はるな愛と神鳥忍井上たか子がそこにいた
佳林の音楽劇を東京丸の内でみて、東京駅15時51分の中央特快高尾ゆきにのり、八王子絵へ。大黒摩季52歳の30周年コンサートにいく私。
八王子って意外にとおくて、新宿、中野、立川よりさらに先なのね。50分かかった。JR八王子駅には改札がひとつしかなく、その改札をでて、左右に伸びる通路を左へ点字ブロックにそって50メートルほどあるく、すると左から女性店員の声、マーマレードおひとつですね、レアチーズケーキおひとつですね。なんのお店化とおもったら、コージーコーナーというケーキ屋さん、チェーン店で東京にたっくさんあるよう。その声を左にきいて、点字ブロック右分岐を右へ、そこそこから点字ブロックにそってあるく、グレーチングとか、ビルの結合部とかで点字ブロックは途中何度か1メートルほど途切れるところもあるけど、点字ブロックはさらにちゃんとつながっている。サザンスカイタワーという建物の2階のエレベーターまでつながっている。うれしいね。徒歩5分もかからない。もちろん雨にもぬれない。
この4階にコンサートホールがある。八王子ホール。よくモーニング娘。がコンサート初日ここでやっていたね、オリンパスホール八王子、今は名前が変わってジェイコムホール八王子になっている。
どうやらこの建物は公共施設のようで、4階おりてもエレベーターから点字ブロックがちゃんとつながっていて、入場口までつながっていたうれしいね。ただ、16時開場を待つ大黒摩季ファンが長打の列で、点字ブロックの上を占領。でも、鈴をつけた白杖のおかげで、みみんな点字ブロックの上をあけてくれたありがたいね。
会場と同時に、入場し、スタッフに手引き、エレベーターホールに椅子をだしてもらってそこで障碍者は待機。私以外に数人車いすの人がいるよう。まずは車いすの人を誘導して、私は15分ぐらい待って手引きをしてもらって8階へ。今日の私の席は、3階席。待っている間にリュックから、黄色のハロプロ研修生Tシャツをもした、盲人Tシャツをとりだし着用する。ほんとは、黄色の金沢Tシャツを着たかったのだけども、それは持っていない私。ならば、宮本Tシャツを起用とおもったけど、それだと私の意図がつたわらない。そこで、盲人Tシャツ。ほんとうなら、かなともの卒業Tシャツを着ていってもよかったのだけど、あれはちょっとおしゃれすぎて、ただのおしゃれおじさんになってしまう。やっぱり私は変なおじさんでいなきゃね。
客席は満席で、客層は、50代がメイン。おじさんおばさん。夫婦と、おばさんどうしが多かったね。小さなこどもをつれたままもいたよう。時折子供の声。ちなみに20代以下は6人ぐらいしかいなかった。これは大黒がコンサートMCで質問して客が手をあげていたのでわかった。ハロプロ現場と似ているけども、ちがうのはおばさんの多さ。50代のおばさんがこんなにあつまるのは波呂ではみないね。あと大黒のコンサートでは独身者が10人ぐらいしか手をあげなかたけど、波呂現場ではそれは逆になるね。
まぁ、私のような中年男性は波呂現場にもしっくりくくるし、大黒摩季の現場にもしっくりくるのよね。
波呂の宮本佳林ペンライトをふろうとおもったけど、ペンライト禁止とのこと、グッズで売っているライトクラッカーだけしか使えないとのこと。でも大黒はコンサートMCで、このライトクラッカーぜひビーズでも使ってくださいよ。あ、でもビーズはグッズだけしか持ち込みだめか。と言っていた。いやいや、大黒コンサートもそうですから。波呂のペンライトふらせておくれよ。
17時開演予定だけど15分ほどおくれて開演、終演は20時。2時間45分のたっぷりのコンサート。
デスペア的大黒摩季30周年記念コンサートツアーのポイント
1、私が大黒摩季コンサートにやってきた理由
私がなぜ、大黒摩季のコンサートにやってきたかというと、それは金澤朋子。元ハロプロ、元Juice=Juiceのリーダー、金澤朋子27歳。去年の11月に卒業して、今年の5月をもって芸能界を引退。
