■ 偶然指に触れたもの
足がまだ治っておらず、ルイが寝てばかりいるころのことだった。
足下で寝ていたルイを抱き上げてソファーに連れてきた。抱き寄せ、添い寝させながら、背中をさすっていた。指が毛のなかへ入って肌の近くを撫でていると何かに触れた。小さなゴミのかけらのようである。
ふと、ノミのフンではないかと疑った。いや、まだ吸血前のダニかもしれない。指を動かしてみるとそんな異物がいくつもある。ぼくは飛び起きた。
電気スタンドを点け、メガネをかけてルイの肩のあたりの背中をの毛をさぐった。ミリ単位の小さな異物がいくつも毛の根元に絡みついている。ダニではないが、ノミのフンでもなさそうだ。爪の先で取り除こうとするとルイがいやがる。毛も一緒に抜けて痛いらしい。ノミではないだろうが何か寄生虫のフンかもしれない。一気に不安になった。
幸い、金曜日の夜だったので、翌日の朝一番で「こどもの国動物病院」へ向かった。病院が開いたらすぐに診てもらうつもりだった。だが、病院の前にクルマを寄せるとようすがちがう。時間はまちがいないのに……。
クルマから降りてシャッターの貼り紙を見にいった。院長先生が学会出席で主張のために日曜日までお休みだという。緊急用に横浜の夜間病院が案内してあった。ルイの足を診てもらっているのと同じ病院である。
昼間は、さまざまな専門医が横浜市内の動物病院からの紹介で診療に当たり、夜は緊急診療の夜間病院に変わる。実にありがたい機関である。
■ 常在菌が原因だから心配ない
今回の診療は足ではないので、午後7時から皮膚科の先生にお願いすることになった。
診断は明快だった。ノミでもダニでも、ほかの寄生虫によるものでもなかった。普段から皮膚に常在している細菌が悪さをしているだけだという。この菌は、ふだんはそこに常在して病原性は示さないが、たまたま犬の免疫力が落ちたりすると今回のような感染を起こすことがあるのだという。
まずはひと安心である。足の痛みのストレスがルイの免疫力を低下させていたのかもしれない。
夜間病院では注射はできるがそれ以外の薬は処方できないので、かかりつけの病院で出してもらってほしいとのこと。だが、こどもの国動物病院は翌日までお休みである。困惑していると、すでに休院の連絡が届いていて、こんなときのために近くのほかの動物病院にこどもの国動物病院から依頼がいっているからそちらで薬の処方が可能だという。夜間病院からは両方の病院へ所見のファックスを流してくれるというのだから至れり尽くせりでありがたかった。
翌日の日曜日、ぼくたちはいつも通っている道筋にある「武井ペットクリニック」へ出かけた。こちらが説明するまでもなく、すべてをわかっている院長が対応してくれた。前日の若い医師の説明を補足してくれる武井先生のベテランの味はいかにも心強い。
この皮膚病に関してばかりではなく、いま、治療中の足に関しても先生なりの見解を示してくれた。実にありがたい。
「こどもの国動物病院」も「武井ペットックリニック」も、ぼくのところからはクルマを使わないといかれないが、それでも近くにいい病院がふたつもあると知った喜びはぼはかりしれない。
■ インフォームド・コンセント?
もともとは前に飼っていたシェラが公園の斜面で足を痛めたことから信頼できる病院探しがはじまったのである。 以前はこどもの国よりもさらに遠い、クルマでも30分かかる横浜のとある病院へいっていた。
近所のペット病院がどこもおざなりの治療しかできず、まだオープンしたばかりの病院だが、田園都市線沿線のタウン誌で紹介されていた病院だった。有料広告記事とはいえ、若い医師ばかりが複数で治療にあたってくれるというので頼った。
中でもややベテランに近い女医さんから、シェラの足は腱が切れているのでもう治らないと宣告された。むろん、まもなくシェラは復活し、元気に走りまわれるようになったが、こんな誤診があっても通い続けたのは、院長への信頼感と「インフォームド・コンセント(十分な説明)」を売りにしていたからだった。つまり、それほど、家の近所の動物病院はどこもひどかった。
3年ほどでこの若い医師たちのクリニックを引き上げたのには理由がある。まずは、そこにいる複数の医師たちの個々の人柄と能力に差がありすぎた。
むぎの食欲が落ちて入院した。副院長はリカバリーは無理だろうと見放したが、クリニックのほかの医師によって翌々日には復活し、さらに次の日には退院という不思議な経験をした。説明はいっさいなかった。インフォームド・コンセントもこの病院につごうの悪いことは説明してもらえない。
しかも、元々高めだった診療費がさらに高騰していった。
むぎの前足に生じた小豆ほどの脂肪のかたまりの切除が10万円だった。検査漬けにした病院にはそれなりの根拠があったのだろうが、それでも法外な金額である。これでこの医療センターへ足を向けることは二度となかった。
■ この地に住んでよかった!
かくしてたどり着いたのがいまお世話になっている「こどもの国動物病院」である。シェラもむぎもまったくの不満のないままじゅうぶんな診療をしてもらってそれぞれに生涯をまっとうした。心から感謝している。
とりわけシェラは、この病院で安らかな最期を迎えた。前の晩の苦しみが嘘のように、まるで自ら望んだかのごとく静かに目を閉じての不帰の旅へと踏み出した。信頼している先生の手でガンの痛みと苦しみから解放してもらいシェラもさぞや幸せだったろう。
犬や猫の飼い主にとって、信頼できる動物医の先生との出逢いは大切な要件である。そんな動物医にめぐまれているだけでも、ここに住んでよかったと思う。ルイがいるかぎり、もう、遠くへ引っ越すなどとうていできない。
<写真=こどもの国動物病院にほど近いならやま公園はルイの休日の散歩のホームグランド>