大幅に更新が遅れてしまいました。日付を確認してください。
▶今回の記事で注目すべき韓国映画は「しなやかに(보드랍게)」、そして「妊娠した木とトッケビ(임신한 나무와 도깨비)」と題した2つのドキュメンタリーです。タイトルからはわかりませんが、どちらも元慰安婦の物語であり、またこれまでの慰安婦映画の類型を脱して新しい視点に立って作られた作品です。
・・・ということで、まず「しなやかに」について。このドキュメンタリーは、日本軍元慰安婦のキム・スナク[金順岳]さん(1928~2010)の82年間の人生をたどったものです。※手っ取り早く内容を知りたい方は→ハンギョレの記事参照。
ところで、韓国では金学順さんが元慰安婦として名乗り出て大きく報道された1991年以降、日本軍慰安婦に関係する映画が多く作られてきました。しかしその内容はほとんどが次の2つのうちの1つでした。<強制連行された少女>か、日本の蛮行を訴える<闘士ハルモニ(おばあさん)>か・・・。
なぜ<少女>と<ハルモニ>の間の約半世紀に及ぶ長い間がなぜ映画にほとんど描かれてこなかったのか?と言えば、その間の多くの元慰安婦たちの人生と彼女たちを取り巻く社会の問題のためでした。
キム・スナクさんは慶尚北道の小作農の家に生まれ、戦時中16歳の時に村のおじさんに連れられて大邱の製糸工場に就職するために旅立ちます。それは「日帝が処女供出の手段として集めている」という噂の<挺身隊>を避けるためで、その時初めて汽車に乗って故郷を出たのですが、彼女が着いたのは工場ではなく日本軍慰安所のための人身売買所だったとか。つまり就職詐欺にだまされたということ。その後中国のハルビン、内モンゴル、北京等で2年余り慰安婦生活を強要されます。日本の敗戦=光復後1946年に鴨緑江を渡って帰国したものの、ソウル、群山、麗水、東豆川などを転々としながら苦しい生活を続けてきました。
韓国について詳しい人ならこれらの地名から見当がつくのでは?
つまり、光復から戦時中キム・スナクさんのような<職歴>を持つ女性は故郷に帰っても蔑みの目で見られるばかりで、結局は慰安婦の延長のような仕事に就いて糊口をしのぐ道を択ばさざるを得なかった人が少なくなかったのです。彼女も遊郭で妓生として命をつなぎ、後に米軍基地村で水商売を営むママさんになったとのことです。※詳しい経歴は→コチラ参照。
その間、そして現在もこのような職業の女性は事情の如何を問わず蔑視されてきました。キム・スナクさんが元慰安婦として名乗り出た後、公式の席上でその時代の話を口にしたことはただの1度もなかったのもそのような世間のフンイキがあったからです。
※私ヌルボ、元慰安婦の支援組織の男性が嫌韓派(??)の日本人の「慰安婦は売春婦だ」という主張に対して「元慰安婦のハルモニに対する侮辱だ!」と抗議している事例が何度もありましたが、「それって売春で生計を立ててる女性を完全に蔑視してるんじゃないの!?」と大きな疑問を抱きました。(日本人の主張の中には「蔑視」ではなく単に「性産業従事者」「セックスワーカー」といった職業を示す用語として用いている人もいると思いますが・・・。)
「しなやかに」が画期的なのは、このような問題意識で慰安婦問題を捉え直した点にあります。つまり決して戦中の日本軍の問題にのみ限定せず、戦後も長く続いてきた韓国内の伝統的な父権主義と向かい合うという視点に立ち、キム・スナクさんについても人生の一部を取捨選択せず、すべてをそのまま記録して盛り込むことで、彼女の経てきた痛ましい過去とこれを放置した社会の無関心に問いを投げかけます。また、このような新しい視点の慰安婦映画が作られた背景には、#MeToo運動を進めてきた人々が元慰安婦ハルモニの物語を現在進行形の女性に対する性暴力等とも重ね合わせて見直したことが慰安婦問題に対する視野を拡大させることになったとのこと。これはナルホド、です。
次に「妊娠した木とトッケビ」について。
議政府(ウィジョンブ)の米軍用慰安所が立ち並ぶ一角ペッポル[뺏벌]で米軍慰安婦として40年以上生きてきた朴仁順(パク・インスン)さんの物語です。