その引退理由が、持病、子宮内膜症。この病気とつきあっていくために、一人の女性として、一人の人間として芸能界を引退するととのこと。金沢は、Juice=Juice時代からこの病気を発症。長期休養したこともある。一時漢方や自分にあったお薬がみつかって、痛みはおさえられているということだたけど、卒業を機に、芸能界を引退して、治療に専念、そしてひとりの女性の人生をあゆみたいとのこと。
これが、私の大黒摩季のコンサートに来た理由。かなとも子宮内膜所の治療がんばれ!、なおしてこどもうんで肝っ玉母さんになってね。その思いをこめてのコンサート参戦。
もっと詳しく言うと、もし、将来こどもがうめなくても、こんな人がいるよ、こんなに歌うことを喜んで、人を喜ばすことに生きがいを感じているシンガーがいるよ、それが大黒摩季。
大黒摩季はデビュー直後、ぶれーいくし、武道館公演もすぐにきまるも、実はその時に体調の変化。子宮内膜症発症。いま治療に専念しないと、将来こどもがうめなくなりますよと医者の意見。でも、大黒摩季は武道館を選んだ。治療をすると、声のオクターブがでなくなったりいろいろ支障がでるとのこと。
その後、大黒は結婚し、こどもを希望したけども、子宮摘出手術。子宮内膜症のため。おなかを十文字にメスをいれて、臓器をとりだしたと、今日の大黒もMCで言っていた。
そして、金沢も大黒のことは知っているようで、何年か前の自分のバースデーイベントで大黒摩季の歌を歌ったとのこと。
きっと、そこにいる。かなともは、ここにいるということで、盲人の私は、盲人Tシャツを着て大黒摩季コンサートにやってきたという次第。
結局、私の目と耳では、この会場にかなともがいるかどうかわからなかったけど、私はいると勝手に妄想してコンサート。大黒摩季が客席いじりで、20代以下の人手あげて!と客席に聞いたとき、ちらほら手があがる。はずかしがりやのかなともは手はあげない。そこまで妄想できた私。
私は今は目が見えない。でも20年ほど前は、普通に、不通といっても、視野狭窄と夜盲はあったけど、視力は1.2ぐらいあった。その時、網膜色素変性症だということはわかっていて、将来目がみえなくなるかもしれないってことはわかっていた。
でも、私は信じなかった、いや、私は目が見ええなくなることはない。それは不運な人だけで、私は幸運だから、私にかぎってめがみえなくなることはない。80代でも網膜色素変性症でも、まだ目が見えている人がいるということをたよりに生きていた。そして、自分が目が見えなくなるってことを恐怖としてとらえ避けてきた。確率の一方から目をそらしてきた。これはある意味現実逃避につながり、その当時、日々をまよいなく生きていくことができなかった、常に絶望感にとらわれていた。私は失望はしていなかたけど、絶望はしていた。見えなrくなるという可能性に絶望していた。
その時は、私は、目が見えなくなっていった人たちとは距離をおいていた。だって、私はその人たちのようにはならないから!。
今思えば、それこそ絶望からのがれていたのね。ちゃんと現実を理解、受容できていなかったのね。この受容できなさが、私の多くの時間を無駄にさせたのよね。まず受容すること、可能性を否定しないことが大事。
なので、かなともには、ぜひ、大黒摩季という人生も知って欲しい。その思いで、私はひとり、大黒摩季のコンサートに参戦した。
2、かすかす声のしゃべり声
中年、高齢者のコンサートのあるあるといえば、そういった客いじり。みなさんもう落としなんですから、無理せず、座ってください円。気分がわるくなったら、一度すわって3度深呼吸してくださいね。大黒摩季が客にむかっていう。年齢いじり。それだけ客層の年齢が高い。
それは大黒もそうで、52歳の大黒摩季。2時間30分のコンサート、フルででずっぱりということではない。もちろん歌うのは大黒だけなんだけど。25分ぐらい歌をうたったら、ひっこんで小停止。10分してまた登場してくる。まるで、オーケストラの交響曲のよう。第1楽章から第4楽章まであって、その曲の間の休憩が10分。
