菊ちゃんとくやしい事
菊ちゃんは40代で亡くなる時までずっと精神年齢は7才のままでした。もちろん、本人は自分が知恵遅れだとは思っていなかったのですよう。
そうでござ~♪~ましょうか?少しは自覚していたのではないですか?
僕もずいぶんと、その事については考えてみた事があるのですよう。でもねぇ、どのように考えても、菊ちゃんが自分のことを“バカ”だと思っていとは思えないのですよう。
何かその証拠となるようなことでもあるのでござ~♪~ますか?
あるのですよ。今日はその事についてのエピソードなんですよう。
なんだか、面白そうでござ~♪~ますわ。うふふふふ。。。
卑弥子さんは「食物連鎖 (food chain)」という言葉を聞いたことがあるでしょう?
ありますわ。
「弱肉強食」の世界ですよね。英語には、そのものズバリの諺があります。つまり、“The strong prey upon the weak.” 強い者が弱い者を餌食(えじき)にする。要するに、強い者が弱い者を食べてしまうと言う訳ですよ。まさに、上の絵のように大きな魚が小さな魚を食べてしまう訳ですよ。
その事と菊ちゃんが関係あるのでござ~♪~ますか?
あるのですよう。
どのようにでござ~♪~ますか?
この「弱肉強食」がイジメにもあるのですよう。
つまり、力の強い者、喧嘩の強い者が弱い者をイジメるのですよう。僕が小学生の頃、近所の遊び仲間では、必ずイジメられる者、バカにされる者は決まっていたものですよう。たいてい勉強ができなくて体力の無い者と相場が決まっていましたよ。だから、仲間の中では最年少の者がこのイジメにあいやすかった。
それで。。。?
このイジメにあう最年少の者も、いつも苛められたり、バカにされていたのではストレスが溜まるから、グループ以外で苛めることができる者、バカにできる者を探すのですよう。
つまり。。。つまり。。。いつも遊び仲間で苛められバカにされているグループの最年少の者が菊ちゃんをイジメ、馬鹿にするのでござ~♪~ますか?
そうなんですよう。菊ちゃんは精神年齢は7才でも僕が小学生の頃は、少なくとも18才を越えていたから、体は立派な大人ですよう。でも、知能の遅れはどうしても虐めの対象になってしまうのですよね。僕の遊び仲間の最年少でいつもバカにされていたのは小学校2年生の幸雄君でした。でも、この幸雄君は勉強はできなかったけれども腕力があるから菊ちゃんもかなわないのですよう。しかも、菊ちゃんが大人なのに知恵遅れで馬鹿だということを知っているから、仲間から苛められたりバカにされたりすると、その腹いせに菊ちゃんを苛めるのですよう。
デンマンさんは助けなかったのですか?
もちろん僕は助けたいのですよう。でも、僕はその遊び仲間のボスではなかった。その仲間にはメンバーが8人から10人ぐらい居ました。ガキ大将は小学校の6年生でした。当時、僕は小学校の3年生か4年生です。その仲間での力関係ではちょうど中ほどですよう。ボスには従わなければならないという“暗黙の掟(おきて)”がありました。
つまり、菊ちゃんを助けたくても助ける事がその掟に反するのでござ~♪~ますか?
そうなのですよ。幸雄君が菊ちゃんを苛めだすと、ボスが面白がって笑うのですよう。僕が菊ちゃんを助けようとすれば、“面白い見世物”を邪魔したと言うので、今度は僕が虐められかねない。
それでデンマンさんもガキ大将に同調して、幸雄君を止めずにただ見ていたのですか?
当時はそのようにする他になかったのですよう。子供の社会の掟は守らなければ虐めにあいましたからね。
それで、菊ちゃんは苛められるままですか?
そうなのですよ。当時、菊ちゃんは「食物連鎖の底辺 (bottom of the food chain)」に居たのですよ。つまり、最も弱い立場に居た。知能が遅れていた事と、女で腕力がなかったということで、悪ガキの遊び仲間グループの誰もが、虐めの対象にしたり、面白がって菊ちゃんを馬鹿にしたのですよう。
菊ちゃんは、どうして女の子のグループと遊ばなかったのですか?
