というあたりがどうにも。あの企業はサムスンとか実際の思わせないように徹底して無毒化されていたり。福岡アジアでの上映には監督が来たので、そのあたり突っ込んだら、ある意味正直な方で、大手の出資を受けた商業作品ですからね…、と。ヘタレ映画認定をしてしまったおいらは、そこそこ楽しみながらも、評価はしないよ。
・・・と厳しい評価。
しかし、ヌルボ思うに、多くの劇場で公開される商業作品はすでにその時点で「ヘタレ映画認定」せざるをえないのではないでしょうか?
そこで安易な妥協を排するとなると、上映機会を確保するためにかけずり回ることになります。(もっと厳しい映画を作るとなると命がけ?)
そんな「妥協を排した」映画で今まで何度も大きな感動を味わってきましたが、だからといって「大手の出資を受けた商業作品」にも作り手の「志」といったものが読み取れる作品がないわけではないると思います。
で、ヌルボとしてはこの「チラシ:危険な噂」の場合、観客に情報の出処や真偽、あるいはチラシの政治的意図について関心を向けさせている点を評価して合格点をつけます。
ひるがえって日本の場合、政・官・財、そして司法にメディア・・・、そのあたりの「黒い関係」はどんなものなのかな? (以前見た気骨あるドキュメンタリー映画「三池~終わらない炭鉱(やま)の物語」が思い出されます。)
あ、書いているうちにちょっと論点がずれてきちゃったかな?
参加者20人中男性は5人。ま、予想通り。
皆さんの感想はいろいろ興味深かったですね。殺人と編み物の関連性とか(え、ミルクも?)、犬の種類まではヌルボ知りませんでしたね。「鯨とり」の含意については想定内、だったかな?
私ヌルボが言ったのは、端的にいえばこれは「bibigoのビビンバのようなフュージン小説」ということ。純文学ともいえエンタメともいえるし、韓国小説でありながらも「キムチやニンニクの臭いがしない」ということ。まあ読んでおもしろければそれでいいんですけどね。(実際おもしろい。)
また、概して女性の皆さんが「この場面で○○(登場人物)はどう考えたのでしょうか?」といったように作品に即した読み方をするのに対して、男性は作品に描かれた世界の、あるいは作品自体の時代背景・社会状況といった現実との関わりにこだわる傾向があるのでは、と思いました。
ヌルボ自身がまさにそうで、先の感想文中にも書いた質問をその場で投げかけてみましたよ。それは「権力と裏でつながっていて、その配下で「邪魔者を消す」汚れ仕事をこととしているような殺人請負会社といったものが実在するのかどうか?」ということ。はたして、韓国の読者たちはこういう設定を現実性があるものというアタマで読んでいるのか、それともあくまでも小説の基本設定としての虚構と考えているのか?
同様の疑問を、隣席の男性も抱いていたようでした。で、その場の反応はというと、即座の反応はなく、ややあって韓国人女性の方が口を開いて「あります」。
・・・というわけで、ヌルボがわかったのは、このような殺人請負会社が実際にある、ということではなくて、「実際にある」と思う韓国人がたしかにいるということでした。
この件で思い出した映画が、先の記事でも書いた「ある会社員」です。(参考→輝国山人のホームページ。)
主人公の会社員(ソ・ジソプ)が勤める会社というのが表面は平凡な金属製造会社だが、実は殺人請負会社、というのが基本設定です。
昨日観た「チラシ:危険な噂」も、殺人請負会社の話というわけではありませんが、権力にとって都合の悪い人物を陥れるという点で共通する内容の映画でした。参考→輝国山人のホームページ、→かなりネタバレのブログ記事。)
この映画については、今年2月韓国での公開時のブログ記事で次のように書きました。
主人公は熱血芸能マネジャーのウゴン(キム・ガンウ)。担当する女優の成功のために汚れ仕事も厭わずやってきたが、証券街のチラシによる大型スキャンダルに巻き込まれて女優は命まで失うことに。全てを失ったウゴンはそのチラシを流布した犯人を探し始める。その過程でチラシを作って売る業者のパク社長、情報を掘り出して確認する不法盗聴の専門家ペンムン(コ・チャンソク)の他、チラシを利用して「操作」を実行し、それによって生じた問題を武力で解決する解決専門家のチャ・ソンジュ(パク・ソンウン)まで登場。彼の脅しを受けながらウゴンはチラシの根源とその中に隠された真実を追い始める・・・。うーむ、これってどこまで事実を反映しているのかな? 原題は「찌라시: 위험한 소문」ですが、「찌라시(チラシ)」は日本語がそのまま韓国語になった言葉。証券街のチラシというのが実際はどんなものなんだろう?