その10分で、ピアニストがでてきて局をひいたり、若いバンド面がちょっとしたMCで場をつないでいる。こういったコンサートスタイルははじめて。考えてみれば、波呂のコンサートは一気にかけぬけるね。1時間30分程度を若いメンバーはいい気にかけぬける。あっという間。
そして、大黒は、このインターバルをかさねるごとに声がよくでてくる。はじめ、出てきてすぐは、ちょっと高音がスカスカだなと思った私。大黒も年にはかてないな。歌を5曲ぐらい歌って、最初のMC。そのMCのしゃべり声もすかすかのガラガラ。これにはびっくり。まるで、はるな愛。
おいおい大丈夫かと48歳の私は思う。
だけど、インタバルをかさねていくうちにどんどん歌声がでてくる大黒摩季。最後の最後の、おまたせしました、はじめて大黒摩季のコンサートをみにきてださったみなさん、ようやくくです。2じかん30分おまたせしましたと大黒。
そして最後に歌うのが、ラララ。実にきれいな歌声、力江強い歌声だった。ただ単にガラガラ声でロックを歌うのではなく、きれいなメロディにきれいな高温力強いビブラートをきかせて歌う大黒。これは30年前の歌声と見分けがつかないね。すばらしかった。
このラララの曲は、はじめてよく歌詞をきいたけど、日々の幸せ、今日あなたに会えた幸せ、そして、明日もきっとあなたに会える幸せ、それを、ちょっとせつないメロディにのせて歌っているのね。かわべりとか日常の風景もおりこまれているのね。はじめて知った。実にいい曲だった。この曲を金澤朋子がどんな風に歌うのか、聞いてみたいけど、それはかなわない夢。妄想でしかない夢。
ラララ以外によかったのは、一番という曲。なんかポップでよかった。それと、大黒が17歳の時に書いた曲ストップモーション。その曲を35年たって52歳の大黒が歌う。涙が出てきた。はじめて聞いた曲だったけどよかった。ストップモーション、ストップエモーションをリフレイン。青春の一瞬を、17歳の大黒はすでに感じていたのね、これが永遠に続かないことを17歳の大黒は知っていたのね。52歳の大黒が、17歳のあのころの私に歌いますといって、歌いだす、ストップモーション。いい曲だね。ダウンロードしたくなった。
あとおもしろかったのが、オリンピックが好きすぎて、たのまれてもいないのに、オリンピックの曲を5つもつくったと大黒。その1曲、ラブピース。愛と平和の歌。和太鼓のイントロではじまり日本を意識したような曲。いいね。間奏か会うトロで、叫ぶ大黒。
今までの日本をつくりあげてくれた、安倍元首相ありがとう、ご冥福をお祈りします!
叫ぶ大黒。このシャウトがまったくしめっぽくなくて、右でも左っぽくなくて、独特だった。なんか、世界人類への平和にを希望し、今の日本の幸せを感謝するその気持ちとおなじような、気持ちからのシャウトだった。
その前に、大黒摩季は、ウクライナのことを話して、そして日本の役割みたいなことを話す。
だって、みんな聞いてよ。日本鉄鎖、原爆おとされたんだよ。そして、その落とした国となかよくななって、そしてそのアメリカに守ってもらっているんですよ。これってすごくないですか?
この時の大黒は、別に政治的な発言をしているようでもなく、こどもが、水たまりにうつった空にかかる二次を見つけて喜んでいるようなしゃべり方。なんてすごいことじゃないですか!!。
日本の歌手は、60年代ぐらいまでは、政治的なメッセージを歌にこめていたけども、もうそれが今の歌謡界ではできなくなっている。でも、大黒は、大黒らしいやり方で、政治的なメッセージを発信しているのね。すごい。これが全然いやみでもないし、自虐でもないし、押し付けでもないし、単に、事実をうれしそうにしゃべるこどものよう。これにはびっくりの私。こういう政治とのかかわりかたもあるのね。