米軍慰安婦は<洋公主(ヤンゴンジュ)>と呼ばれ蔑視されてきました。少なくとも90年代からは大きく報道され組織的な支援も得てきた日本軍慰安婦とは異なり、彼女たちに対しては国も多くの国民も相変わらず目を背けてきました。映画では、→「地獄花」(1958)や→「誤発弾」(1961)のような名作にも登場しますが、ひとつの時代風俗として描かれたものでした。本作はそれらとは全然異質のもので、米軍慰安婦を社会的・歴史的存在として捉える点で画期的な作品だと思います。あらすじは以下の通りです。
朴仁順(パク・インスン)は、米軍基地撤去を知らせるニュースを聞いて不安になります。ある冬の夜、彼女は同僚の女性の死を目撃し、その葬儀に参列します。そしてこの世を迷う幽霊たちを探しに来たあの世の使者たちに発見されます。あの世の使者は幽霊を連れて行くための物語を作り出し、仁順は彼らに対抗して自分だけの物語を語り始めます・・・。
本作は朴任順の記憶を再現し、深い苦痛について語る作品ですが、文字を知らない彼女は過去の記憶を紙切れに描いて呼び起こします。しかし記憶が不明瞭なこともあり、キム・ドンリョン監督とパク・ギョンテ監督はオーソドックスなドキュメンタリーの手法ではなく、ドラマ、スリラー、ファンタジーといった形式も混用して彼女たちの夢や願望を再現しました。その点が、本作が評論家・記者の評価が高い一方、一般ファンには今ひとつの感がある理由と思われます。なお本作は日本でも→<イメージフォーラム・フェスティバル2020>の中で上映されましたが、私ヌルボは残念ながら見逃してしまいました。
※そういえば、ユン・ヨジョン先生主演の「バッカス・レディ」(2017日本公開)も米軍慰安婦関係でしたね。→崔盛旭さんの記事は必読!
★★★ NAVERの人気順位(3月2日(水)現在上映中映画) ★★★
【ネチズンによる順位】
※[記者・評論家による順位]とも①等の右の( )は前週の順位。評点の後の( )は採点者数。初公開から1年以内の作品が対象。
「初登場」とは、本ブログでの初登場の意。
①(新) しなやかに(韓国) 9.80(10)
②(新) 蝉の声(韓国) 9.50(357)
③(1) 戦闘王(韓国) 9.66(287)
④(3) SING/シング:ネクストステージ 9.43(2,543)
⑤(4) 劇場版 呪術廻戦 0(日本) 9.35(840)
⑥(新) 幸せの答え合わせ 9.31(32)
⑦(5) コーダ あいのうた 9.21(762)
⑧(6) ミシン縫製工だった少女たち(韓国) 8.89(73)
⑨(8) スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム 8.87(19,342)
⑩(-) 「劇場版 Free!-the Final Stroke-」前編(日本) 8.77(48)
①②⑥の3作品が新登場ですが、②と⑥については→1つ前の記事で紹介しました。
①「しなやかに」は韓国のドキュメンタリー。<第21回全州国際映画祭>(2020)でドキュメンタリー賞、<第12回DMZ国際ドキュメンタリー映画祭>(2020)で美しい鴈賞を受賞し注目された作品です。本作については記事冒頭で詳述したので重複は避けます。原題の「보드랍게」は最初「やわらかく」と訳しましたが、ハンギョレ日本版の記事に合わせて「しなやかに」に変更しました。キム・スナクさんの「하이고, 참 애묵었다(はてさて,ホントに苦労したな)」というような「보드라운 말 한마디(やわらかい言葉)」の印象によるタイトルです。
【記者・評論家による順位】
①(1) ドライブ・マイ・カー(日本) 8.44(9)
②(2) パワー・オブ・ザ・ドッグ 7.75(4)
③(3) ドント・ルック・アップ 7.60(5)
④(4) DUNE/デューン 砂の惑星 7.56(9)
⑤(5) ウエスト・サイド・ストーリー 7.50(8)
⑥(6) リコリス・ピザ 7.33(6)
⑦(新) 妊娠した木とトッケビ(韓国) 7.17(6)
⑧(7) スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム 7.09(11)
⑨(9) ピッグ 7.00(8)
⑩(-) アナザーラウンド 6.89(9)
⑦「妊娠した木とトッケビ」が新登場です。<第24回釜山国際映画祭>(2019)で初めて上映されたドキュメンタリーです。内容については、これも記事冒頭で詳述したので重複は避けます。原題は「임신한 나무와 도깨비」です。