実際この映画を観てわかったのはチラシの形態。「チラシ」といっても広告とは関係なく、日本でいうところの「怪文書」で、紙のものもあるが近年はネットで流される情報が多数出回っています。
※→ある韓国ブログで芸能界ゴシップを内容としたチラシの実例が・・・。ちょっとヤバい内容だし、実名部分は消しました。
この映画「チラシ:危険な噂」の中の大型スキャンダルというのは、女優と野党議員との間のセックスがらみのネタ。根も葉もないウワサばらまきに激怒した熱血マネジャーのウゴンが最初に乗り込んで行った先は、賃貸事務室でひっそりと編集発行作業をやっていて、月50万ウォンの購読料で収入を得ているチラシ業者。必死に迫るウゴンは、それが「上から」で提供されたネタであることを聞かされます。
その後だんだんと明らかにされていくのは、青瓦台(チョンワデ.大統領府)政策室と財閥が結託して行う、財閥のプロジェクトの阻止を図る野党議員のチラシを用いた追い落とし。そればかりではなく、配下に実際に邪魔者を物理的に「痛めつける」(殴る蹴る指を折る等々。果ては殺す!)実動組織があるのです。その組織というのが表向きは保安会社(警備会社)。その実動部隊のボス(パク・ソンウン)というのが元国家情報院要員。昔のKCIAですね。(小説「設計者」中の新興殺人会社も表向きは警備会社。)
こうした警備会社の人間が、近年の都市再開発で立ち退きに反対する住民を「強制排除」する「用役(ヨンヨク)」として用いられていることについては、→コチラの過去記事でも書きました。またこれも昨日観た映画「ストーン」でも描かれていました。したがって、こうした暴力組織と企業(や、もしかしたら行政)との結びつきは歴然とある・・・と見た方がよさそうですね。
しかし、殺人請負会社まであるかどうか? 彼らによる、事故や自殺とみせかけた殺人が実際に行われているかどうか? 誰の目にも明らかに存在するとなると大問題となるし、かといって全否定もできないし・・・という謎めいたところがあるからこうした映画や小説が作られる、ということなんでしょう。
なお、映画という媒体自体も政財界がメディア戦略として重視して宣伝に使うことも多い一方、批判的内容の作品には抑えにかかるというのもときおり聞く話です。
この点について、2日続けて韓国文化院で偶然(じゃなくて当然だな)顔を合わせたSARUさんはツイッターで次のように呟いていました。
「チラシ:危険な噂」、これも福岡アジア以来の再見。ラストの展開は、いかに政権や権力が隠然たる力を行使しようと、ネットで市民に共有されると倒されるという、最近の韓国映画の定番的展開。(中略) 権力や抑圧と戦ってきた韓国映画界において、この作品は真剣にそういうものと戦っているわけではなく、単なる娯楽作というあたりがどうにも。あの企業はサムスンとか実際の思わせないように徹底して無毒化されていたり。福岡アジアでの上映には監督が来たので、そのあたり突っ込んだら、ある意味正直な方で、大手の出資を受けた商業作品ですからね…、と。ヘタレ映画認定をしてしまったおいらは、そこそこ楽しみながらも、評価はしないよ。
・・・と厳しい評価。
しかし、ヌルボ思うに、多くの劇場で公開される商業作品はすでにその時点で「ヘタレ映画認定」せざるをえないのではないでしょうか?
そこで安易な妥協を排するとなると、上映機会を確保するためにかけずり回ることになります。(もっと厳しい映画を作るとなると命がけ?)
そんな「妥協を排した」映画で今まで何度も大きな感動を味わってきましたが、だからといって「大手の出資を受けた商業作品」にも作り手の「志」といったものが読み取れる作品がないわけではないると思います。
で、ヌルボとしてはこの「チラシ:危険な噂」の場合、観客に情報の出処や真偽、あるいはチラシの政治的意図について関心を向けさせている点を評価して合格点をつけます。
ひるがえって日本の場合、政・官・財、そして司法にメディア・・・、そのあたりの「黒い関係」はどんなものなのかな? (以前見た気骨あるドキュメンタリー映画「三池~終わらない炭鉱(やま)の物語」が思い出されます。)
あ、書いているうちにちょっと論点がずれてきちゃったかな?