この強さというか、ぶれなさは、どこからくるのか。やっぱり、それは大黒が、自分の臓器を摘出したからだと思う。大黒はコンサートMCで、ないものをいつまdめおないとおもっていたらだめだということを筋トレのトレーナーさんにおしえてもらった。ないものはないで、あるものに目を向けようよう。実に現実主義であり、理想主義の考え方。これは私が昨日見た、宮本佳林の音楽劇、悪嬢転生のテーマと同じだね。
大黒は、何度も、今が一番幸せと言っていた。結局、こどもは持てなくて、至急は摘出したけども、でも聞いてよ、私、そのあと筋トレして、オクターブでるようになったのよ。うれしそうに語る大黒。それは決して負け惜しみとかじゃなく、ほんとにうれしそう。
そして大黒のファンもすばらしいね。おじさんおばさんおばあさんんおファンだけども、ちゃんと支持されたら盛り上がる曲で、くるくるまわっていた。ハロプロでいうところの周りスト。さすがに、頭の上で手wおたたきながらまわってはなかったけど、おじさんおばさんが客席をたって、右回りをしていた。気持ち悪いけども、それ実にいとおしい。気持ち悪いといとおしいっていうのは同居できる感情なのよね。それを知らない人もいるけど、ハロプロファン25年の私はそのことはずいぶん前から気付いていた。
3、MCトーク
八王子はあまり着たことがないという大黒。ただ、私が歌を休んでいたときに、ファンクラブ解散しようとしたけど、ファンの人が歌う歌えなくてもいいjない、みんなで高尾さんのぼろうよってなって、男坂をみんなでのぼった。
あと、八王子といえば、ユーミンの生まれた場所。てっきりユーミンは成城かとおもったけおd、もともとは八王子だったんですね。あと、西島秀俊君、今ドラマで評判の彼も八王子らしいですよ。w他紙はここで、飯窪春菜の名前もでるかなとおもったけど、でなかった。
MCで、大黒が、たくやというギタリストのバンドメンバーをいじる。さっきのギター、あれは、すなおに、イントロからはじめて局にいくんじゃなくて、あそこから、わざと、ジュディマリのそばかすにいかなきゃ。やってみてよと大黒。どうやら、このたくやという人は元ジュディマリのギタリストのよう。しぶしぶギターをひきだす。ただ、すぐにはコードがおもいだせないのか、どこから引き出そうかもたもたしていると、いいからいいから、ひきなってと大黒。そしてそのギターのイントロがながれ、そして、さびを大黒が歌う。おなかがすくの。でもジュディマリの歌は大黒の歌声よりもさらに高いようで、大黒は全然声がでていなかった。キーをおとしてやれよタクヤと思った私。でも、卓也はそれをしようとしていたけど、早く早くとせかされてそれができなかったのね。もう一度、大黒摩季のキーにあったソバカスを聞いてみたいな。
アンコールあけのMCで、15秒の写真タイム、客席が写真撮り放題。大黒摩季を客席が撮影していた。アイドルではないけども、こういった需要はあるのね。ファンはやっぱりファンなのよね。そのかわりというか、客席をを撮影しながらみんなでらららをうたう、客はハミング。その映像は毎公演やっているようで、その映像はアップされているよう。もしかしたら、盲人Tシャツの私、あるいは、伊達メガネとマスクをかけたカナトモも映り込んでいるかも? みなさんぜひその動画さがしてみてね。
20時まわって、客席をスタッフに手引きしてもらって外にでる。点字ブロックにそってあるく。コージーコーナーの前まで来て、立ち止まる
並んで購入。レアチーズケーキとチョコマドレーヌとバターマドレーヌ。レアチーズケーキは1個400円、マドレーヌは1個89円。盲人Tシャツのおかげか、袋にいれてくれるときに、チョコとバター、さわってわかるように、チョコのほうに丸いシールはっておきますねと和解女性店員さん。やさしいね。ありがとう。そして、コージーコーナーの列にならばせてくれた、ちょっとゲイ風のおにいさん、ぼそぼそとしゃべるおじさん。ありがとう。