▶今回の記事で注目すべき韓国映画は「しなやかに(보드랍게)」、そして「妊娠した木とトッケビ(임신한 나무와 도깨비)」と題した2つのドキュメンタリーです。タイトルからはわかりませんが、どちらも元慰安婦の物語であり、またこれまでの慰安婦映画の類型を脱して新しい視点に立って作られた作品です。
・・・ということで、まず「しなやかに」について。このドキュメンタリーは、日本軍元慰安婦のキム・スナク[金順岳]さん(1928~2010)の82年間の人生をたどったものです。※手っ取り早く内容を知りたい方は→ハンギョレの記事参照。
ところで、韓国では金学順さんが元慰安婦として名乗り出て大きく報道された1991年以降、日本軍慰安婦に関係する映画が多く作られてきました。しかしその内容はほとんどが次の2つのうちの1つでした。<強制連行された少女>か、日本の蛮行を訴える<闘士ハルモニ(おばあさん)>か・・・。
なぜ<少女>と<ハルモニ>の間の約半世紀に及ぶ長い間がなぜ映画にほとんど描かれてこなかったのか?と言えば、その間の多くの元慰安婦たちの人生と彼女たちを取り巻く社会の問題のためでした。
キム・スナクさんは慶尚北道の小作農の家に生まれ、戦時中16歳の時に村のおじさんに連れられて大邱の製糸工場に就職するために旅立ちます。それは「日帝が処女供出の手段として集めている」という噂の<挺身隊>を避けるためで、その時初めて汽車に乗って故郷を出たのですが、彼女が着いたのは工場ではなく日本軍慰安所のための人身売買所だったとか。つまり就職詐欺にだまされたということ。その後中国のハルビン、内モンゴル、北京等で2年余り慰安婦生活を強要されます。日本の敗戦=光復後1946年に鴨緑江を渡って帰国したものの、ソウル、群山、麗水、東豆川などを転々としながら苦しい生活を続けてきました。
韓国について詳しい人ならこれらの地名から見当がつくのでは?
つまり、光復から戦時中キム・スナクさんのような<職歴>を持つ女性は故郷に帰っても蔑みの目で見られるばかりで、結局は慰安婦の延長のような仕事に就いて糊口をしのぐ道を択ばさざるを得なかった人が少なくなかったのです。彼女も遊郭で妓生として命をつなぎ、後に米軍基地村で水商売を営むママさんになったとのことです。※詳しい経歴は→コチラ参照。
その間、そして現在もこのような職業の女性は事情の如何を問わず蔑視されてきました。キム・スナクさんが元慰安婦として名乗り出た後、公式の席上でその時代の話を口にしたことはただの1度もなかったのもそのような世間のフンイキがあったからです。
※私ヌルボ、元慰安婦の支援組織の男性が嫌韓派(??)の日本人の「慰安婦は売春婦だ」という主張に対して「元慰安婦のハルモニに対する侮辱だ!」と抗議している事例が何度もありましたが、「それって売春で生計を立ててる女性を完全に蔑視してるんじゃないの!?」と大きな疑問を抱きました。(日本人の主張の中には「蔑視」ではなく単に「性産業従事者」「セックスワーカー」といった職業を示す用語として用いている人もいると思いますが・・・。)
「しなやかに」が画期的なのは、このような問題意識で慰安婦問題を捉え直した点にあります。つまり決して戦中の日本軍の問題にのみ限定せず、戦後も長く続いてきた韓国内の伝統的な父権主義と向かい合うという視点に立ち、キム・スナクさんについても人生の一部を取捨選択せず、すべてをそのまま記録して盛り込むことで、彼女の経てきた痛ましい過去とこれを放置した社会の無関心に問いを投げかけます。また、このような新しい視点の慰安婦映画が作られた背景には、#MeToo運動を進めてきた人々が元慰安婦ハルモニの物語を現在進行形の女性に対する性暴力等とも重ね合わせて見直したことが慰安婦問題に対する視野を拡大させることになったとのこと。これはナルホド、です。
次に「妊娠した木とトッケビ」について。
議政府(ウィジョンブ)の米軍用慰安所が立ち並ぶ一角ペッポル[뺏벌]で米軍慰安婦として40年以上生きてきた朴仁順(パク・インスン)さんの物語です。
米軍慰安婦は<洋公主(ヤンゴンジュ)>と呼ばれ蔑視されてきました。少なくとも90年代からは大きく報道され組織的な支援も得てきた日本軍慰安婦とは異なり、彼女たちに対しては国も多くの国民も相変わらず目を背けてきました。映画では、→「地獄花」(1958)や→「誤発弾」(1961)のような名作にも登場しますが、ひとつの時代風俗として描かれたものでした。本作はそれらとは全然異質のもので、米軍慰安婦を社会的・歴史的存在として捉える点で画期的な作品だと思います。あらすじは以下の通りです。
