■ 先天的な疾患からの跛行
レントゲンの映像を見ながらの、若い形成医の先生の説明はなんともわかりやすかった。途中からは、紙に図を描いてルイの肩の状態を解説してくれた。ボールペンの色を変えてまで懇切丁寧な説明だった。
ルイの両前足には先天的な疾患があり、これはコーギーや短足の犬種にはときどき見受けられるものだという。いまは左のほうを跛行しているが、むしろ右のほうが状態はよくない。これからも、何かの拍子に痛めてしまうことを覚悟する必要がある。痛めれば、治るまでにひと月からふた月かかるとのことだった。
ルイはまだ3歳を迎えたばかりの若さだからこれですんでいるいるが、それでは、いずれ歩けなくなってしまうのだろか? いちばん気になることだった。
すでに古希間近自分たちである。老いを迎えてルイのような元気なわんこを飼う無謀さは承知でいる。むぎを喪い、ペットロスに陥らないための予防策としてのルイだった。
それから半年足らずでシェラまで失くし、だが、悲しみのどん底にあっていつもルイがにぎやかにぼくたちを救ってくれてきた。とはいえ、いまや15キロの体重のデカコギとなったルイは、元気すぎてすでに手に余るほどである。
ルイのために、そして、老いたる飼主の自分たちのためにもルイが自力で歩けなくなるのはきわめて深刻な問題だ。むろん、それなりの補助器具を用意したり、工夫するのを厭うものではないが、これからどんどん衰えていく自分たちがどこまで面倒をみてやることができるだろうか?
医師の言葉は明快にして、ぼくたちを安堵させてくれた。いざとなれば、手術によって金具で肩と足の骨を固定すればいい。歩き方にいくばくかの不自然さは残るが歩けなくなるということはない、と。
■ いざとなればとはいうものの……
失望と安堵を相半ばさせてぼくたちは最初の診療を終えた。「先天的な疾患」という結果は、ある程度覚悟はしていたがやっぱりショックだった。だた、だからといっていずれまったく歩けなくなってしまう心配はないというのが救いだった。
もう、無理はさせられない。いまの状態が恢復しても、今後、激しい運動はひかえなくてはならない。元気な子だけに不憫である。しかし、何年かして落ち着いてくれば、いまの「走りたい」というルイの衝動も落ち着いてくるだろう。激しい運動を避けなくてはならないのは、若いルイには気の毒でも、老いたる飼主にはかえって好都合かもしれないではないか。
次の診療はひと月後、それまでの薬も処方してもらった。
当面、毎日ルイに施してやらなくてはならないマッサージのやり方も専門のスタッフに懇切丁寧な指導を受けた。一週間後、9月13日からの二泊三日のキャンプの許可ももらった。
キャンプが終わってから、いきつけの「こどもの国動物病院」へフィラリアの薬とフロントラインをもらいにいったとき、院長先生にお礼と報告をした。むろん、横浜の病院からは直接、診療結果がファックスが届いていた。
「いざとなれば、手術で金具をつける方法があるそうなので……」と女房が告げると、院長先生は、「なるべく手術はしないで折り合っていけるようにしましょう」といつもどおり静かに、やさしくいってくれた。心強かった。このひと言でぼくたちがどれほど救われ、また、安堵できたかはかりしれない。
■ 一緒に老後を楽しもうな
マッサージ指導は現在も続いている。形成の先生からはほとんど快癒したとのお墨付きもいただいた。その直前の夜、前回の冒頭に書いたようにルイが突然、部屋の中でダッシュをはじめたのである。あのときからルイの足はよくなった。その実感がルイにもあったからダッシュしてみたのだろう。足を痛めてそろそり2か月が過ぎていた。
いまや散歩も以前どおりの距離を歩いている。自分からもっと歩きたいという要求はしない子だが、さっさと歩いていく。だが、「先天的な疾患」というのがいつもぼくの頭の中にあるから遠くへはいかない。家からせいぜい5分~10分で帰れるあたりをまわっているにすぎない。それでも朝はトータルで30分ほどの散歩になる。
いまもときどき、家の中で寝そべっていた体勢から起き上がってくると、つかの間、跛行していることがある。すぐに治るが、ちょうど、姿勢が悪かったので足が痺れてしまったというような様子である。痛みがあるのか、人間のような痺れが生じているのかはわからない。オモチャがあればすぐに暴れようとするから、きっと痛みではなく、痺れか、違和感のようなものなのだろう。
これを書いているいまもすぐ脇のソファーで悠々と寝ている。好きなところで好きなだけ寝ればいいさ。これからいっしょに老いていく仲である。すぐにぼくに追いついてくるだろう。そこから一緒に老後を楽しめばいい。