このすばらしい世界に私はいない、この素晴らしい世界に私はいたい。
カナトモにこの世界にいてほしかったな。
大黒摩季 30周年ライブ2022 6/3 札幌 セットリスト▼
1. Sing
2. 熱くなれ
3. DA・KA・RA
4. チョット
5. Harlem Night
6. 永遠の夢に向かって
【MC】
7. 別れましょう私から消えましょうあなたから
8. 白いGradation
9. あぁ
10. Stay with me baby
11. あなたがいればそれだけでよかった
12. いちばん近くにいてね
13. 愛してます
14. アンバランス
15. ゲンキダシテ
16. 空
17. あなただけ見つめてる
【MC】
18. 夏が来る
19. Anything Goes!
【MC】
20. 東京 Only Peace
~アンコール~
21. STOP MOTION
22. ら・ら・ら
23. SPARKLE
公演時間2時間45分
大黒摩季のコンサートは来年までつづくよう、なんと47都道府県まわるよう、シャンパーニという巣スポンサーのおおかげ。
PS
最後、コンサート終わる前に、楽屋あいさつをしてもらえないからということで、大黒が招待客の所属と名前をあげていく。ほとんど聞いたことがない人たち、企業の人だけど。唯一私がきいたことあるのが、
カンドリシノブ、イノウエタカコ
たしか、女子プロレスラー。
残念ながら、カナザワトモコの名前は大黒摩季の口からはでず。
佳林の音楽劇を東京丸の内でみて、東京駅15時51分の中央特快高尾ゆきにのり、八王子絵へ。大黒摩季52歳の30周年コンサートにいく私。
八王子って意外にとおくて、新宿、中野、立川よりさらに先なのね。50分かかった。JR八王子駅には改札がひとつしかなく、その改札をでて、左右に伸びる通路を左へ点字ブロックにそって50メートルほどあるく、すると左から女性店員の声、マーマレードおひとつですね、レアチーズケーキおひとつですね。なんのお店化とおもったら、コージーコーナーというケーキ屋さん、チェーン店で東京にたっくさんあるよう。その声を左にきいて、点字ブロック右分岐を右へ、そこそこから点字ブロックにそってあるく、グレーチングとか、ビルの結合部とかで点字ブロックは途中何度か1メートルほど途切れるところもあるけど、点字ブロックはさらにちゃんとつながっている。サザンスカイタワーという建物の2階のエレベーターまでつながっている。うれしいね。徒歩5分もかからない。もちろん雨にもぬれない。
この4階にコンサートホールがある。八王子ホール。よくモーニング娘。がコンサート初日ここでやっていたね、オリンパスホール八王子、今は名前が変わってジェイコムホール八王子になっている。
どうやらこの建物は公共施設のようで、4階おりてもエレベーターから点字ブロックがちゃんとつながっていて、入場口までつながっていたうれしいね。ただ、16時開場を待つ大黒摩季ファンが長打の列で、点字ブロックの上を占領。でも、鈴をつけた白杖のおかげで、みみんな点字ブロックの上をあけてくれたありがたいね。
会場と同時に、入場し、スタッフに手引き、エレベーターホールに椅子をだしてもらってそこで障碍者は待機。私以外に数人車いすの人がいるよう。まずは車いすの人を誘導して、私は15分ぐらい待って手引きをしてもらって8階へ。今日の私の席は、3階席。待っている間にリュックから、黄色のハロプロ研修生Tシャツをもした、盲人Tシャツをとりだし着用する。ほんとは、黄色の金沢Tシャツを着たかったのだけども、それは持っていない私。ならば、宮本Tシャツを起用とおもったけど、それだと私の意図がつたわらない。そこで、盲人Tシャツ。ほんとうなら、かなともの卒業Tシャツを着ていってもよかったのだけど、あれはちょっとおしゃれすぎて、ただのおしゃれおじさんになってしまう。やっぱり私は変なおじさんでいなきゃね。
客席は満席で、客層は、50代がメイン。おじさんおばさん。夫婦と、おばさんどうしが多かったね。小さなこどもをつれたままもいたよう。時折子供の声。ちなみに20代以下は6人ぐらいしかいなかった。これは大黒がコンサートMCで質問して客が手をあげていたのでわかった。ハロプロ現場と似ているけども、ちがうのはおばさんの多さ。50代のおばさんがこんなにあつまるのは波呂ではみないね。あと大黒のコンサートでは独身者が10人ぐらいしか手をあげなかたけど、波呂現場ではそれは逆になるね。
まぁ、私のような中年男性は波呂現場にもしっくりくくるし、大黒摩季の現場にもしっくりくるのよね。