朴仁順(パク・インスン)は、米軍基地撤去を知らせるニュースを聞いて不安になります。ある冬の夜、彼女は同僚の女性の死を目撃し、その葬儀に参列します。そしてこの世を迷う幽霊たちを探しに来たあの世の使者たちに発見されます。あの世の使者は幽霊を連れて行くための物語を作り出し、仁順は彼らに対抗して自分だけの物語を語り始めます・・・。
本作は朴任順の記憶を再現し、深い苦痛について語る作品ですが、文字を知らない彼女は過去の記憶を紙切れに描いて呼び起こします。しかし記憶が不明瞭なこともあり、キム・ドンリョン監督とパク・ギョンテ監督はオーソドックスなドキュメンタリーの手法ではなく、ドラマ、スリラー、ファンタジーといった形式も混用して彼女たちの夢や願望を再現しました。その点が、本作が評論家・記者の評価が高い一方、一般ファンには今ひとつの感がある理由と思われます。なお本作は日本でも→<イメージフォーラム・フェスティバル2020>の中で上映されましたが、私ヌルボは残念ながら見逃してしまいました。
※そういえば、ユン・ヨジョン先生主演の「バッカス・レディ」(2017日本公開)も米軍慰安婦関係でしたね。→崔盛旭さんの記事は必読!
【 「しなやかに」(左)と、「妊娠した木とトッケビ」のポスター 】
★★★ NAVERの人気順位(3月2日(水)現在上映中映画) ★★★
【ネチズンによる順位】
※[記者・評論家による順位]とも①等の右の( )は前週の順位。評点の後の( )は採点者数。初公開から1年以内の作品が対象。
「初登場」とは、本ブログでの初登場の意。
①(新) しなやかに(韓国) 9.80(10)
②(新) 蝉の声(韓国) 9.50(357)
③(1) 戦闘王(韓国) 9.66(287)
④(3) SING/シング:ネクストステージ 9.43(2,543)
⑤(4) 劇場版 呪術廻戦 0(日本) 9.35(840)
⑥(新) 幸せの答え合わせ 9.31(32)
⑦(5) コーダ あいのうた 9.21(762)
⑧(6) ミシン縫製工だった少女たち(韓国) 8.89(73)
⑨(8) スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム 8.87(19,342)
⑩(-) 「劇場版 Free!-the Final Stroke-」前編(日本) 8.77(48)
①②⑥の3作品が新登場ですが、②と⑥については→1つ前の記事で紹介しました。
①「しなやかに」は韓国のドキュメンタリー。<第21回全州国際映画祭>(2020)でドキュメンタリー賞、<第12回DMZ国際ドキュメンタリー映画祭>(2020)で美しい鴈賞を受賞し注目された作品です。本作については記事冒頭で詳述したので重複は避けます。原題の「보드랍게」は最初「やわらかく」と訳しましたが、ハンギョレ日本版の記事に合わせて「しなやかに」に変更しました。キム・スナクさんの「하이고, 참 애묵었다(はてさて,ホントに苦労したな)」というような「보드라운 말 한마디(やわらかい言葉)」の印象によるタイトルです。
【記者・評論家による順位】
①(1) ドライブ・マイ・カー(日本) 8.44(9)
②(2) パワー・オブ・ザ・ドッグ 7.75(4)
③(3) ドント・ルック・アップ 7.60(5)
④(4) DUNE/デューン 砂の惑星 7.56(9)
⑤(5) ウエスト・サイド・ストーリー 7.50(8)
⑥(6) リコリス・ピザ 7.33(6)
⑦(新) 妊娠した木とトッケビ(韓国) 7.17(6)
⑧(7) スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム 7.09(11)
⑨(9) ピッグ 7.00(8)
⑩(-) アナザーラウンド 6.89(9)
⑦「妊娠した木とトッケビ」が新登場です。<第24回釜山国際映画祭>(2019)で初めて上映されたドキュメンタリーです。内容については、これも記事冒頭で詳述したので重複は避けます。原題は「임신한 나무와 도깨비」です。