ヌルボ・イルボ    韓国文化の海へ

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カンプルの漫画「26年」と5.18光州民主抗争

2011-10-31 23:56:51 | 韓国の漫画
 私ヌルボ、いろいろ仕入れた韓国関係のネタ(インプット)と、ブログ記事(アウトプット)がほぼ等量だといいのですが、慢性的にインプットが溜まっていって、記事の方が追いついていけない状態になっています。
 この9月以降にしても、光州旅行については簡略版だけしか記事にしていないし、金沢旅行では実は尹奉吉の密葬地といういかにも韓国オタクらしい所にも行ったのですが、調べはじめるとキリがつかなくなってきてまとめるのが難しく、今に至っています。

 そこで思いついたのが2つのネタの合体。
 ・・・ということで、今回はカンプルの漫画と5.18光州民主抗争について。

 カンプルの漫画については、これまで何度も本ブログでとりあげてきました。ネット漫画家の草分け的存在で、これまでほとんどの作品が映画化されています。
 ただ、映画でヒットしたのは今年前半の「あなたを愛しています(당신을 사랑합니다)」が初めて。彼の作品の多くが群像劇で、時間軸・空間軸が複雑に交錯する緻密なプロットが大きな持ち味になっていますが、それをどう構成するかが映画表現での難しいところだと思います。

 彼の作品で、日本で翻訳本が出ているのは初期の「純情物語 1~4」(双葉社.2005)だけ。
 若い会社員と、同じマンション(韓国ではアパート)の女子高生との文字通り純愛を描いた物語ですが、私ヌルボとしてはちょっと純情すぎて、彼の作品のランクとしては水準以下ってとこですねー。

 2004年の時点での彼の紹介記事で、すでに彼のことを「猟奇漫画家(ここではギャグ漫画のこと)」「純情漫画家」「運動圏漫画家」と紹介しています。
 これにもう一つつけ加えると「恐怖漫画家」でしょう。

 上記の「純情物語」以降、翻訳書は出ていませんが、韓国ではネット連載の完結後に本として刊行されています。
 ヌルボは今までほとんど読んできました。ちなみにベスト3(順不同)をあげると、
 ○「바보(パボ.馬鹿)」 
 ○「26년(26年)」
 ○「그대를 사랑합니다(あなたが好きです)」


の3作品。
 恐怖漫画では「timing」あたりですかねー。

 彼の本を購入するのがめんどう、という人は「DAUM漫画」のサイトで読むことができます。

 今年刊行された「당신의 모든 순간(あなたのすべての瞬間)」全30話は→コチラから。
 そして今は「조명가게(照明器具店)」を連載中です。→コチラから。いずれも恐怖漫画です。
※こういうのをイチイチ読んでるのもブログ記事が書けなくなってしまう一因。
 
 さて、上記紹介記事にあったように、カンプルの一側面は運動圏漫画家です。
 「運動圏」とは、学生運動・労働運動、反政府の市民運動の側を一般的にさす言葉です。
 今年6月20日の記事で書きましたが、カンプルは今年問題化している大学登録金(授業料)値上げ反対闘争についても漫画で支援しています。→コチラ参照。
 また、李明博政権批判の本「악 법이라고 : 10년을 거꾸로 돌리는 MB악법 바로보기(悪法だって: 10年逆戻りする李明博の悪法を正しく見る」の筆者にも名を連ねています。

 さて、ここからが本論。

 9月の光州旅行で、偶然の出会いで案内していただくことになった金容哲さんが車で5.18民主墓地まで送って下さいました。
 墓地中央に追慕塔が立っています。この塔にはデジャヴュ(既視感)・・・じゃなくて、明確に見た 記憶がありました。先述のカンプルの漫画「26年」の一場面で初めて見たのです。
 5.18光州民主抗争は、もちろん運動圏の人たちにとっては象徴的な意味をもつ出来事です。この

     
    【国立5.18民主墓地。左はカンプルの漫画「26年」から。】

 この「26年」も「運動圏漫画家」のカンプルらしい漫画の代表です。
 1980年から26年後、自分の親を5.18抗争の中で殺された当時の子どもが成長して、「親の敵(かたき)である全斗煥を亡きものにしようと計画を練り、実行に移す、という話です。(実在の人物をターゲットにした漫画は、日本では発表できるのでしょうか?)
 この漫画も緻密に構成された群像劇で、音楽でいえば、いくつもの楽器のそれぞれの旋律が、最後の瞬間に響きあい収束する、という感じです。
 この漫画も、詳しくは→コチラで直接見ていただくとして、その中に1974年生まれで1980年当時7歳(韓国は数え年がふつう)だったカンプルがどのようにして光州民主抗争を知るようになったかを自ら話し言葉(パンマル)で書いた部分があります。→コチラ