波呂の宮本佳林ペンライトをふろうとおもったけど、ペンライト禁止とのこと、グッズで売っているライトクラッカーだけしか使えないとのこと。でも大黒はコンサートMCで、このライトクラッカーぜひビーズでも使ってくださいよ。あ、でもビーズはグッズだけしか持ち込みだめか。と言っていた。いやいや、大黒コンサートもそうですから。波呂のペンライトふらせておくれよ。
17時開演予定だけど15分ほどおくれて開演、終演は20時。2時間45分のたっぷりのコンサート。
デスペア的大黒摩季30周年記念コンサートツアーのポイント
1、私が大黒摩季コンサートにやってきた理由
私がなぜ、大黒摩季のコンサートにやってきたかというと、それは金澤朋子。元ハロプロ、元Juice=Juiceのリーダー、金澤朋子27歳。去年の11月に卒業して、今年の5月をもって芸能界を引退。
その引退理由が、持病、子宮内膜症。この病気とつきあっていくために、一人の女性として、一人の人間として芸能界を引退するととのこと。金沢は、Juice=Juice時代からこの病気を発症。長期休養したこともある。一時漢方や自分にあったお薬がみつかって、痛みはおさえられているということだたけど、卒業を機に、芸能界を引退して、治療に専念、そしてひとりの女性の人生をあゆみたいとのこと。
これが、私の大黒摩季のコンサートに来た理由。かなとも子宮内膜所の治療がんばれ!、なおしてこどもうんで肝っ玉母さんになってね。その思いをこめてのコンサート参戦。
もっと詳しく言うと、もし、将来こどもがうめなくても、こんな人がいるよ、こんなに歌うことを喜んで、人を喜ばすことに生きがいを感じているシンガーがいるよ、それが大黒摩季。
大黒摩季はデビュー直後、ぶれーいくし、武道館公演もすぐにきまるも、実はその時に体調の変化。子宮内膜症発症。いま治療に専念しないと、将来こどもがうめなくなりますよと医者の意見。でも、大黒摩季は武道館を選んだ。治療をすると、声のオクターブがでなくなったりいろいろ支障がでるとのこと。
その後、大黒は結婚し、こどもを希望したけども、子宮摘出手術。子宮内膜症のため。おなかを十文字にメスをいれて、臓器をとりだしたと、今日の大黒もMCで言っていた。
そして、金沢も大黒のことは知っているようで、何年か前の自分のバースデーイベントで大黒摩季の歌を歌ったとのこと。
きっと、そこにいる。かなともは、ここにいるということで、盲人の私は、盲人Tシャツを着て大黒摩季コンサートにやってきたという次第。
結局、私の目と耳では、この会場にかなともがいるかどうかわからなかったけど、私はいると勝手に妄想してコンサート。大黒摩季が客席いじりで、20代以下の人手あげて!と客席に聞いたとき、ちらほら手があがる。はずかしがりやのかなともは手はあげない。そこまで妄想できた私。
私は今は目が見えない。でも20年ほど前は、普通に、不通といっても、視野狭窄と夜盲はあったけど、視力は1.2ぐらいあった。その時、網膜色素変性症だということはわかっていて、将来目がみえなくなるかもしれないってことはわかっていた。
でも、私は信じなかった、いや、私は目が見ええなくなることはない。それは不運な人だけで、私は幸運だから、私にかぎってめがみえなくなることはない。80代でも網膜色素変性症でも、まだ目が見えている人がいるということをたよりに生きていた。そして、自分が目が見えなくなるってことを恐怖としてとらえ避けてきた。確率の一方から目をそらしてきた。これはある意味現実逃避につながり、その当時、日々をまよいなく生きていくことができなかった、常に絶望感にとらわれていた。私は失望はしていなかたけど、絶望はしていた。見えなrくなるという可能性に絶望していた。
その時は、私は、目が見えなくなっていった人たちとは距離をおいていた。だって、私はその人たちのようにはならないから!。
今思えば、それこそ絶望からのがれていたのね。ちゃんと現実を理解、受容できていなかったのね。この受容できなさが、私の多くの時間を無駄にさせたのよね。まず受容すること、可能性を否定しないことが大事。
なので、かなともには、ぜひ、大黒摩季という人生も知って欲しい。その思いで、私はひとり、大黒摩季のコンサートに参戦した。
2、かすかす声のしゃべり声
中年、高齢者のコンサートのあるあるといえば、そういった客いじり。みなさんもう落としなんですから、無理せず、座ってください円。気分がわるくなったら、一度すわって3度深呼吸してくださいね。大黒摩季が客にむかっていう。年齢いじり。それだけ客層の年齢が高い。
それは大黒もそうで、52歳の大黒摩季。2時間30分のコンサート、フルででずっぱりということではない。もちろん歌うのは大黒だけなんだけど。25分ぐらい歌をうたったら、ひっこんで小停止。10分してまた登場してくる。まるで、オーケストラの交響曲のよう。第1楽章から第4楽章まであって、その曲の間の休憩が10分。
