愛する犬と暮らす

この子たちに出逢えてよかった。

まだ衰えていない気力に望みをつなぐ

2011-12-21 21:26:22 | シェラとルイの日々
☆病院でふるえていたシェラ
 昨日のレポートである。
 平日の午後7時過ぎの動物病院の待合室には先客がひと組いるだけだった。可愛いシェルティーがふるえながら飼主の足許に座っていた。飼主さんの話では、この子はクルマが大嫌いなのだという。ときおり、病院の前を通るクルマが怖いのだそうだ。でも、怖いもの見たさでついのぞいてしまい、ふるえている。

 それを話を聞きながら足許にいるシェラを撫でてやろうとすると、シェラもかすかにふるえていた。そういえば、いましがたも病院へ入りたがらなかった。これまでシェラがそんな態度をしたことは一度もない。本来、弱虫わんこではあるがこれは異例だった。点滴が怖いのか、それともひと晩、この病院の狭いケージに閉じ込められて過ごした悪夢の記憶がよみがえったのか……。


 診察を終えた先生の説明によると、体重が落ちはじめているという。食べられなかった日が2、3日あったのだから当然だとも思うが、体重が減っていくのは危険の兆候らしい。たぶん、1キロほどの減少したようだ。
 一見、食欲は元に戻ったようではあるが、食事のあとのおやつなどをほしがらない。それでいて、ぼくたちが食べているものは以前以上にほしがる。これはひとえに家人がますます甘やかしているからだ。昨晩も、病院から帰ってからの夕飯で、鯒(こち)の刺身を全部シェラに取られたと嘆いている。むやみに食べ物をやるほうがいけないのだが、こんなときなので黙っていた。

☆今夜の散歩は一緒にいこう
 10時過ぎ、家人のところねにじり寄ったシェラが今夜もなんとなく落ち着かない風情を見せはじめた。もともと家人に甘えっぱなしのシェラではあるが、身体が衰えるのと比例して家人への依存がますます高くなった。夜の散歩も家人のところへいって、「外へいきたい」と訴える。「最後はお母さんじゃないとダメなのよね」と、家人はまんざらじゃないが、連れていくのはいつもぼくである。

 昨夜はルイも一緒に連れ出した。ふたりが一緒に散歩できるのも、そう長くないだろう。シェラにしてみればルイは鬱陶しい存在かもしれないが、ルイにしてみればお母さんわんこに出逢えたようでうれしくてならないのがわかるからだ。いつもケージに閉じ込めているルイにも、少しくらいはシェラとの楽しいひとときプレゼントしてやりたい。そう思って連れ出した。


 外でのルイのはしゃぎぶりは大変なものだった。油断するとシェラに跳びつき、じゃれようとするのは相変わらずだが、それ以外はシェラのマネをして、シェラがにおいを嗅いでいれば写真のように一緒に顔を突き出していた。心身ともに疲れるが、多頭飼いならではの喜びをもっと味わっていたいと痛切に思う。だから、シェラ、まだまだ元気でいてくれと心の中で祈った。

☆シェラがルイに見せた教育的指導
 そんなぼくの気持ちがシェラに通じたのであろう。家に戻ると、ビックリするようなことが目の前で起こった。シェラがルイにマウンティングをやろうとしたのである。
 ルイをすぐにケージに入れてしまうのがかわいそうで、しばらくソファーの上に乗せておいた。ルイは高いところが怖いので容易に降りることができない。したがって、シェラにじゃれつく心配はないからだ。

 ところが、昨夜はシェラがルイに寄ってきた。しかも、顔を近づけ互いににおいを嗅ぎあいながら仲良しぶりを見せてくれた。もう、すっかり仲間になったとぼくたちは目を細めて眺めた。ひとしきり顔を寄せ合ってからシェラが去ったあと、ぼくがルイを床におろし、転がしながら遊んでいると再びシェラが戻ってきた。そして、腰をかがめマウンティングのポーズをとったのである。


 むぎが生きているときにはしじゅうむぎにやっていた行為である。特に外出から家に戻るとよくやっていた。ぼくたちはこれを「シェラの教育的指導」と呼んでいた。シェラのマウンティングを見ていると、自分の支配性、優越性を示すというよりも、あたかも、外でのむぎの態度をたしなめているかのような、まさしく「教育的指導」のように見えたものだった。それをいま、ルイにもやろうとしている。ルイに対してのシェラの初めての教育的指導である。

 とはいえ、いまや身体の自由がきかないシェラにとって動きの早いルイにマウンティングを仕掛けるのはとうてい無理である。そんなことをしたらすぐにルイの逆襲にあって転がされるのがオチだ。しかし、シェラの最後の衝動も満たしてやりたい。
 ぼくはルイを押さえ込み、シェラのほうにルイのお尻を向けた。不完全ながらシェラはルイにのしかかり、自分の腰を振って見せた。何度かそうやって遊んだ。


☆気力だけは失っていないから
 今朝のシェラは、昨朝とは違って、ぼくが「さあ、散歩にいこう」と身体を撫でてやると、ゆっくりだが立ち上がり、ゆらゆらと玄関に向かってくれた。クレートへの出入りが次第にしんどくなっているのがわかるが、今のところは時間がかかるもののなんとか自力で乗り降りしてくれる。それもいつまで続いてくれるのだろうか。
 
 昨夜のシェラの気力にぼくたちはかすかな望みをつなぎながら年の瀬を迎える。