 これを読んでわかったことを略述します。

・カンプルにとって「5.18」という言葉が初めて心に残ったのは中学2年の時(1987年?)。帰宅途中、新川駅の地下道を歩いていると、大学生らしい学生が地下道の壁いっぱいに写真を貼っている。目を開けて見られないほど凄惨な屍体の写真で、言葉にできないほどの衝撃を受けた。説明を見ると、皆光州で同じ日に死んだ人たちだった。少し後に警官が追っかけてきたので、学生たちは走り去った。 
 警官は写真を破っていったが、カンプルはその場に茫然と立ったままだった。あの人たちはなぜ死んだのだろうとの疑問が残った。それが彼と「5.18」の最初の出会いだった。
※今ここでヌルボが知った新事実! カンプルとヒョンビンは同じチャムシン(蚕新)中学校卒です。ただしヒョンビンは1982年生まれなので学年はカンプルの(たぶん)8年下。

       

・高校生の時、明洞に遊びに行ったら、大勢の人が群がっていた。「80年に光州で多くの人を殺した全斗煥は殺人魔だ!」とスピーカーを持った男が叫んでいた。そこでも光州の犠牲者たちの写真を見た。それが「5.18」との2回目の出会いである。

       

・カンプルは大学に入って、先輩から「5.18」がどんなことだったのか教えてもらった。
 カンプルを漫画の道に導いてくれた漫画は、朴在東(パク・チェドン.박재동)先生の「ハンギョレ漫評」だった。カンプルも「5.18」に関する漫画を大字報の形で続けて描くようになった。

・大学1年の時、非常な人気を集めたドラマが「砂時計」。その中で「5.18」が断片的だが出てきた。主人公テスの弟分だった光州の若者は、素手で鎮圧軍に立ち向かうという。その言葉が印象に残る。

      

 映画「ペパーミントキャンディ」も、過去の傷(「5.18」の時の加害者)が現在まで続いていることを思った。

・しかし、その後文民政権が成立した後も、「5.18」の歴史はきちんと清算されていない・・・。


 このようなカンプル自身の経験は、1980年当時、リアルタイムでマスコミ報道がほとんどなされなかった韓国で、直接の体験者ではない多くの人々がどのようにして「5.18」の知識を得ていったかを示す好例といえるのではないでしょうか?

 また、最近のソウル市長選挙で、進歩陣営の無所属・朴元淳氏が当選した背景に<SNS世代>ともいわれる20~40代(<2040世代>ともいう)の若い層の政党離れがある、と韓国メディアは報じていました。カンプルや、彼の主要読者層も、革新性向を示すこの世代の一般的な構成員ということでしょうか。
※<SNS>とはソーシャル・ネットワーク・サーヴィスの頭文字。

★★★ 2011年11月23日の付記 ★★★
 <夾竹桃日記>というブログ中の記事<韓国のマンファ ストーリーが秀逸?>で、この記事が紹介されていました。→コチラ 
 韓国の漫画について、当記事を参考にして下さるのはうれしいですが、さらに補足しておきます。<夾竹桃日記>にカキコミしようと思ったのですが、うまくいかなかったので・・・。

○漫画の漢字を個別に発音(「漫、画」と)するとマンファですが、続けるとマヌァとなります。

○韓国漫画の歴史について。ソウル近郊の富川(プチョン)市にある漫画ミュージアムに行ったことがあります。その記録もブログ記事にしてあります。→コチラ
 そこにも書きましたが、「日本の漫画の流入や影響について全然触れられていない!」という大きな問題があります。「意識的に(精力的に、必死になって・・・)日本の影響を漫画の歴史叙述&展示から除去していった」とのことです。
 関連で「コネスト」という韓国関係サイト中に「韓国漫画事情」(←オススメ!)という連続(3回)記事があり、歴史や現況をかなり詳しく紹介しています。

○ベストセラー上位20位以内に、現在韓国漫画は6点、他はすべて日本の漫画です。
 韓国の漫画ファンも、作家の国籍とは関係なく作品のレベルで選んでいるわけなので、数は少ないにしても、韓国漫画の中にも高い評価を得ているものがあるのは事実です。

○カンプルの漫画は、「絵がヘタ」というのは韓国内でも指摘されているようです。最初からネット漫画家としてスタートせざるを得なかったという事情が、日本の作家のようにアシスタントが背景等を丁寧に描き込んでいくようなものとは全然違うものになっている背景としてあると思われます。
 ただ、緻密なストーリー展開とテーマ性は評価されるべきで、だからこそ多くの作品が映画化されていると思います。「26年」や「あなたを愛しています」は本当に読み応えがありました。

○ホ・ヨンマンという韓国漫画界の大御所の「食客」は、「美味しんぼ」を参考にしたということを作家自身が書いています。「主人公を記者にするのは避けた」とも。これは綿密な取材に基づいて描かれていて、「美味しんぼ」に勝るともおとらないレベルの作品になっています。2009年に講談社KCDXから翻訳本が出ましたが、売れなかったのか第5巻で止まったままです。

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