その10分で、ピアニストがでてきて局をひいたり、若いバンド面がちょっとしたMCで場をつないでいる。こういったコンサートスタイルははじめて。考えてみれば、波呂のコンサートは一気にかけぬけるね。1時間30分程度を若いメンバーはいい気にかけぬける。あっという間。
そして、大黒は、このインターバルをかさねるごとに声がよくでてくる。はじめ、出てきてすぐは、ちょっと高音がスカスカだなと思った私。大黒も年にはかてないな。歌を5曲ぐらい歌って、最初のMC。そのMCのしゃべり声もすかすかのガラガラ。これにはびっくり。まるで、はるな愛。
おいおい大丈夫かと48歳の私は思う。
だけど、インタバルをかさねていくうちにどんどん歌声がでてくる大黒摩季。最後の最後の、おまたせしました、はじめて大黒摩季のコンサートをみにきてださったみなさん、ようやくくです。2じかん30分おまたせしましたと大黒。
そして最後に歌うのが、ラララ。実にきれいな歌声、力江強い歌声だった。ただ単にガラガラ声でロックを歌うのではなく、きれいなメロディにきれいな高温力強いビブラートをきかせて歌う大黒。これは30年前の歌声と見分けがつかないね。すばらしかった。
このラララの曲は、はじめてよく歌詞をきいたけど、日々の幸せ、今日あなたに会えた幸せ、そして、明日もきっとあなたに会える幸せ、それを、ちょっとせつないメロディにのせて歌っているのね。かわべりとか日常の風景もおりこまれているのね。はじめて知った。実にいい曲だった。この曲を金澤朋子がどんな風に歌うのか、聞いてみたいけど、それはかなわない夢。妄想でしかない夢。
ラララ以外によかったのは、一番という曲。なんかポップでよかった。それと、大黒が17歳の時に書いた曲ストップモーション。その曲を35年たって52歳の大黒が歌う。涙が出てきた。はじめて聞いた曲だったけどよかった。ストップモーション、ストップエモーションをリフレイン。青春の一瞬を、17歳の大黒はすでに感じていたのね、これが永遠に続かないことを17歳の大黒は知っていたのね。52歳の大黒が、17歳のあのころの私に歌いますといって、歌いだす、ストップモーション。いい曲だね。ダウンロードしたくなった。
あとおもしろかったのが、オリンピックが好きすぎて、たのまれてもいないのに、オリンピックの曲を5つもつくったと大黒。その1曲、ラブピース。愛と平和の歌。和太鼓のイントロではじまり日本を意識したような曲。いいね。間奏か会うトロで、叫ぶ大黒。
今までの日本をつくりあげてくれた、安倍元首相ありがとう、ご冥福をお祈りします!
叫ぶ大黒。このシャウトがまったくしめっぽくなくて、右でも左っぽくなくて、独特だった。なんか、世界人類への平和にを希望し、今の日本の幸せを感謝するその気持ちとおなじような、気持ちからのシャウトだった。
その前に、大黒摩季は、ウクライナのことを話して、そして日本の役割みたいなことを話す。
だって、みんな聞いてよ。日本鉄鎖、原爆おとされたんだよ。そして、その落とした国となかよくななって、そしてそのアメリカに守ってもらっているんですよ。これってすごくないですか?
この時の大黒は、別に政治的な発言をしているようでもなく、こどもが、水たまりにうつった空にかかる二次を見つけて喜んでいるようなしゃべり方。なんてすごいことじゃないですか!!。
日本の歌手は、60年代ぐらいまでは、政治的なメッセージを歌にこめていたけども、もうそれが今の歌謡界ではできなくなっている。でも、大黒は、大黒らしいやり方で、政治的なメッセージを発信しているのね。すごい。これが全然いやみでもないし、自虐でもないし、押し付けでもないし、単に、事実をうれしそうにしゃべるこどものよう。これにはびっくりの私。こういう政治とのかかわりかたもあるのね。
この強さというか、ぶれなさは、どこからくるのか。やっぱり、それは大黒が、自分の臓器を摘出したからだと思う。大黒はコンサートMCで、ないものをいつまdめおないとおもっていたらだめだということを筋トレのトレーナーさんにおしえてもらった。ないものはないで、あるものに目を向けようよう。実に現実主義であり、理想主義の考え方。これは私が昨日見た、宮本佳林の音楽劇、悪嬢転生のテーマと同じだね。
大黒は、何度も、今が一番幸せと言っていた。結局、こどもは持てなくて、至急は摘出したけども、でも聞いてよ、私、そのあと筋トレして、オクターブでるようになったのよ。うれしそうに語る大黒。それは決して負け惜しみとかじゃなく、ほんとにうれしそう。