女の子のグループって当時どう言う訳か無かった。菊ちゃんは大人には相手にされなかったから、どうしても、当時一番目だった悪ガキの仲間グループのそばに寄って来るのですよう。
それで苛められてしまうのですか?
もちろん、いつも菊ちゃんは苛められている訳じゃないのですよう。ただ、何も他にすることがなくて、退屈なときに、幸雄君がバカにされたり苛めにあう前に、菊ちゃんがそばに居れば、幸雄君が菊ちゃんを標的にするのですよう。今から思えば、弱い立場の者の生きるための知恵ですよう。つまり、自分が虐めにあう前に、より弱い者を苛める。そうやって自分を守っていたのでしょうね。
それで、菊ちゃんは苛められて、どうなるのですか?
菊ちゃんは、おとなしい素直でいい子なのですよう。苛められるようなこと、バカにされるような事は何一つしない。菊ちゃんは他に行く所がないから、面白そうに遊んでいる悪ガキたちの様子を見ているだけなのですよう。ところが、仲間の雰囲気を微妙に察して、矛先が自分に向かいそうだと思うと、幸雄君は菊ちゃんを馬鹿にし始める。
菊ちゃんは他の所に行かないのでござ~♪~ますか?
家に帰ってもつまらないのでしょうね。だから、バカにされそうだと分かっても悪ガキの仲間のそばに寄って来るのですよう。
それで、虐めって具体的にどのようにするのでござ~♪~ますか?
幸雄君は腕力があるといっても小学校2年生ですからね。殴ったり蹴ったりという暴力を振るう訳ではない。自分がバカにされたり苛められるから、矛先を菊ちゃんに向けているだけですよ。
つまり、言葉の暴力で菊ちゃんを苛めるのですか?
そうです。
菊ちゃんは言い返さないのですか?
菊ちゃんはよく言葉がしゃべれないから、言い返したりすると、さらにバカにされてしまうのですよう。
それで。。。?
菊ちゃんだって小学校2年生の幸雄君に訳の分からない事を言われて罵(ののし)られるから、面白いはずがない。
菊ちゃんのオツムの程度は、確かに小学生とあまり変わりがないのですよ。でもね、子供にはないようなすばらしい特技を持っている。前にも書いたけれど、桜の花びらだとかユリの花だとか菊の花を集めて、このような首飾りを器用に作る事ができる。子供っぽいところが多いのだけれど、それでも大人の意識を持っている。だから、小学生にバカにされると無念な気持ちでいっぱいになってしまうのですよ。
それで、菊ちゃんはどうなるのでござ~♪~ますか?
相手が小学校2年生なのだから、普通の18才の娘ならば、訳の分からない事を言って突き飛ばしたりすれば、負けずにほっぺたをひっぱたくかもしれませんよう。
菊ちゃんは暴力を振るわないのでござ~♪~ますか?
僕は菊ちゃんが小学生を殴ったのを見たことがありませんよ。決して暴力に訴えない人でしたね。とにかく、おとなしい静かな人でした。
それで、幸雄君はいつまで苛め続けるのですか?
菊ちゃんも我慢しきれなくなるのでしょうね。相手が小学生と言えども、菊ちゃんはひっぱたいたり、殴ったりしない人だから、あとはもう泣き出すしかなかったですよ。それも菊ちゃん特有のやり方で泣くのですよう。
どのように。。。?
菊ちゃんは、上の写真ではサンダルを履(は)いているけれど、僕の記憶では圧倒的に赤い鼻緒の下駄を履いていることが多かった。幸雄君が訳の分からない事を言って喚(わめ)くと、菊ちゃんだって頭にくるわけですよね。それで、どうにも我慢しきれなくなると、急にベソをかいて下駄を片方飛ばすのですよ。なぜか、片方だけですよ。両方飛ばせば、もっと面白いと思うのだけれど。。。うへへへ。。。
飛ばすって。。。?どのようにでござ~♪~ますか?
だから、下駄を履いたままで片足を蹴り上げるのですよう。
なぜ。。。?
