愛する犬と暮らす

この子たちに出逢えてよかった。

みんなが不幸になるところだった

2011-08-30 12:56:06 | シェラの日々
☆シェラを待っていたのか?
 「むぎネコ」がシェラを待っていた。
 そんな錯覚も無理からぬむぎネコの再登場だった。

 日曜日の夜、「トイレへいきたい」とシェラがぼくの部屋へ呼びにきた。朝、遅く起きたぼくの都合で散歩の時間がずれ、シェラのリズムも狂って夕方は大きいほうが出ていなかったので、夜中の散歩は覚悟していた。深夜の散歩は、またあのむぎネコと逢えるかもしれないとの期待もあって、心の準備はできていた。

 エントランスを抜け、ケージからシェラを出して歩きはじめるとぼくはすぐに舌を鳴らしてネコを呼んだ。一発で返事があった。前回とは反対側の、以前、あの子が入り込んでいた植え込みのほうだった。
 また茂みに入り込んでいるのか。暗くてわからないいが鳴き声が近いから茂みから首くらい出しているかもしれないと思い、声の方角へ見当をつけてカメラを向け、シャッターを切った。
 フラッシュの閃光が、一瞬、たしかにむぎネコを捉えていた。植え込みの中ではなく、今回は大きな植木鉢の横に堂々と座っていた。


☆おまえも散歩同伴ネコだったのか?
 シェラに引かれて歩き出すと小声ではあるが鳴きながら数メートル離れてついてきた。以前、わが家で飼っていた白と黒の美形のメスネコ「ダダ」が、やっぱりシェラの散歩についてくるのが好きだった。だからといって、ダダはイヌが好きなわけではなかった。シェラの散歩についてくるのが好きなだけだった。
 
 しかし、むぎネコはイヌだったらどんなイヌでもいいらしい。一定の距離を保ちながら従っている。うしろにいたはずなのに道路の反対側の、駐車してあるクルマの陰にいたり、シェラがオシッコをしていると、反対側の草の上に寝そべって待ったりしていた。
 ほんの数十メートルの散歩を終えてケージのほうへ戻ると、もちろん、むぎネコもついてきた。
 
 マンションの前の街路樹の下にある花壇の縁は散歩中のオスイヌたちがオシッコをかける格好の場所になっている。シェラもそこでにおいを嗅ぎ、情報収集(?)に余念がない。
 そんな花壇のひとつで、十メートルほどの距離を開けていたはずのむぎネコとシェラのニアミスがあり、双方がビックリしてしばし動かなかった。それが下の写真である。


 それで気をよくしたのか、一旦離れたむぎネコが、「遊ぼうよ」とでもいいたけげに鳴きながらシェラのほうへ近づいてきた。前回、シェラから吠えられているというのに懲りないネコである。
 
 ここまで、シェラはむぎネコに素知らぬ態度でいた。それでもきっとまとわりつかれるのに苛立っていたのだろう。「ニャア~! ニャア~!……」とひときわ高い声で鳴きながら近づいてきたむぎネコを、シェラは今回も「ワウッ!」一喝で追い払った。
 追われても、ネコはほんの数メートルのところで寝そべってシェラの動きを眺めていた。

☆本当のことを知ってよかった
 わんこが好きなネコ……もし、この事実を知らされずにいたら、ぼくも家人もとんでもない間違いを犯すところだった。
 前にも書いたが、時期が時期だけにむぎが同じような色の毛並みの子ネコに憑依したとの想いを抱き、当初は当事者のぼくら自身他愛ない幻想だと認識していた。しかし、もし、「イヌ好きなネコ」という事実を知らされていなかったら、まるでむぎのようにシェラを追いかけるネコはまぎれもないむぎの化身と信じ、なんとしてでもわが家の子にしようとしただろう。


 もし、この子をうまく捕まえ、わが家に連れてきてしまったら、まず、この子にとって不幸だったし、飼い主に申し訳なかった。
 外の世界での自由を満喫しているネコにとってマンションの一室で生きるのはさぞかし苦痛だろうし、いろんなイヌとの交流も絶ってしまうことになった。
 
 ネコのみならず、シェラの不幸でもあったろう。むぎが戻ってきたのならともかく、まったく未知の、しかも相手はネコであり、加えて大の「わんこ好き」とあっては、老犬にとってはさぞや鬱陶しいだけの存在でしかないはずだから。

 ぼくたちのふとした勘違いからみんなが不幸になるところだった。
 

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