そして大黒のファンもすばらしいね。おじさんおばさんおばあさんんおファンだけども、ちゃんと支持されたら盛り上がる曲で、くるくるまわっていた。ハロプロでいうところの周りスト。さすがに、頭の上で手wおたたきながらまわってはなかったけど、おじさんおばさんが客席をたって、右回りをしていた。気持ち悪いけども、それ実にいとおしい。気持ち悪いといとおしいっていうのは同居できる感情なのよね。それを知らない人もいるけど、ハロプロファン25年の私はそのことはずいぶん前から気付いていた。
3、MCトーク
八王子はあまり着たことがないという大黒。ただ、私が歌を休んでいたときに、ファンクラブ解散しようとしたけど、ファンの人が歌う歌えなくてもいいjない、みんなで高尾さんのぼろうよってなって、男坂をみんなでのぼった。
あと、八王子といえば、ユーミンの生まれた場所。てっきりユーミンは成城かとおもったけおd、もともとは八王子だったんですね。あと、西島秀俊君、今ドラマで評判の彼も八王子らしいですよ。w他紙はここで、飯窪春菜の名前もでるかなとおもったけど、でなかった。
MCで、大黒が、たくやというギタリストのバンドメンバーをいじる。さっきのギター、あれは、すなおに、イントロからはじめて局にいくんじゃなくて、あそこから、わざと、ジュディマリのそばかすにいかなきゃ。やってみてよと大黒。どうやら、このたくやという人は元ジュディマリのギタリストのよう。しぶしぶギターをひきだす。ただ、すぐにはコードがおもいだせないのか、どこから引き出そうかもたもたしていると、いいからいいから、ひきなってと大黒。そしてそのギターのイントロがながれ、そして、さびを大黒が歌う。おなかがすくの。でもジュディマリの歌は大黒の歌声よりもさらに高いようで、大黒は全然声がでていなかった。キーをおとしてやれよタクヤと思った私。でも、卓也はそれをしようとしていたけど、早く早くとせかされてそれができなかったのね。もう一度、大黒摩季のキーにあったソバカスを聞いてみたいな。
アンコールあけのMCで、15秒の写真タイム、客席が写真撮り放題。大黒摩季を客席が撮影していた。アイドルではないけども、こういった需要はあるのね。ファンはやっぱりファンなのよね。そのかわりというか、客席をを撮影しながらみんなでらららをうたう、客はハミング。その映像は毎公演やっているようで、その映像はアップされているよう。もしかしたら、盲人Tシャツの私、あるいは、伊達メガネとマスクをかけたカナトモも映り込んでいるかも? みなさんぜひその動画さがしてみてね。
20時まわって、客席をスタッフに手引きしてもらって外にでる。点字ブロックにそってあるく。コージーコーナーの前まで来て、立ち止まる
並んで購入。レアチーズケーキとチョコマドレーヌとバターマドレーヌ。レアチーズケーキは1個400円、マドレーヌは1個89円。盲人Tシャツのおかげか、袋にいれてくれるときに、チョコとバター、さわってわかるように、チョコのほうに丸いシールはっておきますねと和解女性店員さん。やさしいね。ありがとう。そして、コージーコーナーの列にならばせてくれた、ちょっとゲイ風のおにいさん、ぼそぼそとしゃべるおじさん。ありがとう。
このすばらしい世界に私はいない、この素晴らしい世界に私はいたい。
カナトモにこの世界にいてほしかったな。
大黒摩季 30周年ライブ2022 6/3 札幌 セットリスト▼
1. Sing
2. 熱くなれ
3. DA・KA・RA
4. チョット
5. Harlem Night
6. 永遠の夢に向かって
【MC】
7. 別れましょう私から消えましょうあなたから
8. 白いGradation
9. あぁ
10. Stay with me baby
11. あなたがいればそれだけでよかった
12. いちばん近くにいてね
13. 愛してます
14. アンバランス
15. ゲンキダシテ
16. 空
17. あなただけ見つめてる
【MC】
18. 夏が来る
19. Anything Goes!
【MC】
20. 東京 Only Peace
~アンコール~
21. STOP MOTION
22. ら・ら・ら
23. SPARKLE
公演時間2時間45分
大黒摩季のコンサートは来年までつづくよう、なんと47都道府県まわるよう、シャンパーニという巣スポンサーのおおかげ。
PS
最後、コンサート終わる前に、楽屋あいさつをしてもらえないからということで、大黒が招待客の所属と名前をあげていく。ほとんど聞いたことがない人たち、企業の人だけど。唯一私がきいたことあるのが、
カンドリシノブ、イノウエタカコ
たしか、女子プロレスラー。
残念ながら、カナザワトモコの名前は大黒摩季の口からはでず。