菊ちゃんにしてみれば、頭にくるからですよう。普通の18才の娘ならば、癇癪を起こして相手の頭を殴るかも知れませんよ。でも、菊ちゃんは決して殴るような事はしなかった。つまり、我慢しきれなくなって、そのやり場のない憤懣を下駄を片方飛ばす事によって表現しているのですよう。
それで。。。片方だけなのでござ~♪~ますか?
なぜか、片方だけなのですよ。本人はマジで怒っている訳なのだけれど、それを見ている子供たちは喜びますよね。“ォ~飛んだ、飛んだア~”と言って手を叩いて喜ぶ奴まで居ますよう。それで、菊ちゃんは、さらに悔しがって泣くのですよう。子供にしてみれば、大人の女が泣くのをめったに見ないので面白い訳ですよう。
それで、デンマンさんも一緒になって笑ったのでござ~♪~ますか?
もちろん、僕だって初めの頃は面白いと思いましたよ。
一緒になって笑っていたのでござ~♪~ますわね?
うん、うん、うん。。。でもね、菊ちゃんの泣き顔が、またメチャ可愛いのですよう。ワンワン泣くのじゃなくてメソメソ泣くのだけれど、その様子が子供の目にも、とってもかわゆく映ったものですよう。
それで。。。?
僕が中学生になる頃は、ほとんど毎日のように菊ちゃんは僕の家に遊びに来ていたけれど、僕が小学生当時は、それ程頻繁に僕の家には来なかった。それでも、他の子供の家には遊びに行くことは無かったですからね。。。なんと言うか、菊ちゃんに対してかばってやりたいような気持ちが他の子供よりはあったと思うのですようゥ。
それで。。。?
だから、飛んでいった下駄を僕が取りに行ってやりましたよ。
どれぐらい飛ばすのでござ~♪~ますか?
5メートルから10メートルでしたね。。。ところが、菊ちゃんに下駄を履かせると、まもなくして、また飛ばすのですよう。
どうして。。。?
子供たちが面白がって、菊ちゃんをバカにするのですよう。
また、飛ばすのを見たいからですか?
そうですよう。
デンマンさんは、悪い子供たちと一緒になって遊んでいたのですわね?。。。んで、それが菊ちゃんの面白いエピソードなのでござ~♪~ますか?
もちろん、それだけじゃないのですよう。
他にもっと面白いエピソードが。。。?
そうですよ。すでに書いたように、僕は菊ちゃんが「食物連鎖の底辺 (bottom of the food chain)」に居たと思っていたのですよう。つまり、悪ガキ仲間のグループでは小学校2年生の幸雄君が苛められる序列では最下位なのですよ。そのグループの中では、幸雄君は他に苛める相手が居ない。だから、菊ちゃんを苛める訳ですよう。
それで、菊ちゃんが正真正銘の底辺だと言うのでござ~♪~ますか?
そうですよ。僕は、そうだと思っていたのですよう。つまり、菊ちゃんは誰からも馬鹿にされ、苛められていたと。。。要するに、菊ちゃんが馬鹿にしたり苛めたりする人は居ないと。。。
でも、違うのですか?
違うのですよう。僕の認識が甘かったのですよ。。。うしししし。。。
つまり。。。つまり。。。菊ちゃんが馬鹿にしたり苛めたりする相手が居ると。。。?デンマンさんは、そうおっしゃるのでござ~♪~ますか?
そうなのですよう。僕は生まれて初めて“客観的”と“主観的”という意味を考えさせられたものですよう。
どう言う事でござ~♪~ますか?
どう考えても、菊ちゃんが馬鹿にしたり苛めることができる人が居るようには思えなかったのですよう。
でも、居たのでござ~♪~ますか?
居たのですよう。僕のオツムの死角、盲点を見せ付けられたように思いましたよ。
それで。。。それで。。。それは。。。一体誰でござ~♪~ますか?
おきよさんと言う、かつて僕の家の隣に住んでいた人ですよ。僕のお袋と同じ年頃の人ですよう。テルさんとおきよさん夫婦は、僕が生まれる前から隣に住んでいた人です。子供が6人居て、長女が雪江ちゃんと言って僕よりも6才年上だったですよ。
それで、そのおきよさんと言う人はどのような女性なのでござ~♪~ますか?